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cos117さんのRemember 最愛の妻が他の男の腕の中で微笑む、もう一つのIFの長文感想

ユーザー
cos117
ゲーム
Remember 最愛の妻が他の男の腕の中で微笑む、もう一つのIF
ブランド
アトリエさくら Team.NTR
得点
88
参照数
1396

一言コメント

寝取られ専門ブランドならではの純愛劇のカタチ

長文感想

恋人を失い生きる希望を失った主人公と、それを支え立ち直らせてくれた新たな恋人。
そして最終的に、主人公は昔の恋人か今の恋人かの選択を迫られる。
これはいわゆる某有名作品とほぼ同じ構図ですが、この作品は明らかに前述の作品とは違ったコンセプトの作品です。


アトリエさくらは『寝取られ』に特化したブランドであり、
ほぼ全ての作品でプレイヤーは寝取り男に愛する人を奪われる時に湧き上がる複雑な感情を愉しむことが主旨となります。

それらに共通するのは『モラルに反している』という点です。
恋人がいる異性を自分のものにしようとしたり、恋人以外の異性と肉欲に溺れてしまうなどの
『社会のモラル』に反する行為による背徳感は寝取り/寝取られの重要なファクターの1つとなっています。

ですが、今回の寝取り男となる主人公の親友にして昔の恋人の兄は、主人公の妻とも親しく接しつつもきちんと友人として線引きをし、
唯一の肉親である妹を失った心の傷から生涯独身を貫こうともしている嫌味のない善良な人物で、そんなモラルを犯すこととは無縁です。

さらに、主人公も妻も一人の相手に強い愛情を注ぎ続ける一途な性格であり、
互いの想いにも陰りはなく、主人公の過去のトラウマも理解した上で共に生きる理想的な夫婦です。
ですが、そんな彼が昔の恋人がそのまま生きている『IFの世界』に放り込まれ、1つの選択を迫られます。

失ったはずのものを取り戻した今を肯定し、10年間共に育んだ愛情を裏切るか。
自分の記憶以外に根拠のない感情を肯定し、かつて望んだはずの現状を裏切るか。

『IFの世界』では主人公は昔の恋人と結婚しており、不変の愛が向けられている。
だが、主人公の心の中には別の幸せの記憶、妻となった今の恋人との確かな愛がある。
将来を誓い、永久に失ったかつての恋人との日々。永遠の愛を誓った妻と愛しい娘との日々。
結局どちらを選んでも、心の中の愛する人を裏切らなければならない。

今回の作品は三角関係とも浮気のような『社会のモラル』に反する既存の作品とは微妙に違う、
『自分の中のモラル』に反する背徳感を愉しむ、切ない愛の物語なのです。


勿論ブランドのセールスポイントである寝取られも疎かにはなっていません。
日々の端々で、10年の時を経て堆く積み上げられた妻との思い出の数々が蘇り、
7年間も連絡を取っていない『IFの世界』でも、一途に主人公を想い続け独り身を貫いている。

そんな彼女を捨てたことを突きつけられる寝取られシーンは非常に心が痛みます。
前述の通り相手は善良な人物で、『IFの世界』では互いに独身。客観的事実には何ら問題はありません。
ですが、自分を一途に愛していた女性が自分への想いを断ち切って他人のものになっていくことに、
黒く切ない感情が胸に湧き上がる描写の数々は、『寝取られ専門ブランド』の名に恥じないものです。


BGMや声優さんの演技も良く、耳からも心を揺さぶられます。
特に朋香役の桃井いちごさんは声から『母親』『愛する人』『旧友』の距離感がしっかり出ていて非常にすばらしい。
優しく自分を包み込み、一途な愛を向けてくれていた妻が自分以外の存在に愛の言葉を向ける姿は
「他人になるなんて耐えられない」という言葉が見事に当てはまる破壊力を有していました。


この物語は『日常という幸せを尊ぶ』という普遍的なテーマを、綺麗な感情で紡いだ優しい物語です。
寝取られはあまり好きじゃないけど、切ない気持ちになりたいという純愛嗜好の方にこそおすすめできる作品となっていると思います。
ですが、逆に言うと今までのアトリエさくら作品とはかなり別物で、『寝取られ』というジャンルの異端児と言えるでしょう。
低価格タイトルなので少々分量不足を感じる部分もありますが、値段を考えれば総じて十分に楽しませてもらえました。