隣の4畳間でそのまま生活してるような、匂いのあるリアルな妹。プロの五感で少女とのHを疑似体験させてくれる最高の文章VR
有名なプロの先生方や声優さんがタッグを組んだレベルの高い作品が、たとえ同人形式だとしてもたった500円とは…。お金の価値って、いったい何なのでしょうか。やきうぶさんの、その意図するところはどこにあるのか、どこを目指しているのか、それを今後の作品を通じて知っていきたいです。
絵が本当に可愛い。タコ焼き先生の絵は見れば見るほど味わい深く、華奢な肩のズーム絵とかでも少女の控えめな匂いがぷんぷんするような、そんな絵でした。エロゲには、派手なポーズでアクロバティックな体位をしている絵や、ロリという状況設定の起爆力に頼った絵も多いですが、タコ焼き先生は、『肩』だけで少女かつ処女であることを表現してくださる。これは、もはや俳句のわびさびにも通じる領域に達していると思いました(すいません。俳句についてはある程度適当に言ってます。でも、タコ焼き先生の肩に感動したのは本当です。)。
おぅんごぅる先生のシナリオが、また素晴らしかったです。
妹は、ふすまを挟んで隣の4畳間で生活してる妹のようなリアルさがありました。
なぜリアルに感じたかと言いますと、元来エロゲには数多くの妹が出てきますが、正直、文字上「妹」としているだけのものが多い。絵もストーリーも同じままで、文字だけ「妹」から「彼女」に一括変換しても何ら変わらないんじゃないかと言う作品も多いと思うんです。空気のような妹とでもいいましょうか。でも、おぅんごぅる先生の妹は、一般家庭内での兄妹の繊細微妙な距離感が丁寧に描かれている。兄と妹の距離感が、くどくない形で、さらっと、しかし、はっきりと描かれている。だから、とてもリアルな妹、本当に隣の部屋にいる妹、みたいな感覚があります。家の居間の蛍光灯にしらじらと照らされた妹のかすかに日焼けした肌みたいなものを感じさせてくれます。
主人公も好感を持てます。
とても自然です。とってつけたような主義を主張しない、でも無個性でなく、存在感がある。どうしてこんなことが可能なのでしょうか。今回は短いシナリオでH中心のはず。しかし、個性がはっきりしているんですね。しかも、なぜか好感が持てる。主人公の言動を読んでいて、とりたてて変わったことをしていないはずなのに、なぜか読んでいて楽しい。
Hシーンの身体感覚の描写がとても素晴らしかったです。まるで文章版VR
感受性の敏感さは人によって強弱あると思います。仮に、青年が風俗で童貞喪失して、後で感想を聞かれたとしても、「気持ちよかったです」くらいしか出て来ないことは往々にしてありえます。しかし、おぅんごぅる先生は、優れた身体的な感覚描写をしてくださっているので、女の子の身体の微妙さ、筋肉の動き、質感、匂い、身体の熱さ、重み、男の側の感覚、どこをどう締め付けられているのか、暖かさ、ふやけ具合…などなど、繊細な描写があります。実際のHをしたからといって、これだけの感受性を持って女体を覚知できるものではないような気もしないでもありませんような気もします。まさに、文章版のVR。これを没頭して読めば、プロ作家の優れた感受性を手に入れ、瑞々しいセックスが疑似体験できるのです。この文章&完全没頭した読者の合わせ技一本のリアリティを超えられるVR装置は、現状では存在しえないと思います………。
(『Magical Charming!』オリエッタ初回Hも文章に圧倒されました)
あと、演出なのですが、初Hシーンへの画面の切り替わり方が劇的でした。あんなの見たことありません。これがやきうぶさんがツイートされていた、あれなんですね。処女喪失する側の少女の頼りなさに対し、男にとってのセックスとはなんと獰猛かつ問答無用、自己欲望的なものなのでしょうか。しかも、あの構図。考えてみたら、もし、あれが、商業用エロゲのメインビジュアルだったとしたら、とんでもないことですよね。そうすると、この作品の存在自体が、どこか飄々とした遊び心を醸し出してまいりますね。
声優さんの野中みかんさんもとてもよかったです。あの喘ぎ声は…
素直で処女の妹らしい声だと思いました。演劇について私は全く素人なので、適当に想像しているだけなのですが、エロゲ声優さんがHシーンで吹き込む喘ぎ声は、明らかにAVの喘ぎ声や実際のHの喘ぎ声とは違いますよね。時代劇のチャンバラで斬られた相手が死ぬときのあっさりした即死と同様、エロゲの喘ぎ声も様式化・象徴化された喘ぎだと思います。
でも、今回は同人の遊び心ということもあってなのかどうなのか、妙に生々しいリアルな喘ぎの部分がありました。様式的象徴的な喘ぎと、様式を解除した喘ぎ。これが両方詰め込まれていたようで、それがとても面白かったです。
(他の同人では『輪舞曲 夜明けのフォルテシモ』の少女の喘ぎ声が、ベッドサイドで実際のHを録音したんじゃないかと思ってしまうくらいリアルな部分がありました)。
やきうぶさんとは一体…
そんなこんなで、大変満足いたしました。そして、わずか500円で世に出されたこの作品の奥にある意図は何なのか。いまは、それがとても気になります。今後の作品を追いかけていくしかないですね。
やきうぶさんは一度ツイートで、「エロなしのエロゲ」でもよいだろうか、とおっしゃっていたことがありますが、私は、やきうぶさんなら全然かまわないですね。たとえば、『ユースティア』冒頭の娼館の臨場感、同人『ひまわり』の深淵、『まいてつ』での方言少女との日常、タコ焼き先生の肩…。挿入シーンがなくとも、危険な娼館の臨場感は味わえるし、肩だけからだって少女の淡い匂いは味わえますし。
自分がエロゲに求めているのは、もちろんHもありますけれど、それよりもなおずっと大きなエロゲの魅力があって、それは、夜見る夢と同レベルの臨場感です(自分は『インガノック』の時にとても感じました)。たとえば、エロゲシナリオの行間が豊饒であれば、重厚で読み応えがあって、行間からいくらでも想像できる。 読者が行間から想像&創造しながら読める。
このとき、たぶん読者の脳内は睡眠中に夢を見ている状態に近いんじゃないでしょうか。 受け身でなく、文章から受けたインスピレーションで自ら想像&創造しつつ完全に物語世界に入ってる状況。
春にやった『まいてつ』もそうでした。 特に日々姫√は、行間が豊饒で想像するのが楽しかった。 日々姫が、自分よりずっと大人で頭の切れる双鉄を手玉に取ろうとして、顔は幼いのに仄暗い炎を瞳に宿して、短パンの隙間から偶然パンツの端が見えるようにしたりするんです。日々姫は、パンツ見せを確か3回くらいやってるんですよね。 いかにも子供らしい様子で。それが、子供ながら女としての技なのか、無意識なのか、はたまた単なる無邪気なのか。 それは、すべて豊饒な行間から読者自身が想像&創造することに任されているんです。
たぶん、自分がエロゲをやってて、本当に心の底から楽しいって思うときは、この現象が必ず発現してます。 作品から受けたインスピレーションで、物語に完全没頭して、脳内では睡眠中の夢と同様の想像&創造が起こり、脳内で直接体験してる状態。まさに、文章版VR。エロゲ的VR。
これらは、全部Hシーンとは関係がない部分から受けた感銘です。豊饒な行間があって背後に肥沃な世界が広がっていて、プレイしながらも脳内で自律的な想像&創造が起こる状態。 ほとんどこの一点のために、傑作エロゲを探し歩いているといっても過言ではありません。
やきうぶさん、おぅんごぅる先生、タコ焼き先生、野中みかんさんにどうしても感謝を表したかったので、これだけは書いておかなければと思い書きました。
取るに足りない、場合によっては独りよがりで、見当はずれの部分もあるかと思いますが、いずれにしましても、『妹がエロゲー声優だったんだが』楽しませてくださり、ありがとうございました~! 次も楽しみにしています!!