とても重い作風の作品だが、読後の余韻は思いのほか良い。強烈なまでに人を選ぶ作品でもあり、刺さる人には刺さる素晴らしい作品でした。BGMの質は非常に高く、出来が良いだけでなくシナリオの性質にこれ以上ない程によく合っている。こうまで作風によく合っておりシナリオを引き立てているBGMというのも中々に珍しい。システムには一部残念な部分もあるが、シナリオと音楽の親和性は目を見張る程の素晴らしさがある作品でした。
・シナリオ
プレイ時間は21時間と平均的か少し短めだが、非常に重苦しい作風であった為か、体感ではもっと長く感じられた。
そういった意味から、プレイ時間としては満足しています。
シナリオの評価としては、ただ重苦しいだけではなく様々な内面の葛藤や、それが複雑に入り混じるさまが非常に良く描けており、読み応えのある素晴らしいシナリオでした。
やはりこのライターは心理描写やキャラクターの掘り下げ方が上手い。
元々ルクルというライターにはそういった適正が非常に高いと過去作品で感じていたが、まさかこれ程とは。
こういった重苦しい作風では右に出る者はいないのではと思わせる程の完成度でした。
ただしこれはシナリオにこれ以上ない程によく合っているBGMがあったからこその評価だという事も否定しきれない部分がある為、純粋なシナリオそのものの評価としては少し誤りがあるかもしれない。
本来であればそういった部分とは切り離して評価しなければならない部分なのですが、そうする事が出来ない程にBGMの出来が良すぎた。
感想を記すために改めて思い返しているが、やはりあれ程までに素晴らしく作風によく合っていたBGMを切り離すことは出来そうにない。
これ程までにシナリオとBGMの親和性が高い作品という物は初めてでした。
それだけでもこの作品をプレイする価値はあると言えるでしょう。
次に特に評価しているのは個々のキャラクターの背景や内面の掘り下げ具合でした。
それぞれに複雑な事情や葛藤があり、それが非常に良く描けている。
ただ演劇に打ち込むだけの作品では無く、演劇を通してその内面を成長させてゆく物語となっている点は非常に良かった。
演劇に対する姿勢は過剰に過ぎるきらいもあるが、狂気とすら思えるほどの強い思いがあったからこその不可思議な現象だと思えば納得も行く。
天樂来々のようなサブにしてもただ口が悪いだけではなく、その行動には強い一貫性があり、またそういった行動をとるだけの理由もしっかりと描写されており、それによって最も被害を被ったはずの龍木悠苑が寄り添う理由も、しっかりと納得のいく理由が存在していた点も素晴らしい。
実際には登場せず過去の回想でのみ登場していた匂宮王海にしても、苛烈な指導がなりを潜めてしまった原因が、実際のところは指導が原因の自殺ではなく家庭内暴力による死であった事を考えると、それを救うことが出来なかったという後悔からくるものなのではといった解釈が出来る点も面白い。
匂宮めぐりは心の拠り所としていたランビリスを火事で失い、箱鳥理世は友を救うことが出来ず、天使奈々は生みの親の罪に苦しみ、その他の全ての登場人物にそれぞれの葛藤が存在しているが、そういった意味ではメインヒロインの架橋琥珀のみ葛藤が弱いようにも思われる。
主人公や演劇との直接的な繋がりが薄いからなのだろうか。
確かに折原氷狐の演技に憑りつかれていたという点では演劇とも関係はあるが、似たケースである箱鳥理世は主人公との繋がりも存在していた。
やはり思い返してみても架橋琥珀のみどうにも印象が薄いのは、そういった理由によるのかもしれない。
この一点のみ少し残念です。
ブランド前作の「空に刻んだパラレログラム」ではこの内面の描写が悪い意味で強く前面に出過ぎていたが、ようやく理想とする形でその才能が生かされたように思う。
勝敗の関わってくるスポーツ物ではくどくなり過ぎてしまい、テンポが著しく遅くなってしまう。
率直に言って題材との相性が悪すぎた。
ウグイスカグラのブランド名で発売されている作品は「紙の上の魔法使い」から本作品まで全てプレイしているが、これまでブランド内ではトップの評価であった「紙の上の魔法使い」を超え、本作品がブランド内での最高評価となりました。
・絵や背景
背景は非常によく出来ており、学園とはとても思えないような古びた西洋建築を思わせる外観は、どこか「pieces」を彷彿とさせる。
絵は相変わらずメインよりもサブの方がよく出来ており、個人的な好みには合致していない。
このブランドの桐葉という原画家は「水葬銀貨のイストリア」から絵柄が大きく変化してしまったが、一向に治る気配は無く、むしろこれが良い変化だと捉えている節すらある。
絵柄が合わないだけならばそこまで気にはならないのだが、構図が崩壊してしまっている立ち絵が存在してしまっている点は致命的と言える。
ブランド前作の「空に刻んだパラレログラム」でも言及した点だが、本作品でも残念ながら改善されていない。
具体的には立ち絵の服が不自然に空気を含んでいるかのような不自然な膨らみが散見されるといった点や、理解できない形でなだらかすぎる曲線を描いている点であり、これは公式サイトの人物紹介のベージからも見て取れる。
ゲーム内で最も顕著だったのは匂宮めぐりの一部立ち絵であり、まるで一昔前のディズニー映画に出てくる箒のようなしなり具合を見せている。
白坂ハナや倉科双葉は非常に良かっただけに惜しい。
また男性もよく描けており、椎名朧の表情は役柄ともよくあっており素晴らしい。
・声
演劇を題材としているだけあり、素晴らしい演技の多い配役でした。
どれもよく合っており演技力も申し分ないが、特に良かったのは匂宮めぐり演じる小波すずと天使美嘉演じる霜月咲空の演技でした。
小波すずは冒頭のハムレットの演技がとても良かった。
霜月咲空はヒステリックな母親役であり、嫉妬に狂い復讐に燃えながらも矛盾に慟哭する様という非常に難しい役をよく表現できている。
また演技力ではなく役柄と声質が非常によく合っていると感じたのは天使奈々菜演じる梅木ちはるの声質でした。
どこか庇護欲を掻き立てる可愛らしい声質は役柄に非常によく合っていた。
惜しむらくは前作「空に刻んだパラレログラム」とは異なり男性配役が減少している点ぐらいか。
・音楽
本作品で、ともすればシナリオを超える程に評価している点です。
既に何度も述べているが、シナリオとの親和性は群を抜いて素晴らしい。
これ程までに親和性が高く、尚且つ良いBGMというのは早々お目に掛かれるものでは無い。
お気に入りのBGM
・月明りのプロローグ
・残り火
・黄昏に沈む
・喫茶ペトリコール
・月が欲しかった
・序曲
・フィリア
・ending
特にお気に入りなのは"黄昏に沈む"と"月が欲しかった"と"ending"の3曲。
昨今にしては珍しくED曲である"ending"はボーカル無しのものとなっているが、これが良い味を出していた。
読後の余韻が内容に反して思いのほか良くなっていたのは、この曲に依るところが大きい。
ちなみにゲーム内の音楽鑑賞にはOP曲とED曲は登録されず、特装版に付属するオリジナルサウンドトラックにはOP曲のみ収録されていない為、OP曲を聴きたい場合は初回盤特典の主題歌シングルCDを、ED曲を聴きたい場合は特装版特典のオリジナルサウンドトラックを入手する必要がある。
結局のところ特装版を入手していれば初回盤特典も付属してくるので、特装版を入手するのが無難だろう。
・システム
本作品で最も足を引っ張ってしまっている部分。
前作から多少の改善点は見られるが、お世辞にも使い勝手の良いシステムとは言えない。
やはり全画面に難があるというのは影響が大きすぎる。
全画面化すると強制的にモニター側の解像度が変更されてしまうといった事は無くなったが、その代わりに何故か裏画面へ移動する際に数秒待たされる残念なシステムとなっている。
正確には、裏画面へ移動する際や、逆に裏画面から「冥契のルペルカリア」へ戻る際の画面遷移に数秒を要する。
また裏画面へ移動すると強制的に「冥契のルペルカリア」が中途半端に最小化される。
この中途半端というのは、裏画面へ移動した際にデスクトップを表示すると画面左下に小さくなった本作品のタイトルバーのみが残っていたことを指す。
挙動としては本来最小化できない物を無理やり最小化したかのような物に近い。
プレイを中断して頻繁に裏画面へ移動する方にとっては致命的と言えるシステムとなっている。
全画面化のショートカットといったものも存在せず、Alt+Enterで切り替えることが出来ない点もこの問題に拍車をかけている。
そもそものグラフィック関連の設定を細かく調整する機能も一切付いておらず、端的に言って時代遅れのシステムと言わざるを得ない。
全画面化の機能そのものが安定していないのか、セーブする際の確認画面すら本作品の画面裏に隠れてしまう事もしばしばあった。
設定画面やセーブ画面を閉じる際にも注意が必要となっている。
何故か右クリックにも左クリックと同じ機能が割り当てられており、前の画面に戻るために適当な場所で右クリックをする際にマウスカーソルが設定項目やセーブ項目に重なっていると、左クリック側の挙動が優先され、前の画面に戻ることが出来ないどころか意図せず設定を変更してしまいかねない危険性がある。
何もない場所へマウスカーソルを移動して右クリックする必要があるというのは不便で仕方がない。
スキップ機能も一昔前のシステムかの如く絶望的なまでに遅い。
スキップ中でも文章が読めてしまう程なので、分岐点ではセーブしておくことが必須となる。
・総評
強烈に人を選ぶ作品だが、シナリオゲーが好きならば読んでおくことを強くお勧めしたくなるような素晴らしい作品でした。
特に音楽とシナリオの親和性は類を見ない程に素晴らしいので、それだけでもプレイする価値は大いにあるでしょう。
残念ながらシステムは快適とは言い難いが、それを補って余りある程にシナリオと音楽はよく出来ていました。