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buuchanさんの120円の春PCの長文感想

ユーザー
buuchan
ゲーム
120円の春PC
ブランド
ねこねこソフト
得点
87
参照数
584

一言コメント

恋愛よりも性愛よりも心地良い不思議な関係。春夏秋冬4人の美少女との『出会い』とみずみずしい距離感。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

60億の人の海のなかから、誰かと出会うとしたら、一見些細なものに見えても、本当は特別で、必然で、神聖なものかもしれない。

『120円の春』では、それぞれの季節に一人ずつヒロインが登場し、それぞれ異なる主人公と出会う。4つの短編で、主人公やヒロインの年齢や立場は異なる。したがって、高校生同士だったり、社会人と小学生であったりするし、二人の距離感も全く異なる。



最近やったエロゲを見てみると、『出会い』は最初から決まっているストーリーが多かった気がします。あらかじめ部活として対人関係が決定済だったり、生まれつき幼なじみや妹であったり、古くから敵と味方であったり。そうすると、この広い社会で全くの他人同士が出会うところから始まる物語は久しぶり(はじめて?)かもしれません。

2005年の作品ということですが、もしかしたら『家族計画』(2002)も同じように『出会い』から始まるストーリーかもしれませんね(家族計画は購入済・未プレイ)。

2000年代前半だと、おおっぴらにオタク宣言できる頃ではないし、エロゲーマー側も、プレイを一段落したらPCを切って、靴を履いて、繁華街に出会いを求めて繰り出していたようなところもあったかもしれません。2000年代前半と2017年現在とでは、エロゲーマーの『出会い』に対する期待は、変わってきているかもしれません。


それは時代的なものなのか、単に自分個人が年を取っただけなのか分かりません。ただ、自分が『出会い』に夢を見れなくなったり、甘美さを感じなくなりつつあるのは確かです。そんなことから、はじめは『120円の春』に少し没頭できませんでした。しかし、小説やエロゲなどの芸術は、時代が変わっても個人が変わっても、変わらずに良きもの結晶化して提示してくれる。『120円の春』のグランドルートともいえる春編に至って、『出会い』に甘美な期待を感じられなくなった自分は、ついに完全に物語に没頭していました。



(春編について)
タイトルにもなっている「春」編は、夏、秋、冬とは扱いが異なるグランド√。
CG数も他の√の何倍もあります。

青年はネットゲーム中毒。都会であくせく働くのが嫌で、ネット環境と最低限の生活費を前提にして田舎へと引き籠る。地元に住む小学生4年生くらいの女の子が、部屋に侵入してきて生活をひっかきまわされる。

女の子は映画『三丁目の夕日』の鼻たれ坊主みたいな立ち位置。青年は、初めは女の子の相手をするのも、食事を作ってやることも煩いと思っていたけれど…。
青年は子供相手でも嘘をつかない。年齢差からくるあべこべな距離感がありながら、二人の心の交流は繋がっていく。

女の子の親から世話を頼まれたわけでもなく、(相手は9歳ゆえ)恋愛感情からでもなく、赤の他人であるはずの二人の不思議な関係。でも、二人はどこか似たもの同士なのかもしれない。やっぱり、ねこねこソフトさんですよね。こんな不思議な距離感、エロゲで初めて見ました。保護者になった気分をどっぷりとリアリティをもって疑似体験できました。

ただ、決して、青年が一方的に施す関係ではありません。青年自体、そもそも田舎に引き籠るだけの心の影を抱えていて、葉月もまた幼いなりに、必死に小さな手で青年の背中を押してあげる。そういう共存関係があります。

作品主題にもよりましょうが、ロリ物の作品だと、ここで9歳の子供との恋愛関係に流し込まれて、片付けられて終わってしまうものも多いですが、本作でそれはあり得ない。その先の絶妙な関係性描写へと進みます。主人公から少女への恋愛感情は絶無です(9歳の女の子の方から、近所のお兄さんに憧れることはあるかもしれないけれど)。

二人の関係は、決して恋愛でなくて、もっと別のもの。寒い冬の部屋で、孤独な二人が肩を寄せ合っていて、主人公は「湯たんぽ来ーい」みたいに呼んで女の子を膝に乗せて抱きかかえるといった、とても不思議な関係。あの場面のイベントCGは、まさに本作がエロゲお決まりの文脈から飛び出た、もっと真に迫った二人の関係を表現している象徴的なイラストだと思います。

そして、青年も分かってるんです。
働きもせず、山小屋に籠り、自分を慕ってくれる女の子を湯たんぽにして暖を取っている、この状態が長くは続けられないことを。
やがて、この子が成長して大人になったら、自分みたいな男は冷たい目で見られるかもしれないことを。


読み込めば読み込むほど、味わい深い。

これ以上はネタバレになるので言えませんが、ラストシーンには更に大きな展開と感動が待っています。2時間のドラマで、これほど感動できるラストが迎えられようとは思いませんでした。

点数は、春編だけ見たとしたら個人的な殿堂入りである90点を超えています。少し点数が下がったのは、個人的な年齢のためか、時代的な雰囲気の変化か分からないのですが、自分が『出会い』に対する甘美な期待を感じられなくなってきたからです。なので恋愛的な出会いの要素がある夏、冬、秋編は、少し没入しきれなかったところがありました。でも、春編は、そんな個人的な事情を吹っ飛ばしてくれるものでした。


まさに、ねこねこソフトさんのエロゲ。まさに片岡とも先生のエロゲ。

イラストは、蜂矢先生とオダワラハコネ先生。とても素晴らしかったです。お気に入りは、大好きな春編の中から雨合羽(ゴミ袋を被せて雨合羽にするというぞんざいな扱いが二人の心地よい関係性を感じさせてくれる)、運動会(愛されている子だからこそできる笑顔、愛情込めて作られたお弁当のおかずの一つ一つ)、湯たんぽ(エロゲ的なロリ恋愛関係でなく、この二人だけの持つ不思議な関係を象徴的に表す)のイラスト。とても心に残りました。


音楽もめちゃくちゃよかった。おまけも豊富でしたし、片岡先生のあとがきも良いんですよね~。

本当に、エロゲとは素晴らしいものですね。