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denkiさんの在りし日の歌の長文感想

ユーザー
denki
ゲーム
在りし日の歌
ブランド
Mercurius
得点
76
参照数
497

一言コメント

中原中也へのオマージュとして綺麗に纏まる。地味で質素ながら、稀に見る美しい作品。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

シナリオ9点(×2):中也の詩のエッセンスを求めたような静かな語り口が魅力的。構成も卓越、美しいシナリオ。
音楽9点(×2):主題歌とプロローグの「玉藻」は絶品。静かにシナリオに寄り添うBGMもハイレベルで耳に快い。
画力5点:正直、厳しい水準。ただ雰囲気的には違和感は少なく、どこか不恰好な決まりの悪さも珍味。
キャラ8点:プレイヤーとキャラの間の独特の距離感が絶妙。キャラ立てもしっかり術を統べており、萌度は意外と高い。
エロ4点:絵的にも量的にも貧弱ですが、シチュとテキストは割りと健闘。おまけHは、この作品の美しさを若干濁したか。
操作性7点:インターフェイスは結構凝っており、機能的にも使いやすい。ただ、強制オートの演出がやや長かったか。
量感7点:後味は実に清涼。本編の短さは正直物足りないですが、おまけが意外と充実し量的にもトータルで不満なし。
世界観9点:静謐で透明、それでいてどこかノスタルジーを感じさせる不思議な空間。完成度は非常に高い。

総計76点


(雑感):まずプロローグで流れてくる弦の分厚い響きに魅了されました。大きな木の枝に毅然と立ち落陽を見据える少女、静かに交わされる重い会話。その構図がなんともいえず絶妙。期待感を掻き立てると同時に背筋をピンと立たせるような、格調の高さ。これまでプレイしたエロゲーのプロローグでは5本の指に入るであろう素晴らしい出来です。

中原中也の詩集からタイトルを採っているように、本作が多分に中也の詩集のモチーフに基づいて編まれたものは明白でしょう。重要なキーワードになっているのは「親のない子供」と「雨」でしょうか。特に雨に関しては、質素な作りに反して雨だけエフェクトで降らせているという拘りぶり。中也の詩集と併せて読み解いていくと色々な仕掛けが巧妙に練り込まれている様が浮かび上がり、吟味のしがいは充分です。決して派手さや華やかさはなく一見ただひたすら地味な物語が続くだけですが、なにより中也の詩集からテーマを得てここまでエロゲで消化してみせる精緻な構成力は至芸といえましょう。また、中也の詩にある不思議な透明感やリリシズムが、様々な工夫により見事に再現されているのも素晴らしいところ。作り手の中也への敬意、愛情がひしひしと感じられます。

個人的にまず関心を引いたのは独特のイヴェント絵ですね。もちろんキャラがカメラ目線送ってるような定番的な絵も少なくないのですが、「これは他社なら絶対ボツだろう」というような構図の絵が結構出てきて驚かされます。最初は唖然となるものの、だんだん本作の不思議な雰囲気に溶け込んで違和感なく見えてくるから不思議。もう1つ感心したのは、アイキャッチ。一見なんということのない簡素なアイキャッチなのですが、これが本作の独特のリズムを的確に生み出す基点となっていて重要。ささやかな遊び心といい、メロディといい絶妙です。最後に印象的だったのは、プロローグ同様に素晴らしかったエピローグ。特に一未のものは、こんな絵に描いたような普通なエピローグがこれまでのエロゲにあっただろうかと思うくらい、簡素だけど味わい深いエピローグ。他社なら、あの神社でのイヴェント絵はありえなかったでしょう。