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buuchanさんのまいてつの長文感想

ユーザー
buuchan
ゲーム
まいてつ
ブランド
Lose
得点
79
参照数
983

一言コメント

読者が感受性を総動員してぶち当たっても受け止めてくれる作品

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

冒頭の手に汗握るプロローグが終わり、場面は一転、穏やかな日常へ。
主人公は故郷の生家に戻る。

音楽が本当に心地いい。

春の穏やかさと哀しさを感じさせる美しいピアノ旋律の中、はじめてヒロインが登場する。主人公視点で薄暗い部屋から明るい縁側へ視線を移した瞬間、不意打ちのように画面一杯に広がるヒロインのあどけない顔。ああ、その可愛さといったら…!

つぼみが花開く瞬間とでもいいましょうか、突如の画面変化に唖然とし、あっ!と叫んでしまいました。魂を抜かれました。

衝撃の理由は、『まいてつ』のヒロインの表情が動くからです。これが噂のE-mote か。アニメとは別物です。もっと日常に近いです。アニメは、決めポーズや表情だけを使っているし、時間の流れも待ってくれません。一方、エロゲのE-mote は、日常生活に近い。ヒロインの飾らない表情や、呼吸に合わせて胸やリボンが揺れるのを、気の済むまで眺めていてもいい。エロゲファンなら何人ものヒロインを見てきたでしょう。でも、その誰とも違うのです。「ヒロインを眺める」んじゃなくて、もはや「ヒロインとの出会い」とでも名付けたいくらいリアルなんです。
エロゲやってて初めての経験だったのが、ヒロインの呼吸です。緩やかな胸のふくらみが規則正しく上下するのを見てて(聞いてて)、落ち着きました。これは初めての経験ですね。

以上は、グラフィック面です。



次に、シナリオについて。
ヒロインの上述の登場のあと、茶の間での会話になるのですが、そこでチラッと交わされた「水」のくだり(主人公が氷水を飲む。ヒロインの口から方言が飛び出す。姉が「クマ川のいっとうよかもんやけん」)がとても印象に残りました。文字数にして、ほんの数行です。しかし、この会話に、既に『まいてつ』の物語が凝縮されているような気がしました。

その地方の生活に根付いた水というものがあるんですね…
その水を、そこへ住む人々は使っている。無邪気なヒロインたちも当然、それを使って生活してる。可愛いヒロインと「出会った」直後だけに、「ああ、この子もここの水を使ってるんだ」と、自然と思ってしまう。

水、故郷、生活、憧れ、ご飯の煮炊き、夕餉の会話、笑い…がある。
ある地方の子に恋するということは、そこの水も愛することなのかもしれない、そういうのが自然に伝わってきました。
あとで銭湯のシーンもありますが、みんなで夕方に銭湯に行ったり、そこで他愛もないおしゃべりをしたり、氷を噛むくせが子供の頃からあったりと、水がそういう想い出の拠り所になっている。
進行豹先生は、そういうことを決して文字にしてつらつらと「設定説明」しようとはしません。全体の雰囲気というか、何気ない会話から伝わってくるんです。もちろん、かわいいイラストとE-moteがそれを更に色づけているのは間違いありません。


等身大の15歳くらいの少女の描写も本当に丁寧で、行間をいくらでも掘り下げていける。優れたエロゲは、描かれていない行間から、読者がいくらでも入っていけるものです。ライターさんがあえて、広大な背景を読者に残しているのです。ですから、ここから先は読者との共同作業でもあります。それをさせてくれるだけの物語密度が『まいてつ』にはあると思います。

その後の更に別のメインヒロインの登場の仕方も面白い。音楽もいい。美しい。物から生への転換も極めて劇的で作り込まれています(いや、こんな陳腐な解説はいらないですね)。シナリオの力とE-moteの組み合わせがフルに効果を発揮しています。それゆえに、主人公と同様に、読者もヒロインに灯った目の輝きに魅入られてしまう臨場感。ただ美しいだけでなく、男の頬を平手で張り直す気の強さ。そうあるべく作られた宿命的存在としての完璧な敬礼。

(冒頭30分を過ぎたシーンですが)銭湯のシーンにしたって、2回目、3回目になってくると、読者自身、自然と期待しちゃうじゃないですか。「そろそろ、みんな来ないかなあ」と。銭湯に行けば近所の皆にも会える。何気ないけど楽しい会話ができる。知らずに、読者もそう思わされている。どんな設定説明よりも貴重な経験です。登場人物もいちいち「銭湯に行けばみんなと会える」とか説明的セリフを言いませんし。逆に、やっぱり銭湯シーンになっても、読者が主人公に共鳴できず、「みんな来ないかなあ」とか思えなくなってしまうと、プレイは味は半減してしまう。されど、読者が求めれば、まいてつはいくらでも応じてくれる。



(その後日々姫ルートに入りました)
ネタバレになるのであまり書けませんが、日々姫の心理描写がとても丁寧。明るくて、性に奥手の子が、それでも分かってて2度もあれをやるわけです。特に二度目はスケッチするだけのまとまった時間、ズボンの隙間が相手の目に晒されてるのを分かっててやってて、赤黒く焼けた鉄のような情念で耐えてる。胸元から身体の突端が見えてしまってるのも計算づくで。でも、日々姫の性格からすれば、それはすごい覚悟をしなければならなかったはずですし、顔に出さないために必死に葛藤していたはずです。年上の頭の切れる双鉄も、手玉に取られている。たとえ年下の小娘であっても、本気で駆け引きされれば、たいていの大の男はいともたやすく負けてしまう。こういう少女対大人の男のある種の典型的な力関係など、丁寧なシナリオ描写が本当に面白い。そして、こう言う仕掛けがシナリオ全編に渡って50も100も散りばめられているのです。直接の挿入シーンもいいですが、こういう濃密な描写にかえってよほど強く少女の髪の匂いや甘い香りを感じませんか? セックスシーンよりも濃密な少女表現。エロゲに溢れているようで、意外に出会えません(本作ではE-moteによる表情変化がすごい効果を発揮していることも間違いありません)。セックスのバリエーションなど本来そう多いわけではなく、いざ本番に入るとやることや構図はパターン化してしまうことを考えると、エロゲのエロさは前段階の描写が主戦場と言えるかもしれません。ファンとしてそういうシーンが自分の好みにあっているならば、そこは明確に支持してあげないと、メーカーさんとしても注力しにくいかもしれませんね。いずれにしろ、エロゲ業界が、外部世界に一般読者を開拓しにゆく時代に入ったらば、極論すれば本屋さんに並べられるようなエロなしのエロゲも出てくるかもしれないですが、その時こういう濃密な美少女表現があればセックスがなくても可能かもしれないとチラッと思いました。
(その後、プレイしていていよいよ日々姫とのHシーンが来ました。圧巻でした。濃厚でした。それはもう匂い立つくらいに。物語力が乗っかっているので、破壊力が桁違い。これはAVでは実現不可能なエロスです。そもそも日々姫のような子が実際に居ても絶対にAVに出演しないだろうし。と言うわけで、こんな素晴らしいHシーンはエロゲでしか見られないかもしれません。まいてつのHシーンが特にすごいと言うのも無論あります)

そのほか、挙げているとキリがないのとネタバレになるので、あまり言えませんが、蒸気機関車の操縦シーンの臨場感、市長選のわくわく感もすばらしい。御一夜市は象徴化、具象化されたパラレルワールドですから、日々姫みたいに、水の町に生まれ育ち、町にとって何が一番大切かを宿命的に知っている子が市長選に出るのは、実にいい。フィクションは、壮大な人間実験でもあります。もし日々姫のような子が架空都市で市長になったら、何を感じ何をするか、何を取って何を捨てるか、その結果、うまくいくのかいかないのか。読者は、その物語の結末と、現実世界でヤジや利権に明け暮れているオッサン政治家達のやってきたこととを較べる。そして、物語力によって純化された真実を掴むわけです。


(ポーレットルート)
(ハチロクルート)
(グランドルート)
はまだやっていませんが、おそらく同じように無数の楽しみが仕掛けられていることと思います。



まるで甞めれば甞めるほど湧いて来る蜜つぼのように、汲み尽くせぬ井戸のように、この物語はいくらでも読者が深く潜ることを許してくれる。これはすごい。本当に面白い! こちらが感受性を総動員してぶち当たっても、いくらでも応えてくれる。それが『まいてつ』です。



これは単なる個人的な好みでしかないですが、主人公がずっとかっこいいままなので、プレイ中こっちも正座しなきゃみたいなところもあるので、息抜きがたまにしたい。例えば、銭湯でヒロインにツボを押されたシーンで、意外に情けない悲鳴を上げるくらいの隙があると、個人的な好感度アップなのですが、まあそこは双鉄の性格なのだから仕方ないですよね。
(個別に入ると、割と抜けてるところもあるみたいです)


このように、最初だけでもたくさんの仕込みがあるので、なかなか読み進められません。そこは、じっくりやろうと思います。
ヒロインの登場シーンだけでも、もう何回も見てしまいました。これほど絵を何度も見たくなるエロゲは初めてです。