歴史上の人物や出来事を題材としたゲームは多数あれど、この作品ほど真剣に、熱意を持って史実を取り扱った作品がかつてあっただろうか?少なくとも私の知る限りでは無かったように思う。 何気なく書かれている地の文の1つ1つや、セリフの1つ1つにまで、史実として伝えられていることをしっかりと描かれており、製作者側がしっかり調べているというだけでなく、純粋にこの「忠臣蔵」というものが好きなんだという思いの伝わってくるような作品でした。
私自身は同人版の頃からこの作品のファンであり、非常に大好きな作品であった。そんな作品がこのような、商業化・フルボイス化・グラフィック面や演出面、システム面の強化などをされしっかりと完結してくれたことには少し感慨深いものがあった。
特に、フルボイス化と演出面の強化の2点は非常に素晴らしかったと思う。
同人版がボイスレスであったため、自分の中でのイメージができており、当初はそのイメージが崩れてしまわないか?と少し不安に思ったこともありましたが、実際に聞いてみれば思っていたほどイメージが崩れることがなかっただけでなく、良い意味でキャラのイメージが一新され、より魅力的に感じられるようになった。
その上で討ち入りや決闘などをはじめとする、数多の見せ場となる場面が声優さんたちの迫真の演技によってより一層惹きつけられるものになっており、思わずボイスを聞き入ってしまうこともしばしばありました。
また、演出面の強化も「ここまでやるのか!?」というほどのものであった。
例えば立ち絵。 これは同人版のときにも思ったことでもあるが、立ち絵のパターンが非常に多く、コロコロと動く。しかも、いくつかの決められたパターンを流用するようなものではなく、その場面場面に合った立ち絵を、1度しか出てこないようなものまでしっかり作られているので、視覚的に楽しいだけでなくキャラの動きまで感じられました。
私としても、立ち絵をコロコロと動かす演出は好きなので良かったです。
例えばカットイン。これは主に戦闘の場面などで使われているものだが、斬り込み・割り込む際などで使われ、先に書いた立ち絵の多さと合わせて、場面の1つ1つのキャラの動きが分かりやすいだけでなく、その場面の「流れ」のようなものまで伝わってきた。
これによってテキストと共に場面に釘付けにされ、どんどん先へ先へと読み進めさせてくれました。
シナリオ面でも、まったく不満点がなかったというわけではないものの、先の気になる展開の連続に止め時が分からず、一気にプレイしてしまうほどのものでした。
どの章にも非常に魅力的な場面があり、最終的に全ての章で涙を流していました。
・1章
1章はロングバージョン体験版にてほぼ全て(EDムービーなどは無し)丸々プレイ可能であり、かつ体験版感想の方で1度触れているため簡単に。
この章は歴史上伝えられている忠臣蔵の話。
主人公の直刃が現代からタイムスリップして来て、当時のことをあまり知らないところへ解説されるので、こちら側に事前に知識などは特に要求されずプレイしやすかった。
直刃は、序盤こそこの世界から逃げ出し元の世界に帰ろうとするものの、ご城代をはじめ様々な武士と触れあい、また、時には命の危機に瀕することで一人の武士として、男として変わっていく姿は一つの成長物語のようでもありました。
この章で1番印象に残っているのは、内匠頭の切腹シーンです。1章の序盤も序盤のシーンでありながら、その「武士の最後の姿」に心震わされ、涙が溢れました。
また、他にも「南部坂雪の別れ」のシーンなどは非常に好きなのですが、これは事実ではないそうですね。私個人としてはこのシーンもしっかり描いてくれたのは非常にうれしかったです。
・2章
1章にて呪いを解くことのできなかった直刃はもう一度同じ時を繰り返す。直刃自身は前回のことを覚えているものの、他のみんなはまったく覚えておらず、そのことに寂しさと疑念を感じる。
前回のことで赤穂の人たちを好きになった直刃は、みんなを死なせまいと一人江戸へ向かい吉良を討とうとするが、ある事情から引き返さざるを得なくなる。このことをキッカケに、今回は江戸で過ごすことになる。
1章をご城代を中心にした穏健派を描いた表側とするならば、今回は安兵衛たちを中心にした急進派を描いた裏側とも言えるだろう。1章では描かれなかった江戸側が描かれており、視点が変わることで新しいことが次々見えてくるのがまたおもしろかったです。
この章では安兵衛がヒロインポジションですが、私としては安兵衛以上に小平太のことが好きになりました。だからこそ、終盤の小平太の裏切りと死には涙が止まりませんでした。
姉の薬代を稼がなければならずお金の誘惑に負けてしまった弱さと、裏切り者のまま去るのは嫌だと、せめて最後は武士として去りたい という思いから行動した強さの両方が素晴らしく描かれていたと思います。
直刃が江戸に着いてすぐの頃から「直にぃ」と懐いていた自称妹分の小平太だからこそ、あれだけ最後のシーンが心に響いたのと同時に、直刃の心にも大きなダメージを与えることになったのでしょう。
もちろん安兵衛も非常に魅力的なキャラでした。 普段の凛々しい姿と時折見せる女としてのかわいい姿のギャップにやられた人も多いのではないでしょうか?
私はお梅とのやり取りや和解の場面が好きでした。やっぱり家族っていいですね。
そして何より最後のシーンでしょうか。直刃と安兵衛の最後のシーンは悲しさや寂しさを感じさせるだけでなく、どこか綺麗さも感じられ、EDへの流れと相まってとても印象深いシーンになりました。
・3章
2章でも呪いを解くことが出来ず、三度繰り返される時間。三度目の正直よろしく今度こそ現代へ帰れると言われても直刃はやる気になっていなかった。が、それも仕方ないだろう。1章でのご城代、2章での小平太や安兵衛など、これまで直刃と近くで関わり、親しく触れ合ってきた人たちがことごとく悲しい、不幸な目にあってしまい、このことが直刃の心を蝕んでいってしまっていた。
「自分に関わることで赤穂の人たちが不幸な目にあうのなら、自分は関わらない方が良いのではないか」そう考えていた直刃だったが、狼の群れに襲われている松之丞を見つけ、助ける。 このことが全ての始まりだった…。
この章はなんと言っても主税の切腹と相合傘のシーンが特に好きでした。他にも好きだったり、印象的だったりした場面はいくつもありますが、絶対に外せない場面と言えばやはりこれです。特に、主税と直刃の見上げるCGを重ねてきたところは相合傘と相まって涙が溢れて止まりませんでした。
主税はヒロインとして非常に正統派で、健気でかわいらしく感じました。直刃にそっけなくされても健気に後ろを付いてまわる姿にはどこか和んだりもしました。そんな主税が、一人の武士として盟約に参加させてもらうことをご城代に願う場面も良かったですね。武士として、そして親子としてお互いのことを想っているからこその場面だったと思います。やはり家族は良いものだ…。
他にも、萱野さんが亡くなった後の直刃と主税のやり取りも印象的でした。不器用ながら一所懸命な主税の思いやりが伝わってくるようでひどく胸を打ちました。
この章の不満点として、吉良の影武者のところはややあっさり気味に感じたところでしょうか。トントン拍子に進み気付いたら吉良を討ちに行っていたように感じました。新八との勝負や、群兵衛や小平太たちにも見せ場ができたことなどは良かったですが、そこだけが少し不満でした。
・4章
現代に戻った直刃が、一学改め一魅と再び出会う。彼女の意味深な言葉が気にかかり、彼女に連れられ再び江戸時代へと。
この章は、これまで1~3章で語られた赤穂側ではなく、吉良側から見た忠臣蔵の話。赤穂浪士47士を光とするならこちらは闇。一方的に悪とされたという吉良側の真実とは。
これまでほとんど語られなかった吉良側。そちら側から見ることで吉良側がただの悪ではない、吉良側には吉良側の主張と理由があることが見える。これまでの章以上に歴史解説的な面が強く、十分に理解するには多少の事前知識が要求されるものの、無くても置いていかれる、ついていけなくなるほどのものでもない。
この章で一番好きな場面はなんと言っても最後の一学とご城代の一騎打ちのシーン。お互いの思いの全てを込めてぶつかり合う真剣勝負。本気と本気のぶつかり合うこの勝負はとても熱く、思わず鳥肌が立つほどでした。お初ちゃんの出来事をキッカケに心が揺れ動き、一学の心情に変化が現れてきた上でのこのシーンだったので、その変化を確定づけたのかなと、印象的な場面でした。
お初ちゃんの出来事に関しては、一学と知り合い、会話を交わすようになった辺りでなんとなく予想ができていました。最初こそ「もしかしたら」程度でしたが、平左衛門の特攻が返り討ちに合い、相手の名前を忘れないようにと言った辺りで確信に変わりました。なので、二人の無理心中にしても予想できていましたが、それでもやはり衝撃でした。
この出来事のキッカケにもなった平左衛門の特攻に関しては、私としては正直擁護しようとは思いません。作中唯一イラついた場面でもあります。
周りの声に耳を貸さず、どこの誰とも知れない輩の情報に踊らされ、自分勝手に突っ込んでいき返り討ちに。
自身や周囲の状況についてあまりに自覚が無さすぎると言わざるを得ません。仇討ちを主張するのであれば、自らを律する冷静さと、周りの状況をしっかり把握する視野の広さがこそ必要であるにも関わらず、そのどちらもが欠けている平左衛門は、正直に言って邪魔な存在にしか感じられませんでした。
そんな奴が自分勝手に行動し刀が握れなくなったとしても、自業自得でしかないと思いましたが、そのことで心配をかけさせただけでなく、お初ちゃんに八つ当たりしていくのはただただイライラしました。その挙句に無理心中だなんて、お初ちゃんがあまりに不憫でなりません。ただの同情心かもしれませんが、それでもこの最期はあまりに悲しい…。
・5章
4章のエピローグからつながっての最後のループ。最後の章だけあって未だに見えていなかった舞台での話だけでなく、これまでに残されていた伏線の回収がメイン。
これまでループの直後に直刃がお世話になっていた矢頭家。その人たちが大坂(大阪)でどのように生活していくのか、そして、47士最年少の右衛門七がどのように一人の武士として成長し、討ち入りに参加したのか。矢頭右衛門七の成長物語として非常に素晴らしかったです。
この章は最後の大決戦をはじめ非常に魅力的な、好きな場面が複数あり、作中でも特に好きな章の1つになりました。
右衛門七の成長物語として見るのであれば、一番印象深いのは山田浅右衛門のところでの修行でしょうか。身体的にも精神的にも幼さの残る右衛門七が、一人前の武士として成長していく様に心打たれました。きなこのくだりは少し予想はしていましたが、それでも胸が締め付けられる思いでした。
それから長助の死とそれに伴う小夜との関係の動きも好きでした。家族と武士の選択。国境での別れの場面で、武士としての選択をした右衛門七の、家族の、妹の前で強くあろうとした姿に涙が溢れてきました。武士としてだけでなく、人としても成長していったことが感じられました。
作品全体の〆の章として見るのであれば、これまでに撒かれた伏線の回収は悪くなかったのですが、少し風呂敷を広げすぎてまとめるのに苦労していたように感じました。
ですが、最後の全員集合大決戦は、少年漫画的王道で実に燃えました。挿入歌としてのOP曲、演出、テキストとあらゆる面から盛り上げてくれたように感じました。しかし最後の直刃の一撃のときのセリフは何故ヒロインたちではなく小夜だったのか…。 私自身小夜は好きだったのでかまわないのですが、疑問点として残りました。
それから、最後の締め方に賛否あるようですが、私としてはアリだと考えています。現代に帰らないまま終わったことに関してですが、あくまでもこの作品は「忠臣蔵」の物語であり、「深海直刃」の物語ではないのだからこれで良いと思いました。現代に戻ってからの話は深海直刃という個人の話であり、忠臣蔵という出来事とは関係の無い話でしょう。
それと、事実を歴史として伝えなかったことに関してですが、このことについても私は変えるようなことをしないで良かったと思っています。そもそも歴史とは、当時のことに関する文書や記録などから「後世の人間が読み解き認識したもの」であり、必ずしも事実と同じではないということだと考えています。なので、事実がどうであれ、現代(直刃が元々住んでいた時代)に赤穂浪士が忠信の英雄であるということが伝えられていることこそが歴史上の事実なので、改変する必要が無いと考えます。
なので、この結末には私は満足しています。
しかし「深海」姓に掛けられた伏線にはさすがに気付きませんでした…。 まさにしてやられた気持ちです。
・まとめ
キャラクター、シナリオ、演出、音楽、テキストとあらゆる面で高水準の作品であり、多少の不満点はあったものの期待していた以上のものを出してくれた。
しかしながら、それでもなお粗削りな部分はあったが、それ以上に製作者側の想いや勢いが感じられたように思う。
新規ブランドらしい「挑戦」に溢れた作品であり、この作品に出会うことができて良かったと心から思えた1作。
インレの今後にも期待したい。