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chakanekoさんのサクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-の長文感想

ユーザー
chakaneko
ゲーム
サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う-
ブランド
得点
93
参照数
708

一言コメント

本作は他のギャルゲ―に対するアンチテーゼと言えるかも知れない。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

「別に、今じゃなくてもいいんだよ。ウィスキーなんていくらでも保存効くからな……」
「お前が飲みたいと思った時に飲めばいいんだ……」
 …
「そういうもんだ。幸福と同じなんだよ」
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序盤のとある人物の台詞ですが、ここに本作のメッセージが詰まっているという事に気が付いたのはクリアした後でした。

本作の主人公である直哉は類い稀な才能を持ち作中で幾度も英雄と呼べる活躍をしていたかもしれませんが、最終的にはどのヒロインとも結ばれなかった上に大衆からも忘れられた凡人(※1)に成り下がってしまいました。
そして無為な日々を過ごしていた彼でしたが、些細な事件を通して、幸福はいつでも手を伸ばせば感じられる(或いは、"幸福の先への物語"を今生きている)という事を実感します。
一方、代わりに英雄としての立場に立ち名声を得たのはメインヒロインである稟でしたが、果たして彼女は幸福を感じていたでしょうか?少なくとも私にはそうは見えませんでした。

本作は、幸福とは何か?という問題についてトゥルーエンドで一つのアンサーを述べていますが、これは既存の多くのギャルゲーへのアンチテーゼにもなっているのではないでしょうか。

多くのストーリー重視のギャルゲーにおけるストーリー構造と言えば、誰か一人のヒロインに恋し、そして幾つかの障害やら紆余曲折を乗りこえて結ばれてハッピーエンド、あるいはトゥルーエンドでは主人公が英雄的活躍を見せ大きな問題を解決して皆幸せになりました、というパターンが多く見られます。
逆に、共通ルートで適切なフラグを立てなければ、誰とも付き合う事無くバッドエンドとなり主人公はつまらない人生を送る…という展開になってしまうパターンもよくあります。

本作のテーマの一部はそんな物語への反撃と言えるかも知れません。
大恋愛をして誰かと結ばれなくても、英雄にならなくても、望めばいつでも幸福な日々はそこにある。と。
本作には色々なメッセージが込められていると思いますが、私の心にはこれが強く刺さりました。

※1:勿論芸術家としての才能は健在ですが、弱い神を信じた、という意味での稟との対比。