TIPS有須祐二の項『彼は(<王子>の)力を使うと、『死にたい』という想いを強く感じるようになってしまう』。しかし作中においては1シーンで『死にたくなる』と言っているだけで、ほぼ全く触れられてない。この主人公の<虚無感>の存在感の無さが半端ない。つまり作品全体が「うそつき」だった
昨今は、馬鹿正直ならぬ正直馬鹿、つまり安易に発言して状況を悪化させるような無能、な主人公ばかりで、目的の為なら嘘を厭わない大嘘吐きな主人公を求めていた。例を挙げれば「レミニセンス」の主人公である。そして本作のタイトルは「うそつき王子と悩めるお姫さま」であり、体験版で主人公は優秀だと表現されていた。よって地獄に仏とばかりに期待して購入したのが元々である。
しかし、タイトルに『うそつき王子』とあり、実際に作中において『嘘は得意』だと主人公が言っているものの本作の主人公は嘘が上手な印象を受けない。そもそも嘘を吐くのに必要な演技力、状況把握能力、先見性に優れていると全く思えない。<虚無感>を見ないように振舞うことを『嘘』が上手いとしているようだが、見えないように振舞う行為という見えないものを『嘘』と言われてもプレイヤーにはわからない。つまり嘘がシナリオ上有効に機能しているようには見られない。『うそつき王子』なる文言は所詮は幼い頃の渾名でしかなくタイトルでまで主張するようなワードでないし、『嘘が得意』だ何だと態々表記して『嘘』を全面に主張する必要だってなかった。
また主人公は過去にも<お姫さま>の事件を解決したハイスペックな人物のように‘テキスト’では描写されるが、実際の‘シナリオ’上の描写では全く有能な人物には感じられない。<お姫さま>が<目覚め>るのは仕方ないが、対応が遅れて<望奏>を発動させる隙を与える場面が何度あったことか・・・・・・テキストで『これは、<お姫さま>の気配!』と表現する所為で、気づいているのに呑気に構えて失敗する無能な印象がより強くなる。
星子ルートで<お姫さま>は恋愛絡みが多いと発言している割には恋愛感情に関して疎く、身体面がハイスペックだと言われながら重要な場面で難聴を発揮し、TIPSで『文武両道で学面(?)に強く』とあるが察しが悪くヒロイン達の出しているヒントはスルーすることが多い。そして上記のとおり有能な印象を全く受けない。総じて見ると、昨今幅を利かせる鈍感難聴ヘタレ主人公でしかない。
この根本的な食い違い、期待を裏切られた所為で印象が良くない。
尤も、人生において真実裏切られたということは少なく、期待などを勝手にして予想通りに行かなかった場合に裏切られたと勝手に思い込むことの方が多いそうだ。そういった意味では勝手に期待して本当に申し訳なかった。今後は期待しないように心がけよう。
また設定面やそれを表現するテキスト面でも不満点がある。
例えば、
某ルートで<お姫さま病>が悪化してレベルSの上になったことをレベルSS(ダブルエス)と表現している場面があった。正直言って苦笑いした。レベルSの時点で手がつけられない程の病状という意味だろう。
そもそも<お姫さま病>のレベル(と寮)の設定に関して大きな疑問がある。
まず前提として、
(Ⅰ)あの寮(十三番寮)は『特に病理の重たい生徒が集まる、一番小さな寮』で『病の重い人間を集めた、言わば隔離寮みたいなもの』とみかんが発言している。
(Ⅱ)泉とリイナが島で(=‘国’で)2人だけのレベルS、星子がレベルA、みかんがレベルBである。
レベルSの2人があの寮なのは何らおかしくない。一方レベルAの星子に関して同様と言えるか不明であり、何よりレベルBのみかんは彼女の発言の中に『この寮が、厄介な<お姫さま病>を抱える人達ばかりだって話は、聞きましたよね?私はレベルB。そうレアなものではありません。ただ他の人達に比べて、『目覚める』頻度が高いのでここにいます(原文)』とある。つまり通常レベルBではあの寮に行くはずがないのだ。そしてこれはレベルA以上があの寮へ割り振られることを推測させる。そうすると星子はおかしくないと言えなくもない。
しかし、貴子の発言の中に『レベルB以上は全校生徒の四分の一程度』とある。加えてTIPSで『全校生徒2500名程度』とある。そうするとレベルB以上は概算で625人いることになる。レベルSが2名であることを考慮すれば、レベルAが10~100人、レベルBの人数が500~600人前後といったところだろう。
さて、設定上10~100人いる筈のレベルAの<お姫さま>の誰ひとりとして十三番寮にいないのは何故だろうか?レベルAは『特に病理の重たい』、『病の重い』や『厄介な<お姫さま病>を抱える』には該当しないレベルなのだろうか。
こう考察すると<お姫さま病>のレベルは、その設定と実際の描写の齟齬が著しい。ヒロイン達との共同生活を構築したかったのだろうがそれにしても酷い。
これなら
<望奏>を使うのはレベルB以上、レベルAは極めて稀である(=<望奏>を使えるレベルをBとし、特に強力な場合、あるいは危険度が高い場合にAとする)前提で、
泉:レベルA
リイナ:レベルA
星子:レベルB(主人公が<目覚め>に関与)
みかん:レベルB(頻度多い)
として彼女たちは十三番寮に集められたとした方が納得できるだろう。
そしてレベルAを超えた(=世間で認知されていない)レベルをレベルSと表現すれば良かったと思う。レベルB以上の比率も全校生徒の1~5%(=25~125人)程度とすれば充分だ。
テキスト面に話を戻せば、
<お姫さま>の‘目覚め’の表記が箇所によって<目覚め>と『目覚め』と表記にバラツキがあった。
某ルートにおけるフルート奏者の代役云々に関しての表現も気になった。代役が見つかったので万々歳、もう元のフルート奏者は必要ない、という印象を抱く表現がされていたように感じた。
某シーンの『お母さんは病院らしき白い部屋で、ベッドに眠らされている』という表現もおかしい。主人公の視点から見れば‘眠っている’だけに見えるはずである。現実として薬品によって『眠らされている』としても、主人公がそうとは把握できない筈である。誰の視点で物語の描写をするかという根本的なところでの重大な瑕疵である。
またシナリオ上大したミスではないがツッコミを入れたいところもあった。
・とあるシーンで星子が『おにーちゃん』と呟いているのを主人公の視点で『俺の名前を呟き』と表現していた。確かにお前ことを呟いていたが、お前の‘名前’は決して呟いてない。
・リイナルートにおいてリリが<お姫さま>を<目覚め>させてしまったイベントがあるが、事件から3日後なのに『昨日ボクが<お姫さま>を<目覚め>させて』とリリが発言している。この作品の中では昨日とは3日前を意味するのか。
個別ルートシナリオ感想
1、泉
<王子>、<お姫さま>や<望奏>などファンタジーなのは最初からわかっていたが、クライマックスの超展開は流石について行けなかった。『時間軸すら縛る』と言われても・・・・・・
それに<王子>が<お姫さま>を救うという王道的な設定でありながら、家族と和解するという王道的な展開を外して来たのも妙な気持ち悪さを感じてしまい納得し難い。また嘘を肯定しているのか否定しているのかもよくわからない終わり方だった。さらに実質的なTrueルートと思えたリイナルートと同じような展開なのに結末が相反しているのも印象としては良くない。
シナリオとは全く関係ないが、TIPS月岡泉の項の2ページ目に誤植があった。<目覚まし>が<後悔>と表記されていたが<好奇心>が正しい。
2、みかん
時間が経った現在ではもうあまり記憶に残っていないのできっと特に面白いと感じることもなく特に不満を感じることもなかったのだろう。つまりシナリオ自体は可もなく不可もなくだったのだろう。
3、星子
星子の反応が予想と違い鈍い時に『あれ、どうして俺は残念がったんだ?』のような表現が数箇所あった。作中では主人公は『本当はわかっている』のに『嘘』を吐いていたそうだ。しかし、この思考は果たして‘『本当はわかっている』のに『嘘』を吐いていた’人間のものだろうか。
そもそも嘘とは誰かを騙す行為である。では「自分は星子の事が好きである」ことを『本当はわかっている』のに、それに気づいていないとするこの『嘘』は誰を騙す為のものだろうか?
先の表現はいずれも主人公の心の声である。すなわち発言としてそれを聞いたキャラクターは存在しない。そうすると騙している対象は主人公自身である。だが主人公が自分自身を騙していると考えるには自問をするということがまずおかしいだろう。加えて内容もおかしい。「星子の事が好きだ」ということを『本当はわかっている』のなら、痛みを感じたのに残念がったのに「何も感じなかった」と‘嘘’を吐く筈だろう。それこそ<王子>の根幹である<虚無感>に対しては、‘何も感じていない’と嘘を吐いていた筈である。1人のキャラの自分の心を騙す嘘としては完全に矛盾してしまっている。
あるいはこれはプレイヤーを騙す為の描写として解釈してもよいが、この場合より大きな問題を生じる。何故なら作中で生きているキャラが、その外側にいるプレイヤーを騙す言動をしている、すなわちいわゆるメタ発言であるからだ。メタ発言はギャグ程度であれば容認されても良いものであるが、重要なシーンでそれをすれば雰囲気を木っ端微塵にするものであり到底容認されるものではない。メタ発言の一切を嫌う人が多いものこれに起因するだろう。
したがって結論としては、
先の表現が、
(Ⅰ)主人公自身を騙すものであるならば、
<虚無感>と星子への想いの2つの感情に対する嘘は言動が一致しておらず矛盾する言動になっているので致命的である。
(Ⅱ)プレイヤーを騙すものであるならば、
主人公がプレイヤーを念頭においた言動をした(=シナリオライターが頑張ってプレイヤーを騙そうとして作品自体を壊した)ことを意味しており、シナリオの出来は控えめに言って駄作である。
4、リイナ
今回シーンジャンプ画面を見てTrueエンドが見当たらないことに驚いたわけだが、さしずめリイナルートが実質的なTrueエンドなのだろうと感じた。主人公の母に関して触れられ、クララに関して(泉ルートよりも)触れられ、望奏機関の目的や内情にも僅かだが触れられ、全世界の<お姫さま病>が緩和するルートであり、そして唯一<王子>としての力の本質が明かされるルートであるからだ。リイナの中の<お姫さま>が泉のそれと比較して有名な<シンデレラ>であるのも、より一層その印象を強くする。
シナリオの内容は泉ルート、星子ルートとの被りが酷いわけだが、両ルートで明かされる話を踏まえた上でさらに話を積んでおり、実質的なTrueルートに感じたので、最終的にはむしろ泉ルート、星子ルートの方が不要に感じた。
だが肝心の内容は特別良かったというものでもない。最後のドラ○ラムに苦笑だったのは捨て置くにしても、リイナが感じた‘ズレ’に関しては何らの解を示さずに終わっているのが気に入らない。‘ズレによる<寂しさ>’に関しては一緒にいることや結婚することを提示しているが、その実‘ズレ’自体に関しては触れられていない。話の本質は<寂しさ>であるので必ずしも重大な瑕疵とは言えないが‘ズレ’があって当たり前だと説得した上で<寂しさ>を解決する話をするべきだったと思う。
結論としてルートの評価は、リイナ>みかん>泉>星子、である。