兎に角文章が読み易い。コメディ要素が強い訳でもないのに文章の端々で面白いと感じる場面が多々あり、久しぶりに瀬戸口廉也氏特有の強く引き込まれる作風を堪能することが出来たような気がします。内容も素晴らしかったので大いに満足しています。
・シナリオ
プレイ時間は35時間と少し長め。
シナリオライターが瀬戸口廉也氏ということで大いに期待していたのですが、正に期待通りの素晴らしい作品でした。
音楽とは何か、ライブハウスで活動されているインディーズの方々の有り方や葛藤がよく描かれており、どの程度それが真実味を帯びているのかは一切触れた事のない業界なので言及できませんが、少なくとも読み物としては十分に読み応えのある内容でした。
特筆すべきはその独特な文章で、長文が多いにも拘らず何故かすんなりと読み進めることが出来る。
よくある読み易さだけを求め過ぎた無二無臭の面白みに欠ける文章とは異なり、これこそが真なる読み易い文章なのだなと改めて思い知らされた。
才能ある文章は不思議と文体に関わらず読み易いと感じるものですが、この作品もその一種であるように感じられました。
感想を書く上でいつも頭を悩ませ、書き上げた後に推敲しては自らの文才の無さに顔を赤くしている自分としては、その文才が死ぬほど羨ましい。
私の場合、才能云々以前に頭の出来がよくないので、それを羨む事そのものがお門違いではありますが、せめてもう少し読み易い文章を組み立てられる頭があればと思わずにはいられない。
作品全体の構成としては、選択肢は多いが分岐ルートそのものは4つと少ない。
しかし分岐後の展開は予想以上に大きく変化する。
正に人生における分岐点とでもいうべきものが変化するので、自らの過去と重なる部分もあり、現状どのルートに該当するのだろう等と埒も無い事を考えてしまい少々複雑な思いも抱えてしまった方も少なくないのでは。
登場人物は誰もが魅力的に描かれており、特に主人公の人格には好感を覚えました。
金田も非常に愉快な性格をしており、主人公だけでは刺激に欠ける展開となっていた所を上手い具合に盛り上げる大きな要因となっています。
一点だけ残念だと感じたのは田崎京香が攻略対象外となっていたことぐらいか。
最も面白いと感じたのは尾崎弥子ルートで、花井三日月ルートは期待していた程ではありませんでした。
これは最初に尾崎弥子ルートを読んでしまい、その後の花井三日月ルートはさらに面白いのだろうと勝手に期待してしまっていたのが原因かもしれません。
もしくは単純に曲というか歌声が、花井三日月ルートではあまり好みではなく、尾崎弥子ルートのほうが良いと感じてしまったからなのかもしれません。
はたまた尾崎弥子ルートでのEDへの入り方が素晴らしく良かったからなのか、感想を書く上でこうも曖昧な表現をしてしまい申し訳ないとは思うのですが、一概に花井三日月ルートがよろしくないとは思えず、何かがあるような気がしてならないという思いもあり、こういった非常に曖昧な物言いとなってしまっています。
この花井三日月ルートの楽曲に関してはネタバレとなるので詳細は伏せるが、あの手法自体はやはり判断の難しい所で、違うやり方をしていればまた別の批判があることは想像に難くない。
私は基本どちらでも構わないという姿勢なのですが、今回に限って言えばやはり作品内容との誤魔化しようの無い差異を感じてしまい、若干の減点をしています。
また尾崎弥子ルート以外ではライブ時の演奏演出が所々カットされており、実際の音楽が流れないことが多いのも残念です。
SOUND MODEで改めて曲を聴いて初めて、こういった曲だったのかと思う始末で、この部分に関してはあまり丁寧に作られていない印象を受ける。
何故このような演出となってしまったのかは不明ですが、折角曲が用意されているのだから使用しないのは勿体無いように感じられる。
これはこれで一つの手法なのかもしれませんが、仮にそうだとするのなら、この難しい判断に迷った結果の曖昧さが現れてしまっているのかもしれません。
・声
どの役柄も違和感無く素晴らしい演技でした。
特に金田は役柄と声質がこれ以上ないほどに合っており、また演技も素晴らしく良かったのでその愉快さを数段引き上げてくれていました。
この金田の性格と演じられている方の配役だけでいくらか加点している程です。
ただ相変わらずOVERDRIVEの作品は声優未公開となっており、終始どこかで聴いた覚えがあるような気がするが名前が出てこないという歯痒さを抱えながらのプレイとなりました。
"香坂めぐる"や"小川胡桃"は特徴的な声質なので直に思い出せたのですが、"尾崎弥子"や"田崎京香"などは似ている方はいるが少し違う気もするという微妙な按配で、個人的に非常に気になったままとなっています。
特に"花井三日月"に関しては、とても好みの声質でありながら演技も素晴らしく良かったので気になっているのですが、これが全く記憶に無い声質だったので完全にお手上げとなっています。
もしどなたかご存知の方がいらっしゃれば、こっそりご教示頂ければ幸いです。
・音楽
音楽は一部光るものを感じるが、全体を通して見ると平均的。
歌は17曲と非常に多く、一部ルートの水準は高い。
・お気に入りの音楽
・夜の隙間
・お気に入りの歌
・ミライ
・幸谷学園校歌
SOUND MODEに歌詞を表示させる機能が存在するのは素晴らしいが、リピート機能が若干不親切な点は残念です。
リピートアイコンを1クリックすると全体リピート、さらにもう一度クリックすると1曲のみリピートに変化するのですが、アイコンの外観が変化しないので非常にわかりづらい。
また、次のトラックへ移動するアイコンにしても並び順とは全く異なる基準で移動する謎仕様となっている。
再生順の基準は第一にアーティストが存在しているのはわかるのですが、その先の条件は皆目見当も付かない。
・システム
今時珍しく画面全体に文章が展開されるのには懐かしさすら覚えたが、個人的にはこちらのほうが好みなので問題なし。
長文の多いライターの特徴とも良く合っている。
全画面の機能も問題ないが、その他の部分は時代遅れの印象を受ける。
真っ先に不便だと感じたのがプレイ中の画面右下にある小さなアイコンで、セーブや設定画面等の機能が全てその中に格納されてしまっている。
その都度クリックして展開しなければならないのは不便で、右クリックで展開できるようにしたくとも右クリックの割り当てはウインドウ消去固定で変更することは出来ない。
致命的なのは音声関係で、次の音声まで再生を継続する機能を有効にしていたとしても、次のページへ行く場合や何か演出が挟まる場合は音声が途切れてしまう。
この為ほとんどの台詞は意図的に再生終了を待たなければ序盤で途切れてしまう残念な仕様となっている。
特に今作品では長台詞が多いのでシステムとの相性もよろしくない。
設定項目としても、マスター音量で管理することは出来るが個別音量の設定は不可となっている上に音量テストの機能すら存在しない。
またウインドウの透過率も変更不可となっており、最低限の機能しか実装されていない。
クイックセーブといった機能も存在せず、バックログからジャンプする機能もまた然り。
全ての選択肢を試しておきたい場合には不便に感じることが多い。
その代わり最後に終了した箇所はシステム内に保存されているようで、トップ画面から"CONTINUE"で戻ることが出来る部分だけは評価しています。
・総評
音楽経験の有無に関わらず楽しめる素晴らしい作品なのではないかと思われます。
流石に「SWAN SONG」を越える事はかないませんでしたが、あちらとは真逆の面白さを感じ取ることが出来ました。
少しでも興味を惹かれたのであれば、迷わず購入することを強くお勧めします。