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dovさんのあの晴れわたる空より高くの長文感想

ユーザー
dov
ゲーム
あの晴れわたる空より高く
ブランド
Chuablesoft
得点
84
参照数
2921

一言コメント

素人目にも「あ、これ付け焼き刃じゃない」と思えるだけのオタクなロケット工学知識が、王道の部活青春モノに乗せて流れる様が心地良い作品。キャラクターやストーリー展開はテンプレながらもツボを押さえており、かつそれらがひたすらに、オタク知識を噛み砕いて説明するための素材として機能しているのは良い意味で「教科書的」。勉強になった。――しかし、この作品は「最後に肝心なのは技術以上にヒト」というテーマを据えておきながら、ヒトを描く段になると急に精彩を失ってしまう。オタク知識をプレイヤーに理解させる為に逆算されたストーリーは楽しかったが、ロケット打ち上げというストーリーの目的から逆算されたヒトの豹変、泣き落とし、強引な「感動シーン」は見るに耐えなかった。ヒトをもう少し丁寧に描くか、オタ知識披露にだけ注力すれば傑作にもなりえただろうに、残念。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

 さながら、アミューズも前菜も食前酒も美味しかったのに、メインディッシュだけがまずいフルコースのような作品でした。総じて高いレベルでまとまっていたのです。楽しめたのです。――しかし、こういう作品はどうしても「まずかったメインディッシュ」について語りたくなってしまうのが人情。この長文感想もその点が主になります。



 さて、批判をくどくどしく書いても気分が悪くなるだけでしょうし、2点に絞って書きます。
 1つは有佐シナリオ。
 このシナリオの肝は「大人ですらなしえなかった『漁師達からの理解』を、学生である有佐達が、学生だからこそ勝ち得た」という点にあると言えるでしょう。
 テーマには異論がないですし、むしろ、きちんと描ければ素晴らしいストーリーになれたと思うのですが、その描き方があまりにもまずかった。
 結局、有佐達がやったことって、大人達に泣きついただけなんですよね。有差が大会で語ったことは「どうか今の部活でロケットを打ち上げさせて下さい」ですが、ビャッコが消えてもロケットの打ち上げ自体はできるわけですから、事情を知らない赤の他人が手を差し伸べる説得力がまるでありません。私は、有佐達よりももっと切実な、生活に関わる学生達の訴えが、大人達によってボロクソに叩かれる様を見たことがありますが、

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1186237.html

有佐達がこれ以上に叩かれることは、火を見るよりも明らかでしょう。
 具体的な漁師達との折衝を、乙矢の父に丸投げしてしまったこともいただけません。有紗が漁師達に歩み寄ろうとしたなら、彼らのために汗をかいたなら、まだ話は理解できたでしょう。しかし、有佐は漁師達と全く接点を持つことがありませんでした。唯一の例外と呼べるのが乙矢の父に対してですが、それも『乙矢の父』として接したのであって『漁師』と接したのではありません。
 やりようはいくらでもあったと思うのです。ロケット技術を漁に応用して、部活の活動意義を具体的に示すとか、それこそ漁師サイドの絆ちゃん的な存在を出して、その子を助けるような展開でも良かったはずです。しかし、有佐達がそうした歩み寄りの努力を一切せずに、漁師達が都合良く歩み寄ってくる展開となってしまったことは、まさしくご都合主義と呼ぶ他ありませんでした。



 2つめは、Liftoff !!において、射場へ絆ちゃんの進入を許し有佐を重体にしたAXIPの不祥事について。
 作中散々DQN化してはプレイヤーをイライラさせたであろう乙矢君でしたが、この件に関しては、彼の糾弾は全く正論だと思います。

>「なぁ、どっちが悪いんだよ!?」
>「万が一に備えて自主的に見回りして
> 警備係に異変を報告した有佐と、」
>「その報告を放置して、打ち上げ当日、
> 射場へ部外者の進入を許したAXIP!」
>「事故の原因は誰にあんだよっ!?
> あんたらがしっかりしてりゃ、有佐は
> こんなことにならなかったんじゃねぇか!!」

 じじつ悪いのはAXIPです。だというのに、これだけの不祥事を起こした後でも、AXIPがその後もロケットを打ち上げられる程度に活動を存続できていることは、かなり奇異に映ります。
 一応、作中では「AXIPはビャッコをトカゲの尻尾切りすることで批判を逃れた」と説明されていますが、いくらなんでも無理筋でしょう。重体者を出すような不祥事があれば警察の捜査や監督省庁の監査を逃れることは不可能ですし、その結果AXIPが「射場へ部外者の進入を許した」ことは、当然明るみに出るはずです。社会の感情論から言っても、学生に全ての責任を押し付けて大人達は一切おとがめなし、理事長もそのまま現役続行なんてことは許されるはずがありません。
「大人の社会ってのは厳しいものなのよ」と言いつつ大人の責任を取らないAXIPは、私にとってかなり気持ち悪く映りましたが、それを受け容れてしまう乙矢達の思考も劣らず気持ち悪いものがありました。

>「ビャッコがあるのは、AXIPのおかげだもんね」

とほのかは言いますが、だからといって、AXIPが仕事を怠って重体者を出したことが許されるわけではないでしょう。ましてやその責任を子供に押し付けるなど、言語道断です。
 私がどのような気持ち悪さを感じたかを喩えてみると、下記のような感じです。


> 俺達が毎日電気を使えるのは、東●電力のおかげだった。
> 彼らは日々俺達が電気を使えるよう、努力してくれていたんだ。
> 私達の生活があるのは、東京電●のおかげだもんね。
> 都合のいいことだけを受けいれて、都合が悪くなった途端に駄々をこねるのは、子供のすることなんです。
> 原発事故は、私達の責任。
> ああ、それでいいんだ。

 (なお、この喩えについては牽強付会であるとの異議があります。詳しくはレビュー下部の感想のやりとりをご覧下さい)
 こうした、全体主義的というか、共依存的な「理解」を示す乙矢達を見て、「素晴らしい若者に成長した」「今回のことは残念だった」と他人事のように語る理事長と大澄に、私は薄ら寒いものしか覚えませんでした。



 批判ばかりになってしまったので、最後にこの作品の意外な魅力についても書きます。
 ほのかはかなり良い幼馴染シナリオをやってくれました。
 お互い好き同士だったんだけど、悪いことが重なって、お互い最後の一歩が踏み込めなくなって――という幼馴染シナリオは、近年では割と貴重に思えます。こうしたシナリオを、笑いを交えながら比較的しっかり描いてくれたことは、私にとって嬉しい誤算でした。