秋の京を舞台にした双六の盤面上、少女らは踊らされ、同じマス目で遭遇すれば、少女達の物語と物語の命をかけた激突が始まる。
楽天家、自由人、詐欺師、裁定の鉄槌を下す者、公平を強制的に実現する者、共感能力者、治療者、逃亡者、死神...
キャラ達は自らの物語を宿命的に背負う。そして、ひとたび双六の盤面上で遭遇すれば、両者の物語の激突が生じる。それは殺戮と破壊の地獄を生むのか、調和と幸福を生むのか。
美しい秋の京を舞台にした双六の盤面上で、幾多の物語が衝突し、新たな物語が生まれる。
ここまで面白い、そしてキャラクターを愛したくなる作品は本当に希有です。自分がやったエロゲの中で、最高傑作の一つであることは間違いありません。
メインヒロイン、サブヒロイン、男性キャラ...全てのキャラクターの物語が、同列の扱い(即ちメインヒロインと同等の鮮烈さ)で描かれています。サブキャラといっても、メインを凌ぐ存在感があります。全員がメインキャラクターであり、どのキャラクターに焦点が当っても微塵もダレるところがありませんでした。
ちなみに、本作の進行はやや特殊で、共通→共通中の各ヒロイン個別√→全体的な大団円→ヒロイン個別√(Hシーン)であり、センターヒロインは京楓だと思われます(といっても、サブヒロインも含めて全員がセンターヒロインと言って過言ではない。数あわせのキャラクターなど一人もいません)
上記の一言感想の見出しでは、見出しであることのインパクト上、「楽天家、自由人……」等等の単純なラベル付けを行いましたが、実際のヒロインや男性キャラは、ステレオタイプなラベル付けができるものではなく、とても複雑で生き生きしたキャラクターとなっています。
サブキャラの死神ちゃん縁(ゆかり)ほど存在感があって、また敵役ながら愛おしいと思ったキャラは少ないです。彼女、憎悪に飲み込まれていて人としての精神を失いつつあるけれど、怪鳥が出てきて対決するときに、人々に忌み嫌われる怪鳥に対して同情を示して、「成仏してね」と言いながら八つ裂きにしているんですよね。こういうキャラクタからあふれる滋味がとても豊饒でした。
ライターの冬茜トム先生は、『Magical Charming!』のメインライターも担当されています。自分は、マジチャの(オリエッタ中心の)共通√およびオリエッタ個別√がエロゲで最も理想的な√の一つだと思っていて、この共通√&オリエッタ√を書かれた先生は一体誰だったのだろうと、ずっと探していました。本作をやってみて、これらの√は冬茜トム先生が描かれたのではないかなと思いました。ストーリーテーリングや文章やテーマやキャラの造形が抜群に面白いのです。そして、Hシーンの文章もエロゲ界最高峰だと思います。
冬茜トム先生の文章は、エロゲ界屈指の名文だと思います。京楓√のラスト付近で、ラスボスから呪いのような言葉をかけられて主人公が全てのパワーを失いそうになったとき、京楓が主人公に一言簡単な言葉をかけるんですよ。その言葉が鳥肌ものでした。言葉のパワーが、負の物語を正の物語に転換した。言葉のパワーが人を変える、その瞬間をまざまざと目の当たりにしました。
それから、これも京楓√のラストに近い一節なのですが、
「制汗スプレーの香りがした。」という一文があるんです。夕日照る学校帰りの通学路、主人公が家に向かって歩いていると、兄妹同然に過ごしてきた京楓が後ろから追いついてきて、主人公に抱きつくシーン。この一文は、まさにエロゲの文章の中でも珠玉の名文だと思いました。
以下、少し自分のツイートから転載しますが、
とても簡潔なこの詩のような文章に、主人公と京楓の距離感が絶妙に表現されている。兄妹同然に育った二人ではあるが、汗を全く気にしないほど気安くはない。また、匂いが届かないほど離れてはいない。
制汗スプレーのさわやかな香りが届く距離感。長い旅路を経て二人が掴んだ距離。
長々とした野暮な説明は一切ない。ただ、夕日の帰り道で一行。
「制汗スプレーの香りがした。」
この短いフレーズに、二人が旅してきた長い物語の結末が込められている。部活帰りの京楓の汗の匂いと、元気にぶつかってきた身体の熱と、兄妹同然に育てられた気安い関係と、家族向けの笑顔と、女の身体の柔らかさと、制汗スプレーの匂いと、恥じらいと、距離と、異世界での長い旅路と、夕日の中同じ家に戻る喜びと、おそらく近いうちに二人が寝ることになるであろう予感と…。これを想起する。
ある著名な作家はこう言ったという。
「作品は楽譜、読者は演奏者」
作者から物語という楽譜を渡され、それを演奏して仕上げるのは読者である、と。
この一行の読了時間は、わずか2秒(実際には反芻しながら読むので、自分はこの一行を10分以上かけて読んでいます)。その瞬間にどれだけの想いを受け取ることができるか。読むと言うことは、かくも一瞬の真剣勝負なのだ。
とまあ、この一行は、数万行ものエロゲの文章中で出会うことができた宝石のような名文だったと思います。
Hシーンについて
冬茜トム先生の文章や物語が素晴らしいのは当然として、絶対に落とせないのがHシーン。
元々『まじちゃ』のオリエッタ√初回と第4回のHシーンはエロゲ最高峰だと思って、ずっと同じようなHシーンを探していたのですが、『もののあはれ』はまさにそれでした。オリエッタ初回Hの感想については、私の『マジチャ』の感想文の方に書いてあります。
もう音楽が変わる前の導入の段階から、シーンが始まってるんですよ。
たとえば京楓√ですが、他人とはいえ、小学生のころから同じ勉強部屋で勉強机を並べて、二段ベッドで寝ていた女の子と、いよいよそういう関係になることを想像してみてください。
お茶の間の延長のような会話をしていた女の子。その見慣れたパジャマ姿を通して感じる体温が、急に異質になる。
↓
(天井の蛍光灯が二段ベッドの上の階で遮られるから)薄暗い1階部分のベッドに二人して入り込み、せまい木枠の中で、小学生の頃と違って互いに大きくなった身体を密着させて抱きあうことの非日常とお茶の間のゆれ。
共通√での幾星霜の長い旅路でヒロイン愛が高まったところからの個別√ですから、破壊力がすごいです~。
また、地の文が豊饒なので、冬茜トム先生のHシーンを演じる声優さんは、どなたもすごく声に艶を帯びるんですよね。ノッている、入り込んでいる状態なので、喘ぎ声がすごい。これはマジチャのオリエッタ√の第4回目のHも同様です。
ななろば華先生の絵も非常に可愛い。一気にファンになりました。優しげで思慮深げで、活き活きとした目が大好きです。
歌もよかったし、声優さんもよかった。
あと、クインスソフトさんは、ランプオブシュガーさんの姉妹ブランドということですが、『マジチャ』と同様、本作もすごく演出が凝っていました。一体、演出にどれだけ膨大な労力を投入しているのだろうと、プレイ中幾度も思いました。ラストバトルで主題歌が流れた時は、もう泣きそうになりましたよ。両ブランドとも、本当に誠実にエロゲを作っていらっしゃるなあと感動しました。
いま、自然と思い浮かんだ言葉は、『マジチャ』のプレイ後と同じでした。ライターの冬茜トム先生、イラストのななろば華先生、声優のみなさん、歌手の方、そして一切手抜き無しの演出をしてくださったクインスソフトのスタッフの方々に、心から感謝したいと思います! ありがとうございました。また、ぜひ素晴らしい作品を世に出してください。楽しみに待っています!