最高に糞つ垂れな連中によって紡がれる至高の喜劇が、趣(クセ)のあるテキストで語られます。今までプレイしてきたゲームのどれにも当てはまらないそのスタイル、そして世界観がツボでクリックする手が止まりませんでした。
・はじめに
聞いた事の無いブランドの聞いたことの無い作品、というのがこのゲームへの第一印象だった訳ですが、パッケージやあらすじに奇妙な程惹かれる何かを感じプレイに至りました。
あまりアダルトゲームというジャンルでは見られないようなテキストのスタイルをしていて、決してテンポが良いという訳では無いのですが全くダレる事無くサクサク読み進められました。ずらーっと文字を羅列されるので、活字が苦手な人はエスケープした方が良いでしょう。
主人公は下半身でものを考えていると言った感じのどうしようも無いクズで、本当に何をやっても駄目なヤツです。しかし、根が腐った人間では無く、他人に対する寛容さから“愛されるクズ“になっています。主人公が駄目男な割には全くストレスを感じる事無くプレイ出来たのも、このゲームを語る上でのポイントの一つです。
・音楽について
作品通して非常に秀逸だと感じました。OPはこのゲームを体現したような曲で中毒性があります。各場面でのBGMも作品の雰囲気にマッチしています。
このゲームならこのBGMしか無いだろう、と思わせてくれる程作品との親和性が高いです。
・各ルートについて
共通ルート
一癖も二癖もあるキャラクターの破天荒っぷりが非常に爽快です。別作品の名前を挙げさせて貰うとBLACK LAGOONのような感じでしょうか。ろくでなし共がワイワイとろくでも無い事を言ったりする感じが個人的にはたまりません。
時々、物語の核心に至る為の伏線らしきものが散りばめられますが、正直全然何の事だか分かりませんでした。
クロルート
本編通して一番重く、鬱屈としたお話。テーマは、人が誰しも持っている他人に認めて貰いたいという欲求、「承認欲求」でしょうか。
自分が誰かも分からず、何をやっても上手くいかないクロには自己という概念が非常に希薄で、嵐の時だけは船のみんなに頼って貰えるという事が自分の存在価値だと考えています。
同じく何をやっても駄目駄目な主人公はクロに同情や共感のような感情を覚えます。
そして、ひょんな事からクロと交わってしまう訳ですが、その時の章のタイトルが傑作で「駄目と愚図の毛繕い」でした。最高の皮肉ですね。
主人公とクロの関係は、所詮傷の舐め合い、グズグズな相互依存です。このルートではこれを肯定します。このような関係を肯定するアダルトゲームは少ないと思うのですが(少なくとも、これを全面的に肯定するゲームというのはやった事が有りません)、どうしようも無い糞っ垂れ同士の関係はそれがベストなような気がしました。鬱色が強いのですが、何だかんだトゥルーに次いで好きなルートかも知れません。
シサム&キサラルート
テーマは生きていく上で何かままならなかったり、世界(社会)に息苦しさを感じる「閉塞感」と言った所でしょうか。
双子は幼い頃の境遇から徹底的に束縛を嫌います。この世界的にはセントエルモの火(実際にある現象らしいです。ACの武器かバンプの曲かと)として、閉鎖された世界を脱出する道標となるという役割を割り振られているそうです。いざこの息苦しい世界から脱出するという段になって、主人公の泣き落としで今いる世界で「妥協」します。
正直、このルートはあんまり感じる所が無く、痛快だなぁと頭を空っぽにして読んでいました。
泪ルート
テーマは良く分かりません。
星辰うんぬんとか、半魚人とか、これってクトゥルフ神話かな?と思ってワクワクしながら読み進めました。
歴史を創る的な描写からもラヴクラフトのインスマスの影に登場するグレート・オールド・ワンの「深きものども」とギリシア神話のセイレーン辺りが原典じゃないかと推測しています。
何はともあれ、メタメタで荒唐無稽な展開がツボで、読んでて非常に楽しかったです。
密航者ルート(true)
各バッドエンドで密航者が何やら暗躍しているのですが、ここでようやくその謎が解けます。true以外のルートも、ヒロインも、主人公も、すべてこのルートの為の“役者“だった訳ですね!(ところで、回収してた三本の柱は日本の航海の神様の住吉三神でしょうか)
世界に散らばった仲間を「あなたの力が必要なの」と言いながら一人ずつ回収していくという王道(?)展開は最高に胸が踊ります。(今まで戦ってきたライバルがラスボス前の前座で現れて、ここは俺にまかせて先に行け的なレベルにテンプレな燃え展開だと思います)
世界の爪弾き者で糞っ垂れな仲間達が集まった後の「なんだ結局みんな、この船しか居場所がないんじゃあないか!」なんてのも至言ですね。
また、主人公に割り振られた役割は「世界に一切愛されず、相手にもされない世界の爪弾き者」なのですが、それを誕生させる為に神隠しに遭いやすい家系を選び、徹底的に世界に嫌われるように仕組んで何百年も待つというとんでもないユベリズムを見せつけてくれて、最後まで油断ならないゲームだなとつくづく感服しましたね。ヤンデレ船萌え。
猛烈な複線回収、凄まじい疾走感の末にこの物語は幕を下ろします。
しばらくして、興奮の熱が冷めていくと改めて「最高だった」という思いが込み上げて来ました。
このゲームに出会えた事に感謝し、糞っ垂れで最高の役者達と、この最高の喜劇に惜しみない、精一杯の拍手を送りたいです。