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dearoldhomeさんの雫の長文感想

ユーザー
dearoldhome
ゲーム
ブランド
Leaf
得点
92
参照数
161

一言コメント

月島瑠璃子という存在感。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

『正気と狂気。苦痛と快楽。現実と妄想。
 正常と異常。理性と欲望。東縛と解放。』

そのどれもは互いの延長線上にあって、その境目はぷつんと切ることができる。
どれもが真で、距離は離れていても隣同士なのだ。

本作「雫」は、電波ゲーと呼ばれることもあるが、個人的にはそうは思わない。
至っておかしくもない主人公が、更に常識的で良心を持つ少女 沙織・瑞穂を巻き込んで言葉通り"電波"と呼ばれる謎のパワーに壊され、立ち向かい、原因を突き止めるような話だ。もっとも、じゃあ電波ゲーで間違いないだろ!というツッコミは予想できるが、所謂「電波ゲー」的な、ずっと意味不明な言葉を羅列するような人間の方が少ない。月島拓也という重要な例外はいるが…(彼も根本は人間的である)。もっと簡単に言えば、話自体は容易に理解出来ると言った感じだろう。非現実的な要素はあっても、どこか否定しきれない雰囲気が漂うところが好きなのだが、それは常人の理解しうる範疇である危なっかしさであり、なぜか現実に近いものすら感じる。鬱屈とした学生生活に飽き飽きとした主人公。短いながらも、そんな暗さとリアリティを鋭く表現した世紀末らしい作品であり、そこに狂気が絡むことでエロゲーとしても非常に面白いと個人的には思っている。というか、これはエロゲーでしか描けない狂気であり、しかも一度は誰もが考えたことあるのでは?という空間が拡がっているのが本当に良い。世界観が落とし込まれている。

気だるさを不気味にコーティングし、雫という作品全体を創り上げている。今作において不要な何かを見つけるのが難しいくらい、完璧な世界観を描くことに成功していると個人的には思う。









そして、2度目のプレイだった今作を想って、自己満足にも程がある…感想を下に記すことにする。
といっても、大半はメインヒロインである「月島瑠璃子」を自分がどれほど大切に思っているか、についての至極どうでもいい記述である。なんの参考にもならないが、強いて言えば月島瑠璃子が好きな人、雫の世界観(特に主人公の感性)に親近感を覚える人なら読めるかも… それでも相当に退屈な文章であることが予想されるので、とんでもなく暇で物好きなプレイヤー以外は是非ブラウザバックをお願いしたい。また、本来こういった類の文章はせいぜい自分の個人的なブログに書いて楽しむようなものであると理解しているのだが、他に書く場所がなかったためここに置いておく。そして先に謝る。申し訳ないです!














今作を初回プレイした時のことを思い出す。まだあまりエロゲーに触れたこともなく、”電波ゲー”という謳われ文句に惹かれて手に取った夏のある日だった。暗いドットの背景、不安を誘うBGM、冒頭から「セックス」などと叫んで顔を引っ搔きだすクラスメイト。恐ろしささえ覚えるようなウインドウにそれでも惹きつけられながらクリックを進めていき、なんとなしに『僕はしばらく屋上に残って考えることにした』という選択肢を選んだ直後に、私は月島瑠璃子と出会った。
空気の変わる、刺激的な一瞬だった。もっとも、前情報としてなんとなくのビジュアルや「瑠璃子」と名前をそのまま題されたあまりにも美しい曲は既知であったし、それどころかこの作品を手に取った大きな理由の一つである。なのに、私はそこで初めて登場した「月島瑠璃子」というヒロインから目が離せなくなってしまった。
彼女の持つ瞳の青さと、屋上の無機質な青さは同じだった。そこは彼女が立つための場所だった。
真っ直ぐ、本当にただただ真っ直ぐこちらを見つめてくる視線に心は少し怯む。
一見して寡黙な印象を与える彼女であったが、それは元より祐介自身も知っていたことであり、いつも本を読んでいる姿は深窓の令嬢のようである、と一人距離を置きつつ、憧れを持っていたことを思い出す。しかし、言葉を交わした彼女はそんな印象よりも尚底が見えず、神秘的で、また不気味な少女であった。なのに、彼女は祐介のことを「長瀬ちゃん」と呼ぶ。「おんなじ」だと言う。あれほど退屈な日常を壊し、狂気の扉を開きたいと日ごろ妄想に暮れていた祐介を見透かすような瑠璃子は、畏怖と憧憬の対象であり、何より否定されたくない存在でもある。

電波は私をも吸い寄せたのだ、と心を奪われたあの日のことは今でも鮮明に思い出せる。
しかし今回再プレイしてみて私は、そんな理由ではなくもっと単純に瑠璃子という少女に惹かれているのだと気付いた。

私は、呼んでいたのだと思った。月島瑠璃子という存在を。
詰まるところそれは私が「長瀬祐介」でありたかったからであって、いつの間にか「雫」という作品の主人公を完全に「私」に置き換えてしまっていたのだ。
退屈で色のない毎日を壊すことを望み、人や世界などすべてが爆弾でも落とされて肉の塊になればいいと思う。鬱屈さは感じられるが、妄想にしてはなんとも馬鹿らしく中二病のような痛々しさもある。しかし本人にとってはそれは何ら問題ではない。こうして、自分の中ですべてを破壊し、狂わせ、非日常的な世界を造ることのみが自分をそんな場所まで、『狂気の扉を開かせる』まで連れて行ってくれるのだ。
…当時の私は自覚していなかったかもしれないが、私は本当に暗い生活を送っていて、夢や空想妄想事でしか世界を描けなかった。そんな自分に気恥ずかしさはあったものの、いつかそんな自分を救ってくれる何かに出会えるのではないか、と弱い頭でひたすら考えていた。
前述したとおり瑠璃子は一目置かれるような異質なオーラを放つ少女である。決して「以前」の言動こそ普通だったとはいえど本当に、本当に美しい(設定だからではなく本心から思っている。月島瑠璃子以上に美しいヒロインを私は未だ見たことがない)為、なかなか話しかけられないような少女であったと思う。
そんな彼女が親しげに「長瀬ちゃん」と呼んできてくれる嬉しさと言ったら本当にほかにたとえようがない。そんな、もっとも妄想に近いような場所に「至っている」ように見える人間に認められる気持ちよさ、そしてそんな自分を「同じ」だと、見透かしたようにまっすぐに伝えてくる彼女は、私が求めていた存在なのだ。少女のような、母親のような。恋人のような、そんな彼女をそばに置いておきたかったのだ。

 『・・・いや、本当はそんなことよりも・・・。
 今の僕には、なにより瑠璃子さんが必要だった。
 その細い髪、白い肌、柔らかな胸、彼女という存在全てを、僕は近くに置いておきたかった。
 正直なところ、その気持ちの方が大きな比重を占めていた。』

まさにこの通りである。(長瀬ちゃんとは全く別に、)私が瑠璃子に向ける想いは、恋に落ちたその感覚をずっと延長しているような、そんな片思いに似ていると思っていたが、実のところ、ある種の所有欲でもある。
こんなに素敵な彼女に認められているんだから、そばに置いておきたい。
本当に自分がダメになったら、その時は不思議な電波で、救ってくれるんだと思う。
そんな邪な気持ちも間違いなくあったのだ。
『僕は、瑠璃子さんと同じ世界で生きていたい。
 僕は、瑠璃子さんと同じ狂気が見たい。』
念のため再度言うが、これは考察などではなく、私という一個人が瑠璃子さんに向ける気持ちをつらつら書いているだけであるので、長瀬ちゃんが言葉通り「邪」な気持ちで見ていたかはわからない。ただ、沙織や瑞穂に向ける恋愛感情とはまた違う、そばに置いておきたい・同じ世界で同じものを見ていたい(それが狂気であっても)というような思いを抱いているのは事実であり、そこに私は激しく共感して自分を重ねてしまう。
そんな中で、瑠璃子が自分を好きだという気持ちを疑ってしまうのも事実である。
そもそも本人は電波の使い手であり、人を引き寄せるなんて簡単にも思える。だからこそ瑠璃子は自分を『好き』だと言ってくれたけど、それは自分が電波を使えるからではないか?ただそれだけの理由で、電波が使えるならほかの誰でもよかったのではないか?と思ってしまうのだ。
そう思っても、彼女は言ってくれるのだ。

『「ううん、違うよ。・・・もっと、もっと、なにもかもがおんなじだから。心の中でいつも泣いているとこも、世界から消えちゃいそうなとこも、誰かに助けを求めているとこも・・・私とおんなじだから・・・」
 「だから私・・・助けてあげようと思った。私もおんなじだから。・・・辛くて、苦しいのが、私にもわかるから。だから長瀬ちゃんも、きっと私のこと・・・助けてくれるって、そう思った」
 「・・・この人となら・・・お話ができそうだな・・・って、私、そう思ったの。私のこと、解ってくれそうだなって。そしたら長瀬ちゃん、やっぱり私の言うことを信じてくれた。・・・電波のことも、馬鹿にしないで真剣に聞いてくれた。私・・・嬉しかったよ。間違ってなかったって思ったよ。」』

瑠璃子だって、扉を開く前は普通の少女だったのだ。そして、開いたあとも、助けてと救いを求めて泣き、いつか出会う自分を待つ人間だったのだ。この言葉を聞いて、対話ができるってどれだけ嬉しいことだろうと思った。電波が使えるようになって、いつか扉を探すようになったのも瑠璃子さんと出会うためだと思った。それと同時に、彼女だって苦しみから救い出してやりたい、と思うのだ。

そんな彼女だからこそ、もう良いのだ。
手の届かない場所に、こことは断絶された場所に、許しきれない兄とどこかへ行ってしまうことは、もうとうにわかっていたように思えた。元々短い間だけだとわかっていた、そんな納得感があって、でもやはり埋められない空虚さが残るのだ。しかし私はやはり、このTrueENDこそが真の最善の結末であると思う。交わってしまった狂気、全てを救うことはできなかったのか?と思う自分の無力感の一方にある本当の充足感。これは「僕」の物語ではない。月島拓也と、月島瑠璃子の物語である。



…でもそれでも、やっぱり残るから。
だから、いつまでも、覚えているよ。

「・・・ごめんね。長瀬ちゃん。・・・いまも・・・大好きだよ」