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ban_07さんのグリザイアの果実 -LE FRUIT DE LA GRISAIA-の長文感想

ユーザー
ban_07
ゲーム
グリザイアの果実 -LE FRUIT DE LA GRISAIA-
ブランド
FrontWing
得点
85
参照数
773

一言コメント

FrontWing10周年記念作として出されたグリザイアシリーズ1作目。間違いなく楽しめたし良い作品であったとも言える。が、だからと言って不満点や欠点が無かったとは言えない。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

FrontWing・・・というよりは藤崎氏だが、の作品をプレイするのは「ゆきうた」以来2作目ではあるが、その藤崎氏の魅力とはこういうものであるか と感じさせる場面が多数見受けられ、非常に楽しく読み進めることができた。
だが、だからこそ、個別でのライターの差というものがあまりに強く出てしまったのがもったいなく感じられた。(簡単に後述)


プレイ前から、よく「共通が長い」と言われていたため覚悟はしていたものの、自分の予想していた以上の大ボリュームに少しダレそうになってしまいました(総プレイ時間のおおよそ1/3以上が共通部分でした)。
というのも、共通は短編読みきりのショートストーリーを繋げたようなものであり、物語としての進行がほとんど無かったというのがあります。
主人公とヒロインの関係性をしっかりと作り上げることや、個別に入ってからのキャラクター自身に関係する「過去」に関わる複線など、1つ1つのショートストーリーにも何かしらの意味を見出すことはできますが、それにしても冗長さを感じずにはいられませんでした。
また、学園という舞台の意味をあまり感じなかった というところも少し気になりました。ヒロインたちの年代や、作中何度か使われた「鳥籠」などのような閉鎖的空間を意識させること、教師(という名の大人の監視?)がいることの不自然さを感じさせないように などいくつか理由は考えられるものの、学園である必要性をあまり感じなかったというのが正直なところです。
などと不満点ばかりあげていますが、別に共通が嫌い・苦手だったというわけではありません。 むしろ好きと言っていいでしょう。
共通の序盤は雄二とヒロインたちそれぞれがお互いの距離をはかりかねており、やりとりなどにもぎこちなさなどが感じられ、「こんなもんかなー」と思っていたのですが、お互いが表面的であっても相手を受け止め、仲間のように感じ始めた中盤(具体的にいうならば蒔菜の口が悪くなってきた辺り)以降が一気におもしろくなりました。
お互いの存在に慣れ、やり取りにも気安さのようなものが感じられるようになってからは藤崎テイストが全開だったように思います。そのためショートストーリーの1つ1つに思い切り笑わされ、何度もお腹が痛くなってしまうほどでした。
特に、蒔菜の下ネタ全開のボケやそれに突っ込むようでさらにボケを重ねてくるみちるや幸のやり取りは秀逸でした。


では個別はどうだったのか。私がプレイした順に簡単に触れていきましょう。

まずは由美子。 この√はあまり印象に残っていない というのが正直なところです。というのは、この√はあまり好きになれなかったからです。
護衛や逃避行の辺りは普通に楽しめましたが、ラストがBAD/TRUEどちらもあっさりしすぎていたように思いました。また、内容としては簡単に言ってしまえば親と子の確執であり、未来を夢見ることを諦めていた由美子に雄二が手を差し伸べ自身で未来を掴み取るため前を向くといったもの。
正直なところ由美子の父親がクズ親すぎて嫌いでした。なぜ嫌いかと言えば、私自身の「親はこうあってほしい」という理想像のような親子論みたいなものがあることと関係しますが、これについては流します。長くなるので。

次にみちる。この√はなんと言ってもEDでの演出が良かったですね。EDムービー中に挟まれる「もうひとりのみちる」の親に関する話。 思わずここは泣きそうになってしまいました。
内容としては過去からの脱却でしょうか。これは作品全体を通して言えることでもありますが。自分にとっての大切な存在がなくなってしまうこと、心臓と共に移植されたもうひとつの人格の存在、これらのことから一度は死を選ぶみちるが雄二の協力によって未来へ生きようとする というもの。
個別序盤の恋人ごっこは実にニヤニヤさせられましたね。たまに似非ツンデレがウザイですけどそこがまたかわいかったです。

そして幸。この√は個別の中で1,2を争うくらいに好きです。まさかの幼馴染みには思わず少し笑ってしまいましたが。
内容としては善悪の分別と思い込みを改めるといったもの。幸の「お願いや言う事をちゃんと聞ける子は良い子、それができないのは悪い子」という思い込み(というよりは思考の停止?)の誤りに気付かせようと取った行動は予想はできたものの、本当に校舎を破壊したときは驚き以上に笑いがこみ上げてきました。
個別終盤、特にお見舞い以降の展開は十分予想していたのですが、それでも涙が溢れて止まりませんでした。由美子のところで一度書いた「親はこうあってほしい」という点をしっかりと叶えてくれており、その上で「親の子への愛情」というものを強く感じさせてくれました。
手紙、そしてオルゴール このシーンはほんとに作品全体を通してもかなり好きな場面です。また、ED曲の「この日のままで」も非常に良かったですね。シナリオを意識した歌詞というのは良いものです。

それから蒔菜。ヒロインとしては一番好きですがシナリオとしては少し期待しすぎたかなと。ゆきうたの某使えない妹を彷彿とさせる頭の弱い残念な娘っ子キャラはほんとうにかわいいと思いました。これも藤崎氏の持ち味なんですかね。
逃避行~ラストはなかなか楽しめましたが、それより前の場面が正直なところ「蒔菜かわいい!」くらいしか印象に残ってません。それからなんと言ってもBAD/TRUEの選択肢ですね。上記の3√ではそれほど感じませんでしたが、蒔菜と後述の天音はこの選択肢が実に卑怯でした。思わず「ここで来るのか……。」とつぶやいてしまいました。
よくBADがキツかったと言われていたので覚悟していたのですが、正直インパクトだけでそこまでつらくはなかったです。衝撃を受けたのは間違いないですが。
また、TRUEの雄二の右腕に対する「これで上手いこと悪魔と縁切りが出来たと思えば安いもんだし…むしろスッキリしたさ…」というセリフから雄二自身が再び、そして真の意味で救われたと読めることや、唯一BADにもEDムービーが流れることなどから今作におけるメインの一角を担う√だったのではないかなと思います。

最後に天音。この√は幸と並んで1,2を争うくらいに好きでした。また、この√がおそらく今作中一番楽しんでプレイできた√だったと思います。
序盤の下ネタ全開ながら思いっきり笑わしてくれるやり取りは笑いすぎてお腹が痛くなりながらもクリックが止まりませんでした。まさかHシーン中でもあそこまで笑わされるとは思ってもみませんでした。
そしてこの√の過半数部分を占める「エンジェリック・ハゥル」いわば過去回想ですが、ここは登場するキャラクターのポジションなどからある程度の予想はついていたものの、やはり強烈でした。また、ここでのみ雄二の姉である一姫がちゃんと登場。一姫は自分の中にある「CV青山ゆかりといえばこういうキャラだ!」というタイプそのままですごく良かったですね。
それから、先に一度書いたとおり、BAD/TRUEの選択肢が卑怯でした。あの場面での分岐は実に違和感無く、そして悩まされるタイミングでした。ですが、だからこそあれだけBADが輝いたのではないかなと思います。BADの中では間違いなくこの√が一番良かったと思います。また唯一BADだけのCGが使われていたのもこの√でしたね(蒔菜や幸にも差分という形でCGはありますが別枠でのCGは天音のみ)。
もちろんBADだけでなくTRUEもすごく好きでした。特に最後の、バス停でのやり取りがたまらなく好きです。ED曲のHOMEの歌詞にもある、「天使の子供が今 わたしの罪を許した そろそろ終わりの時間 キミの声が呼んでる」というフレーズがまた、その場面とリンクし、本当に涙が止まりませんでした。
一姫の登場やBADで新CGが使われたこと、そしてTRUEで最後の死まできっちり描かれたことなどから、この√こそメインというか、一番描きたかったことが描かれているのかなと思います。

個別はどの√に関しても楽しめたには楽しめました が、どうしても√によって出来や楽しめた度合いが大きく異なっていました。
例えば藤崎氏の担当した√(蒔菜と天音)では、個別の序盤から下ネタを織り交ぜた掛け合いで笑わされドンドン読み進めていきたくなり、シリアスパートに入ってからは展開にどんどん読まされ、ラストまで一気に駆け抜けました。ですが、他の√では個別の冒頭部分ではヒロインのかわいさこそ感じられるものの、先へ先へと読み進めたくなるほどのものではなく、「ヒロインかわいいなー」などと思いながらも、どこか淡々とプレイしていたようなところもありました。
他にも、上でも書きましたが由美子√(木緒なち氏担当)では、ラストの展開があっさりしており、やや不完全燃焼のような状態でした。護衛や逃避行などの中盤辺りまでがピークだったような気がします。
このように、√ごと というよりも、ライターごとの差というものが強く感じられてしまったのが非常にもったいないなと思いました。



ここまでいくつもの不満点を挙げてきましたが、それを踏まえた上でもやはりおもしろかったのは間違いありません。
10周年の記念作ということでボリュームやシナリオをはじめ、細かい1つ1つの部分に至るまで妥協せずにキッチリ作り込んでいるように感じました。
もともとシリーズ作として発表された作品なので、未回収のままの伏線や、雄二の過去についての掘り下げの弱さなどの気になる点に関しては今回は流すことにしました。最終作までにしっかり押えてくれれば文句はありませんので。