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eringi7854さんの月に寄りそう乙女の作法の長文感想

ユーザー
eringi7854
ゲーム
月に寄りそう乙女の作法
ブランド
Navel
得点
89
参照数
198

一言コメント

あまりにも美しい物語。一方完成度の比重がルナ√に寄っている一面もあります。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想


☆作品紹介
 女装ものとして明らかに有名な本作。私は9周年に限定発売していたコンプリートパックに入っている『-FullVoice Edition -』をプレイしました。したがってアフターストーリーも加えた評価になっているので、ご注意下さいませ。この作品、そもそも『月に寄りそう乙女の作法』だけに絞っても、色々な移植等経て今に至るので、どの作品にアフターが含まれているのか等、私には調べきれませんでした。ただ一つ、お伝えしておくと、今プレイするなら絶対に『-FullVoice Edition -』(主人公ボイスあり)を購入しないと後悔することになるということです。それくらい本作は主人公、朝日(遊星)のボイス(月乃和留都さん)に掛かっていました。


☆シナリオ(44/50)
 私はノベルゲームのシナリオはある意味、主人公を好きになれるか否か、そこから始まると考えています。評価に主観がどうしても入る以上、プレイヤーの目となる主人公は極めて大きな存在だからです。その意味において本作は完璧としか言いようがないですね。まず小倉朝日(大蔵遊星)を苦手に思うプレイヤーが出ないように(=少しでも嫌悪感を持たれないように)緻密にキャラクター設定がなされていました。


 その上でシナリオを分析していくと、やはり山場は女装バレ、フィリコレの2つです。これは後述するようにルナ、瑞穂√で特に重要な要素でした。特に女装モノで最重要になる女装バレをどのような形でインパクトを強くするか、そこが評価を分けたと考えます。衣遠という圧倒的存在を前にどう立ち向かうか、困難を乗り越えるのかどうかです。ここは正直√ごとに格差がありましたね。個別感想でも述べましたが、湊は特殊な立ち位置にいるから仕方ないとして、ユーシェ√ではもう少し工夫した女装バレの余地があったかなと若干残念ではありました。とはいえ減点するほどではなく、各々が各々の個性を生かしてそれなりに印象付けられるバレ方をしていたと思います。

 それを踏まえて簡単に個別√を振り返っていきます。

〇湊√
 正直、前述した女装バレの印象も薄く、フィリコレのシーンも作中にはない。そして、湊の個性であるアクセサリー製作が得意という点も生かされていなかったので、この√は流石に看過できないです。勿論面白い部分も多々あります。滋賀県での2人暮らしも湊の持前の明るさのおかげで大分悲壮感もなく、クリアできた上に物語の着地は一応綺麗です。ただ見せ場がかなりアフターシナリオに寄っているなと感じた点で、少々補完要素強めになってしまった点があります。個人的には好きな√ですが、客観的に見て手放しに賛同できるかと言われると怪しいです。そもそも本筋ですらないですからね。

〇瑞穂√
 実は私はかなり評価しています。理由は女装バレの絶望感と、それの乗り越え方がかなり瑞穂らしいというか、キャラに寄り添っていたからです。あり得ませんが、もしこれがルナやユーシェだった場合、瑞穂のような優しさがなく(それ自体は厳しい見方ができるという点で一キャラクターとして非常に魅力的だとは思いますが)折れていたと思います。それくらい、瑞穂と朝日が育んできた友情は時間の経過から見ても重かったのだという説得力がありました。フィリコレに歩む過程も全力を出し切っていたのでユーシェ、ルナ程ではないですが、好きですね。

〇ユーシェ√
 ユーシェの努力、そしてルナという圧倒的なライバルを前に立ちすくむことなく挑んだその勇気には感動を覚えました。努力しているが、その血のにじむ努力を隠している。そして、努力するに至る幼少期のエピソードも含めて強い執念を感じました。流石、東ノ助先生が書いたシナリオだけあるなと思いましたね。シナリオ自体も女装バレこそあっさり気味でしたが、その後のフィリコレが班内での競争という大変素晴らしいシチュエーションを持ってきていたのでポイントも高いです。

〇ルナ√
 実際にこの作品をプレイした方の八割以上がルナ√は別格だったと言うのではないでしょうか。尺もありましたが、朝日の掘り下げ、主従モノとして。そして演出面で最高の√でしたよ。衣遠という圧倒的な兄を前にどう対抗するのか。その回答をルナは完全な形で、衣遠と対等に用意していました。女装バレ、フィリコレ、キス、一時的な別離、初体験。そのすべてがエロゲでも最高クラスの良シナリオでした。衣遠回りの設定開示がアフターに寄り過ぎていないか?という疑問はありますが、総括すると読み物として面白かったです。夢中になって読めました。

 文章ですが、適度なギャグが笑える。それでいて作品の高貴なイメージを崩さない程度の抑え目なギャグだったので、ゲラゲラ笑うタイプではありませんが、私は好きですね。また作中描写期間も長く、2月~12月という実に10か月も行動しています。そう考えればキャラクター同士の恋愛にも説得力が生まれましたね。
 ただシナリオにも大きく分けて3つ欠点があると考えています。第1に、ルナ√が重要過ぎすあまり、最初にプレイしてしまうと読後感を大きく損なう可能性がある点。第2に、アフターストーリーが重要過ぎる点。そして、第3に、展開がどうしても各√で似通っている点です。
 第1の点ですが、なぜルナ√にロックをかけておかなかったのか若干疑問です。これほど内容に大きな格差があれば、流石に制作陣もルナの重要性が分かっているはず。しかしロックしていなかったのは、敢えてルナを最初からプレイするという選択肢を与えたかったからでしょうか。私は最後に楽しみを取っておくタイプなので大丈夫でしたが、実際にルナを最初にプレイしてしまい、尻すぼみになっていったという感想もあると思います。
 第2に、アフターストーリーでの補完です。これは補完がしっかりしていると前向きに捉えることもできます。しかし、実感としてアフターなしで本作が世に出た時点ではさらに低い点数に甘んじていた感は否めません。
 そして第3に、湊以外の3人の√が終盤のフィリコレを持ってきている関係上、どうしても展開が似通っている部分がある点です。まあ選択肢少な目系ノベルゲームですし、一本道でもないので仕方ないのですが、もう少しライターの先生間で作戦を練れば極めて高い完成度になっていただろうなと惜しいと感じる部分もありました(特にフィリコレの衣装、システムについてや、衣遠の扱いに差を明確につける等)。
 総じて荒も少々目立つけれど、一シナリオとして特にルナ、瑞穂√の評価が高いことから点数を加点されているといった具合です。


☆キャラ(36/40)
 キャラとしては正直に告白させてもらうと、圧倒的に朝日(遊星)が好きです。というかどのキャラも魅力的ではあります。ただ、朝日(遊星)の圧倒的な可憐さ、男性の理想とする女性像にはクラっときてしまいました(笑)。あれは遊星が男性だからこそできる所作なのだろうと解釈しています(勿論、遊星が女性を性的に見ることが他男性より圧倒的に少ないことも理解しています)。
 また衣遠も次いで好きですね。ギャグ、シリアス、全てが好印象でした。最初こそ圧倒的ラスボス感がありましたが、内面をよく知ると、意外とお茶目?で才能に対しては真摯、そして冷静ではなくなる時もある人間らしさがあり、ただの天才ではないなと感じます。好感触です。
 ヒロインやその従者については意外と、私はルナ含めて横ばいです。欲を言えば、もう一声欲しいな、というキャラも正直いましたので、トータルで見た場合のキャラの点数はこれくらいに落ち着きました。


☆その他(9/10)
 曲も素晴らしいですね。特に『DESIRE』は神曲認定しています。BGMもかなり高水準で、単品で音楽として立派に成立しています。特に衣遠のテーマ『愛を拒み覇道を行く天才のテーマ』は流れる度に興奮しました。あとHシーンの時等中心にたまに出る少々陳腐なSEも雰囲気と合わさってシュールさもあり、といった具合で好印象。
 世界観設定も全体通して素晴らしく、ロマンも事欠かないのですが、二点だけツッコミを。それはルナが株で資金を調達したというのが『つり乙』の世界観設定からするとあまりにも非現実的過ぎる点。そして朝日のフィリア女学院への潜入を衣遠がなぜすぐに看破できていなかったのか(できていたら、なぜすぐに動かなかったのか)という点です。後者は私の乏しい読解力では読み取れなかっただけかもしれませんが、非常に気になっている点だったので、少しツッコミました。
 システムについてですが、こちらもほぼほぼ揃えています。しかし2012年発売の作品ということを加味してもバックログからのシーンジャンプ機能がついていないのだけは惜しいところです。またシステムの良い点として本作はスキップの際、その場面名と、登場人物が分かるようになっているのですね。これはNavel独自のシステムなのでしょうか。他で見たことがないので大変親切に感じました。加えて簡単な(本当に簡素ですが)用語解説をしてくれるコーナーもあり、システムを充実させようという意気込みは大変伝わりました。


☆総括(89/100)
 総合的には名作(A)認定です。傑作にはあと一歩届かないながら、確かな実力を兼ね備えた極めてお勧めしやすい良ゲーだと考えました。女装モノの中でも手に取りやすい部類でしょうし、何より主人公に極めて好感が持てます。というかあんな可愛い主人公本当に貴重ですよ。是非、貴重な可愛い男性主人公を求めている方がいらっしゃれば購入をお勧めしたいですし、既存プレイヤーには未プレイ者にお勧めしてもらいたいですね。初心者向け的要素もありますし、本当に面白い作品でした。作品の制作陣の方々、本当にありがとうございました。