派手さはないが音楽・キャラクター・シナリオ・システム・演出のどれを取っても高水準な傑作。単なる萌えゲーではなく中身も深い。
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■初めに
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この作品は大きく灯里・瀬奈・静流シナリオと麻夜・ひなたシナリオに分けて考えられる。前者は(家族からの)自立がテーマで、後者は友情がテーマと見られるからである。
率直に言って、私は前者により強く惹かれた。前者の方が書きたい感想も多い。だから、まずは麻夜・ひなたシナリオについて触れた後で、灯里・瀬奈・静流シナリオについて詳しく書いていきたい。
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■ひなた・麻夜
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学園を舞台として、ひなた・麻夜・真琴・長曽祢を中心に物語が展開される。兼元家の人物は主人公の行動に追認を与えるだけであり、静流は全く登場しない。
両シナリオとも「匠とヒロインが中々付き合えずにいるのを周りが後押しする」「匠が影武者であることをバラす(ヒロインかヒロイン以外かという違いはあるが)」「ヒロインの父(祖父)に認めて貰う」の3つが基本的な要素となる。
内容としてはオーソドックスで、プレイ時間の割に要素が少なすぎるきらいはあるけれども、話として手堅く纏めた感がある。
しかし、ひなたシナリオは匠が影武者であることを麻夜や真琴にバラすくだりでかなりキツい展開が待っており、しかも「朱里とひなたがデートすることを友人が知っており、またひなたのボディーガードが監視しているかもしれない状況で主人公が匠としてデートする」「匠が権限を持たない影武者である以上何も話すことができないのは常識的に考えて察することができるはずなのに友人が全く斟酌してくれない」等々ツッコミどころが多いため、かなり印象が悪い。
ひなたはキャラに抜群の魅力があっただけにシナリオのデキが残念。
麻夜シナリオはそれなりのデキになっている。ただHシーンでの彼女の嬌声が可愛すぎて違和感があるかもしれない。
おそらく共通とライターが異なるのだろうが、共通の設定との齟齬が目立つ。
・共通では主人公の言質を取って追い詰めるシーンが幾度か見られたひなたが、逆に周りに言質を取られまくるアホの子になっている
・共通や瀬奈シナリオでは真琴にHな話題を振られても意味が理解できなかったひなたが、麻夜シナリオでは麻夜に真琴の猥談の意味を説明している
・共通では冷静な判断も見せていた長曽祢が、完全に理解力の足りない面倒なキャラになっている
・共通や他のシナリオでは麻夜を異性として意識している言動だらけの長曽祢が、麻夜を異性としては意識してない設定に変わる
そもそも主人公やひなたが秘密を約束しておきながら一存で影武者設定を暴露するのもどうかと思うが、これらのシナリオでは友情がテーマなだけに、「信頼できる友人に教えるのは問題ではない」ということなのだろう。
しかし、更に根本的な問題として、「たった数週間しか共に過ごしていないのにお互いを親友だと言い合う」展開は、そこまでに説得力のある積み重ねが描かれているわけでもないので、強引さが否めないところ。
おそらくこうした数々の齟齬はひなた・麻夜シナリオのライター(おそらく北川氏)が共通シナリオを担当していない(と思われる)ことに理由があるのだろう。共通シナリオの主眼はひなたと麻夜を孤独から救い出すことにあり、彼女たちは対等な友人というよりも助けられるヒロインとして扱われている。しかし、北川氏は共通で当然彼女たちと匠が性別を超えた「親友になった」ものとして扱ってしまった。
そうした点とは別に、明らかにおかしな描写もある。
・朱里は麻夜とクラスメイトだったのに麻夜を見て「その方が、長光さんですか?」と尋ねる(麻夜ルート11月8日)
・長曽祢が携帯で麻夜と話した直後のシーンで、「お嬢にも連絡がつかない」と言う(麻夜ルート11月25日)
こういうミスがあるから、北川氏が共通情報に触れられなかったと言うより、単に北川氏がアホだから齟齬をきたしてるんじゃないかと疑いたくなるのだけれども……。
-ひなたの匠に対する感情について-
ひなたシナリオに入らなければ、ひなたの匠に対する感情は友情であろう。
しかし、単なる友情と割り切れない描写も存在する。例えば主人公が告白を受けると「もし付き合うとしたら、ボクとは遊んでくれなくなるのかな」(灯里ルート10月14日)と寂しそうに言ったり、ひなたシナリオでのろけ話をするとき好きになる以前の匠について事細かに覚えていたりするのだ。恋心に自覚していていない、といった状態だったのかもしれない。
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■灯里・瀬奈・静流、そして共通シナリオ
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北川氏には悪いが、このゲームの中心となるのはやはりこちらのシナリオ――とりわけ瀬奈シナリオだと思う。共通からスムーズに繋がるのはこちらのシナリオだし、話の練り込みや完成度も麻夜・ひなたシナリオに比べて段違いだからである。
憶測になるが、おそらく灯里シナリオはほぼ天宮リツ氏が書き、静流シナリオはほぼJ・さいろー氏が書いたのだろう(灯里シナリオでさいろー氏らしいレトロゲーをプレイする展開があったり、静流シナリオで天宮氏らしい『でもでもっ』という発言があったりするので、全部とは断言できない)。
共通と瀬奈シナリオは天宮氏とさいろー氏が二人で書いたと思われる。
共通では、例えば9月9日に真琴と会話する際、彼女の名前がくるくる変わっていく辺りがいかにもさいろー氏だし、「勘違いするなよ(しないで)」という言葉が何度も使われているのは天宮氏らしい(他に使われるのはほぼ灯里シナリオのみ)。
瀬奈シナリオでは、例えば10月18日のデートでミリタリーネタがあったり瀬奈の「反省して下さい。猛省して下さい」という台詞だったりにさいろー氏らしさを感じる(さいろー氏が関わったClover Pointというゲームの夜々シナリオ1月17日に『反省する俺。猛省する俺』という表現がある)。一方、11月22日夜の瀬奈の告白は天宮氏らしい説明・説教調が色濃く出ている。
こうして考えると、このゲームは一見灯里がメインヒロインのようだが、その実瀬奈がシナリオの中心にあるとも考えられる。共通とライターが同じなのは瀬奈シナリオだからである。じっさい、
> 【灯里】「このオムレツを作ったのは、瀬奈?」
(9月13日)
→瀬奈が風邪を引くと料理が美味しくなる設定の伏線
> 【真琴】「ちゃんと勉強もしてるんだよ。下着だけじゃなく、アクセ
> とかも。持ち込みでお店に売ってもらったりとか」
(9月16日)
→瀬奈にプレゼントする髪飾りを真琴が作っている設定の伏線
等々、共通段階でシナリオの伏線が張られているのはほぼ瀬奈のみである(厳密には静流も許嫁という伏線が張られているが)。
また、キャラ萌えを中心に展開する灯里シナリオや静流シナリオに比べて、瀬奈はより内面的で重いシナリオが展開される。そして(家族からの)自立というテーマもより強調して描かれている。
以上の理由から、スタッフは瀬奈を中心にシナリオを組んだのではないか、と想像する。
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■灯理・瀬奈
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共通部分では、匠は孤独だった麻夜やひなたを救った。
では、灯理や瀬奈は?
一見して何一つ悩みのなさそうな彼女たちこそ、本当の孤独を抱えていた。
両シナリオは、孤独な少女たちが家族に似た関係を形成し傷を舐め合っているところに、匠という少年が入り込んで彼女らの孤独を埋めていく、いわゆる疑似家族モノである。
灯理と瀬奈は対のキャラクターとしてデザインされている。と言ってもにわかには信じがたいと思うので、気がついた対比について列挙する。
灯里:金髪に緑の瞳 左の前髪を垂らしている ロングヘア 蝶の髪飾り お嬢様 うぶ 子供扱いされたくない 「察しなさいよ」
瀬奈:緑髪に金の瞳 右の前髪を垂らしている ショートヘア 花の髪飾り メイド 耳年増 子供扱いされたい 変な方向に察しすぎて暴走
更に、シナリオも対となっている。
灯里:匠が熱を出して灯理が看病する。匠が灯理を起こす。灯理が瀬奈に恋愛相談。灯理が匠と距離を置こうとしてしまう。灯里から告白。告白後延々Hしない。匠がオナニーする。
瀬奈:瀬奈が熱を出して匠が看病する。瀬奈が匠を起こす。匠が灯理に恋愛相談。匠が瀬奈と距離を置こうとしてしまう。匠から告白。告白直後にH。瀬奈がオナニーする。
そして彼女たちが抱える問題さえもが対になっている。
灯里:新しい家族からの期待に応えようと無理をしすぎている
瀬奈:新しい家族からの期待に応えられなかった
自分では何もできずただ必死に家族の期待に応えようとしている灯里と、何でも器用にこなすが家族からの期待に応えることができなかった瀬奈は、まるで鏡写しのような関係である。お互いに自分にないものを認め合ってきたからこそ、灯里と瀬奈は仲良しでいられたのだろう。でも足りない。灯里の問題を瀬奈は解決できないし、瀬奈の孤独を灯里は埋めきれない。朱里は自分の体の問題で精一杯。そこに颯爽と現れた匠が二人の問題を解決する。
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■灯理
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灯里の可愛さに萌えるシナリオ。
それだけで言い尽くせてしまうが、楽しかったので問題無い。
個人的には伊角が何を考えていたかなんて言動を見ていれば察せるわけで、彼の長い長い語りは要らなかったと思う。
> 【灯里】「あの、エッチな本よりも?」
> 【匠】「本だと、こんな風に抱きしめることはできないだろ」
> 【灯里】「じゃ、二度と買わないでね」
(灯里シナリオ11月2日)
は灯里の声が可愛すぎて大笑いしてしまった。
それ以降のエロ本トークはずっと笑いっぱなし。
派手なイベントがなくても、キッチキチに詰め込んだ設定がなくても、ヒロインが可愛くてずっと暖かい笑いを提供し続けてくれるシナリオというのはある意味凄く力量が要ることだと思う。
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■瀬奈
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なんていうか、陵辱ゲーにも出演できそうなキャラである。
瀬奈の叔母夫妻が優しい人物であることは直接的な描写、間接的な説明で作中度々語られるのだが、
> 【灯里】「ええ。勘違いしないで欲しいんだけれど、その親戚の人た
> ちは虐待みたいなことは一切してなかった」
> 【灯里】「ウチで預かるようになってからも、心配でよく近況を尋ね
> てくる。瀬奈本人にも頻繁ではないけれど、電話もしてる
> わ」
> 【灯里】「ちゃんと、月山さんのことを思ってるんですね」
> 【灯里】「優しい人たちなんでしょうね。その優しさが、あの子と距
> 離を作ってしまった」
> 【灯里】「あの人たちの優しさはきっと、瀬奈が求めていた優しさじゃ
なかったんだと思う」
(瀬奈シナリオ10月19日)
瀬奈はなぜこの優しさを受け容れられなかったのか?
それはきっと、瀬奈が求めていたのはソッと触れるような優しさではなく、ギュッと縛り上げるような強烈な愛だったからである。彼女自身が散々それを示唆するような願望込みの変態トークをカマしている。
これまで、瀬奈の周りには気遣う人物ばかりだった。叔母父母も、灯里も、朱里も、瀬奈のりょうじょkもとい強烈な愛を求める心には応えてやれない。だから、
> 彼女はまだ独りなんだ。
> 兼元に引き取られ、お嬢様や源さんたちと新しい関係を作り、明るくなっ
> た。
> でも、彼女の心は独りきりで、取り残されたままなんだと思う。
(瀬奈シナリオ10月19日)
と匠が感じるくらい、彼女は孤独なのだ。
と、言うわけで、ここは我らがド変態匠の出番だな! 館にやってきた当日瀬奈の着替えを覗き、瀬奈の下着を握りしめて妄想に耽り、瀬奈を看病する時だって言い訳などしない。
> 【匠】「俺が、したいんです。俺のワガママですよ、これは。だから、
> もし本当に迷惑じゃないなら、大人しく俺の看病を受け容れ
> て下さい」
> 【匠】「ほら、頭撫でてあげますから、大人しくしなさい」
(瀬奈シナリオ10月19日)
「俺がしたいんだ。ヤ ラ セ ロ !」というわけである。言い訳しない匠さんマジカッコイイデス。
彼女が夜中にいきなり部屋にやってきて「ずっと抱きしめて下さい」と求められればご要望にお応えし、告白して瀬奈が不安に思えば、不安を消してやる為にその場で瀬奈を「犯して」やる! しかも一発じゃねぇ。二発だ! ここが学園の理事長室だなんて関係無いぜ!
瀬奈が愛を求めればところ構わず応えてやり、お仕置きを求めればローターでお仕置きしてやる。そう、それが彼女が求めた愛のカタチなんだ! 決して不純なキモチじゃないぞ!(エロゲー的には主人公役は小汚いオッサンの方が良かった気もする)
だが、残念ながらお嬢様はりょうじょkもとい瀬奈を縛りつけるアプローチが苦手だったようだ。ここにいていいのかと不安になる瀬奈にあろうことか少し引いたアプローチをやらかしてしまう。
> 【瀬奈】「灯里様の個人的な意見で構いませんから、お気持ちを教え
> て下さい」
> 【灯里】「私は………………一緒に暮らしてみるのもいいと思う。当
> 然瀬奈にその気があるのなら、だけれど」
> 【灯里】「勿論、私の傍で働き続けてくれて構わない。というより、
> 私としてはその方が助かるし、嬉しい」
> 【灯里】「でも、私はやっぱり家族は大切な存在で、大事にすべきだ
> と思う。孤独っていうのは、凄く寂しいことだと思うもの」
これはさりげなく、しかし明瞭に灯里と瀬奈のスタンスの違いを示している。灯里は「家族の期待には応えるべき」という強迫観念に取り憑かれているキャラなので、こう言わざるを得なかった。
もちろん灯里だって瀬奈が自分と違うことは分かっている。分かっているから「………………」と異様に長い沈黙を挟んでいるのだ。しかし、それでも言わずにはいられなかった。自分にだって家族の期待に応えることができるのだから。瀬奈だって出来ないはずがない。そうすれば瀬奈は孤独から解放される。彼女には家族という心の拠り所を得て本当に幸せになって欲しい。
それは正論かもしれない。だが、瀬奈には耐えられないことだった。
些細なすれ違いから案の定猛烈な不安に襲われてしまった瀬奈に匠は
> 【瀬奈】「俺と駆け落ちしようか、瀬奈」
(瀬奈シナリオ11月22日)
と持ち掛ける。メッチャ食いつく瀬奈!
まあ、最後はお嬢様の本音が聞けて瀬奈も満足。その上匠と結婚式まで挙げて新たな家族を作り、すっかり女として満足を得られた瀬奈は、叔母夫婦にも余裕の対応。やはり女の子の心の穴は男が埋めてやらないとな!
そんな感じで、七面倒くさいキャラである。要するに叔母に会いたくなかった理由も「あの頃のウジウジした自分を思いだすから嫌なの」ってワケだしね。いるよねそういう女。自分が嫌になるとその時自分が付き合っていた相手も取り替えてリセットしたがるんだよね。巻き込まれた方はたまったもんじゃないよ。まったくまったく……。
-その他、細かいところ-
> 【茅明】「ワタシがいない場合、金銭面に関する処理は月山さんに任
> せていますので」
(瀬奈シナリオ10月18日)
あの若さでここまで任される立場にあるなんて相当優秀なメイドなんだろうね。
> 【強引な店員】「アサルトライフルは基本、中距離戦闘用の突撃銃で
> すよ。狙撃だなんて、マンガの中だってしないです
> よ~」
> 【匠】「マンガの中でならあるんですよね、これが……って、それは
> いいです。とにかく、なんですか?」
(瀬奈シナリオ10月18日)
ゴルゴ13すか(2012年1月19日追記:知り合いに『新條まゆじゃね?』と突っ込まれた。『そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる』があるからそっちかも)。
> 【瀬奈】「藤島さんは、卑怯です。とっても卑怯な方です」
> 【匠】「いや、卑怯って」
> 【瀬奈】「そういう不意打ちはダメなんです! ビックリするじゃあ
> りませんか! 乙女心は傷つきやすいんですよ!」
> 【匠】「え? すっ、すみませんでした」
> 【匠】「ただの髪留めだから。それくらいならいいかなって」
> 【瀬奈】「それくらい、じゃありませんよ! 乙女心を侮らないで下
> さい!」
> 【匠】「は、はあ、そうなんですか?」
> 【瀬奈】「そうですよ! 本当、反省して下さい。猛省して下さい」
> 【匠】「わ、わかりました。本当に申し訳ありませんでした」
> 【瀬奈】「気をつけて下さいね。まったく」
> 【瀬奈】「それから、あの……ありがとうございます。大事にさせて
> もらいますね」
> 【匠】「………」
> 【瀬奈】「わ、わたし、着替えてきますから! それじゃ、失礼せま
> う」
この反応はすごくエロい。瀬奈の心の凄く柔らかい部分を突いてしまった反応って感じだよね。
ここで匠が瀬奈にあげた髪飾りが小さな蝶を模したカタチなのも色々想像できる。普段は花(メイド)である君も僕にとっては蝶(お嬢様)なんだよ、って感じとか。そしてそれを嬉しいと思うけれど、自分はお嬢様じゃないから普段から付けることはできない瀬奈って感じで。
>【灯里】「ようやく自覚したかと思ったら……どう接すればいいのか
> わからなくて避けてるだなんて。初恋したての小学生じゃ
> あるまいし」
> (瀬奈シナリオ10月24日)
お前が言うかーっ!?
> 【灯里】「だから私も、あの子の立派な姉でありたいって思う」
(灯里シナリオ10月21日)
その割に瀬奈シナリオ終盤では朱里に子供扱いされていた気が……。
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■静流
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静流の魅力に悶えるシナリオ。彼女の場合、家族からの自立というより「家」からの自立がテーマと言った方が正確かもしれない。
彼女はお嬢様だらけの他のヒロインに比べても一際お嬢様っぽい。そもそも灯理やひなたは元庶民、麻夜はお嬢様と言っても特殊なので純粋なお嬢様は静流だけと言えるが、設定負けせず彼女はお嬢様っぽい仕草が板に付いている。
例えば数度会っただけのひなたを「アナタは国広……ひなたさんですわね」(10月11日)とフルネームで覚えている辺りは社交慣れしている感じ。匠に悪口を言うときも
> 【静流】「きらい……ニセモノ、詐欺師、嘘吐き……えと、えと、悪
> 者、ずるっこ……それから……!」
(静流シナリオ12月4日)
と、悪口のボキャブラリーが妙に少ない。
彼女は「普通の人のような暮らしがしたい」「自分に自信がない」「両親との関係」という3つの大きな悩みを抱えている。そうした悩みはこれまで静流に接してきたお嬢様お坊ちゃまには解決できず、庶民である匠だからこそ解決できるというのがこのシナリオの肝。
彼女とは、正宗理事長の引き合わせで出会うことになる。この時のやり取りで「ああ、許嫁候補なんだな」と何となく察することはできるが、この伏線は暫く表には出てこない。ただ、静流の方は許嫁候補だと言い含められていたようで、将棋という会話の切っ掛けを得た彼女は、将棋を教えて貰うという形で匠への接近を図る。デート(髪を下ろした静流が可愛い!)では祖父に騙された彼女が「まけて下さいな♪」とデパートで申し出て店員を困らせるのだが、匠が機転を利かせて両方の顔を立てる(ところで5%値切りで3000円ということはサラッと6万円の買い物をしたことになる。金持ち怖ぇ)。匠がパーティのダンスを不安に思っていると、彼女は将棋を教えた貰ったお礼としてダンスの指南をする。
こうして交流を深めていく中、手を繋いだり下着が見えてしまうハプニングを起こしたりと、静流に女を意識させるイベントはキッチリ仕込まれている。後者は匠に『スカートじゃない方が』と言われることで、後に彼女がブルマを穿く理由付けにもなっている。
この後匠に下着泥棒の疑惑がかかるのだが、静流はそれに一切触れることなく、いつも通り接している。この辺の懐の深さというか、大らかさが彼女の魅力である(ライターが別だからだろ、と突っ込まれそうだが)。
正宗と兼元との提携話が進み、静流も「朱里」(実は匠)との関係が良好ということで、それとなく周りからの後押しもあったのだろう。ダンスは結局自力でマスターしてしまったからと、静流は匠に礼儀作法を教えようとする。この時静流はやたらに「先生」という言葉に拘るが、これは教わる立場としては劣等意識を受け付けられた彼女が教える立場として自信を取り戻していく意味があると共に、後々学園の経営に携わりたいと彼女が思う伏線でもあろう。
礼儀作法の一貫として薙刀を教えた(ブルマ!)後、理事長が「壊れた教室の扉を修理せよ」と妙なことを静流に申し付ける。実は静流に色々なことを体験させたいという彼なりの親心(祖父心?)なのだが、上手く行かない静流をみかねて匠が簡単に修理してしまうのを見て、彼女と理事長は匠への評価を上げる(その後も理事長は部下をけしかけたり、園遊会の催しを黙認したりと、何かと匠を試している)。
ここでゲームのラスボスのような着信音で親と思われる(後に父だと判明する)人物から電話がかかってくる。この時の静流の対応は凜とした普段と違ってしどろもどろで、彼女の複雑な家庭環境が窺える。続いて、静流が胸の大きさを気にしていることが明かされる。こうして、彼女が抱える悩みの輪郭が少しずつ明らかになっていく。
明くる日のお茶会では、彼女が胸だけでなく女性的な魅力に欠けているのではないかと悩んでいること、正宗家の家督は彼女の兄が継ぐ(から静流は逃げても問題は小さい)こと、理事長はいわゆる成金で庶民的な感覚の持ち主であることが説明される。
こうして描写を重ねながら丁寧に少しずつ設定の外堀を埋めていく流れは、人によっては退屈かもしれない。この辺の設定はこの後も何度も繰り返し説明されるのだが、本稿では割愛する。
理事長室の手伝いでは案外ズルイ静流(それはもちろん匠への信頼の裏返しでもあるのだが)の姿が見られる。続いてラーメンをごちそうするくだりでも、彼女に食べさせる最後の一押しとなったのは「内緒」である。後に「清濁併せ呑む」という言葉にも静流は反応している。これは彼女のテーマBGMにも繋がるが、彼女はこっそり悪いこと(=庶民的なこと)をするのに憧れており、それが庶民的な(つーか庶民である)匠への憧れにも繋がっていく。
こうして二人の関係は次のステップ――お互いが許嫁であることが浮上する段階――へと進む。二人は一緒の車で登校し、手を繋いで建物に入るようになる。そうして、匠も少しずつ静流に惹かれている自分に気がつく。
静流が持ち前の行動力で女性としての魅力を磨く勉強をしている中、匠はうっかり静流と接触してエレクトしてしまう。これが静流にとっては、自分の女性としての魅力をこれ以上なく分かり易いカタチで匠が肯定したカタチになり、彼女が匠に恋してしまう決定打になった。
ここからはイチャイチャである。静流にご飯を食べさせたり、庭の剪定を終えて「るんるんるー♪」と二人で踊ったりを経て、彼らは理事長室に二人きりになる。この時匠が「大事に使えば、歩も金になるんです」と将棋の指南をしたことが後の伏線になるのだが、それはさておき、ここでのシーンがとても美しい。
匠に近づきすぎて怖くなり一度は避けてしまった静流が、彼女を好きだと自覚した匠と、二人だけの静かな時間を過ごす。事務作業をして、初めて出会った時のように将棋を指して、やがて夕陽が差し込める。そして静流は「匠にマナーはいらない」とありのままの匠を肯定する。匠も静流には女性の魅力があると、好きだと伝えて、静流はそれに恋愛文庫で覚えたぎこちないキスで応える。そして静流はフェラチオ――ってあれ?
な ん か お か し く ね ?
いや、うぶなお嬢様が猥雑な本で得た知識を鵜呑みにするときっとこうなるんだ! 匠にしても、好きな女の子が自分のモノを咥えてくれるとしたらそりゃあもう断ることなんてできずに「ここで断るのはかえって変だ」とかなんとか自分に言い訳しながら受け入れてしまうんだ!
理事長室ですっかり気持ちが昂ぶりすぎてしまって、帰りはお互い軽い虚脱状態になっているのになんかリアリティを感じた。
さて、ここからは匠に首ったけな静流、彼女のことが好きだけど――好きだからこそ朱里に譲ってやらなければならないと思っている匠、経営者らしく非情な決断を下す伊角の思惑が絡まって、カタストロフへと向かう楽園が展開される。幸せを感じると共に見ていてハラハラする展開だが、そんな中、静流の父に対する態度が少し変化しているのが見所。最初の頃ほどキョドった対応はせず、しれっと嘘を吐いたりもしているのだ。この辺は男を知った女の強さだろうか。ここから先、静流は内緒でHなことをしたり匠を家にあげたり、理事長の書類を偽造したりと「二人だけの秘密」をいっぱい作り始める。
そうして、破滅の日はやってくる。実の姉やメイドたちさえ騙すほどに完璧に匠に成り代わった朱里だが、それでも静流を騙すことはできなかった。おそらく、朱里は匠が静流に触れる時の「ぎこちなさ」を真似ることだけは出来なかったのだろう。彼が静流の手に触れようとしたその瞬間、彼女は朱里が「偽者」だと見抜いたのだから。
何もかもが破綻してしまったと知り、何も知らない静流を匠は抱きしめる。
このシーン、このシナリオの見せ場の一つでCGも超気合いが入ってるのに、文章が短すぎてサラッと飛ばしてしまう可能性大である。カチカチクリックしてると3~4秒で通り過ぎるんだもの。
さいろーは「文章書き」としては上手いんだが、こういうところの演出がなってないなぁと思うことが多い。
責任を一人で被った匠だが、正宗理事長は事情を察し(察していたことは後に『お主のやり口には芸がないのう、二度も三度も付き合っちゃおれんわい』と理事長自身の口によって語られる)最大限穏便に対処する。
理事長に「ありのままを伝え」られた静流は、理事長同様匠の嘘を見抜き、「うそつきっっ!!」と声だけで泣く。彼女は正宗の女だから、決して涙を見せてはならない。だから彼女は声だけで泣く。正宗に縛られた彼女は、そうするしかない。
全ての責任を負って姿を消そうとする匠に、静流は「貴方も残って責任を取りなさい!!」と言う。匠の行動で正宗と兼元の問題は回避され、従業員は救われるかもしれない。しかし、匠を愛してしまってもう他の男など愛せないのに、それでも正宗の娘として他の男と結婚しなければならない静流への責任はどう取るというのか。匠は悩みながらも、今は彼女に笑顔だけを見せることを誓う。
お互い好き同士であることは分かりきっている。しかし、匠と静流とは身分が違うから、添い遂げる手立てがない。そうして宙ぶらりんなまま二人は仲良く時を過ごすのだが、やがて不動庭園が取り壊されるという話が持ち上がる。不動庭園の保護と引き替えに野佐田議員の息子と静流が見合いをするのではないかと焦った匠は、静流と結ばれる何の見込みもないまま、偽朱里ではない匠自身が静流を好きだと認め、決して静流と離れないこと、嘘を吐かないことを誓う。静流はそれに応え、これまで従順に言うことを聞いていた父の命令を突っぱね、見合い話を断る。こうして二人は、お互いの愛だけを頼りに先の見えない奮闘を開始する。
心が結ばれたら体も――というわけで、静流はもうHしたくてたまらないのだが、しれっと受け流す匠。彼が天然でかます放置プレイに我慢しきれなくなって、静流はとうとう学校を早退してセックスしろと命令する(実にさいろーらしい変態な流れだ)。
「静流は俺に余計なことを背負わせない代わりに体を捧げてくれたんだ」と善意の解釈をした匠は、「歩は敵陣まで切り込まないと、金にはなれない」ということで、学園に乗り込んで不動庭園に関する状況を偵察する。学生なりにできることを考え、仲間たちと相談して園遊会を催そうと企画する。
ここで、理事長に匠は朱里の変装を見破られる(そりゃ、静流とラブラブな雰囲気で歩いてりゃなぁ)。匠を追いかけたことがきっかけで理事長は倒れる。匠と静流は理事長の計画を邪魔してしまったことに気がつくが、理事長の委任状を二人で偽造し、計画を保全する。この時の静流の言葉が印象的である。
> 【静流】「たーしゃまと出会って、私は自由になれた気がします。正
> 宗の名前を忘れて、普通の女の子みたいなデートをしたり
> して、楽しかったです」
> 【静流】「でもね……そのおかげで初めて、正宗の娘としてやり遂げ
> たいことが見つかったんです」
(静流シナリオ12月8日)
普通の女の子への憧れが叶ったからこそ、正宗の娘としての使命が見つかる、というのは一見矛盾だろう。彼女はいつの間にか、そうした矛盾を内包する強さを手に入れていた。
父からの電話を、静流は軽くあしらう。もう静流は匠と添い遂げる為に家出をする覚悟を決めていた。そんな静流を見て匠は思う。
> 正宗の女は涙を見せない――だから先輩は気丈に前を向いている。
> 涙をこらえながら『正宗の家を捨てる』と正反対のことを言っている。
> どちらか片方がウソなんじゃなくて、互いが溶け合って静流先輩なのだ。
(静流シナリオ12月19日)
園遊会は六麓学園の過半数が集まり、大成功の運びとなった。理事会での旗色が悪いこともあり、野佐田議員は勝てないと踏んだのだろう。彼は園遊会に祝辞を贈る。結局敵か味方かハッキリしなかった議員に麻夜や真琴は「これから私たちが向かう世界」「オトナの世界」を見出す。これも矛盾の内包であろう。
遂に親からの呼び出しを投げ捨てた静流と匠は園遊会の中抱きしめ合い、お互いを迷子のようだと言う。それはそうだろう。二人は互いの気持ちだけを信じて暗闇の中を歩いてきたのだから。「コケたらごめんなさい」「平気ですわ……たーしゃまとなら」と、二人は今後を示唆するやり取りを交して踊り始める。
12月も半ばを過ぎたある日、匠は静流に「学園の先生になりたい」と言う。そうすれば学園の理事になる静流と一緒にいられるし、静流の両親も匠を認めてくれるかもしれないからだ。その言葉に、どんなに辛くても涙を流さなかった静流は静かに涙を流す。
そんな彼女の涙に大人の矛盾を感じた匠は「俺がコケないように見張ってて下さい」と頼む。静流は「それなら、私もたーしゃまと同じところに行こうかしら」と受ける。
匠は果たして金になれただろうか?
少なくとも、『自分たちにとって大切なものを、他人に決めさせてはいけない』という理事長の言葉どおりに行動した匠と静流は、少しだけ大人になれたことだろう。