ErogameScape -エロゲー批評空間-

astroさんの時を紡ぐ約束の長文感想

ユーザー
astro
ゲーム
時を紡ぐ約束
ブランド
あっぷりけ
得点
59
参照数
1471

一言コメント

主題に至るまでの過程が長すぎて、半端な出来になってしまった作品

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

ネタバレ満載なので以下ご注意下さい。






美咲ルートのあらすじ。
些末な事から客の反感を買ってしまい、謂れ無き誹謗で炎上させられた草壁庵。
客足が遠のき経営難に陥るだけではなく、養護施設から里親能力の欠如を指摘されてみりあと別離させられてしまう。
最期になってみりあの願いに気づいた颯人は、みりあを再び湯之原で迎え入れるため、地元の人達と共に地域復興を目指す――といったお話。

結論から言ってしまうと、湯之原の復興は何事も無く成功し、颯人と美咲が結婚してみりあを養子として迎え入れて大団円エンドとなる。
再興物語は好きだし、家族愛も好物な私だが、だからこそこの物語に不満と思える点が多々あった。



まずは、颯人たちの地域復興の動機。

颯人は作中で幾度と無く「湯之原は良い町だ。だから守りたい」といった旨の心情を吐露するのだが、私には湯之原が良い町だとは到底思えなかった。
心春ルートでは、唐突に学園が生徒会に牛耳られているという話が展開され、反逆者は生徒だろうが教師だろうが退学・退任させられるというなかなかにぶっ飛んだ設定が登場。
穂乃香ルートではヤクザによる抗争が勃発。それも、学園にバイクで突撃して生徒とバトルしたり、駅前だろうが平気で殺害を遂行しようとしたり。そんな展開が延々と繰り広げられる。
メインキャラ達の様々な思惑など無関係に、この時点で単純に「近寄りたくない町だな」と感じてしまった。

草壁庵に限って言えば、趣きのある佇まいに、ワケありな颯人に親身に接してくれる従業員。
施設で過酷な経験をしてきた彼らにとって、宿を守りたくなる意識が芽生えるのは理解できる。
しかし、草壁庵以外、つまり湯之原全体で見た時に、そんな魅力がどこにあったのか理解が出来なかった。

一方では町の醜悪さに翻弄され、一方では町の復興を目指す。
そもそもこの2つの食合せの悪さは致命的で、没入感を損なうには十分過ぎた。
ライター自身が「町の良さ」を描写する気がないのではないだろうか、と邪推するほど。
「風情ある温泉街」という印象が先行した結果、読者への広報活動が疎かになってしまったのか。
それとも、草壁庵の良さと町の良さをイコールと錯誤してしまったのか…。

おまけに何の嫌がらせか、美咲ルートにはルートロックが掛かっており、意図的に最後にプレイさせるような構成となっている。
ロックが掛かっているということはそこにライターの意図が介在するはずである。
まあ、実際には深い意味は無く、単純に美咲ルートで他のルートのエンディングを含むようなシナリオになっているためなんだろうけれども。

町の暗部をこれでもかと見せつけられた後に、その町を救いたいと思うだろうか。
少なくとも、私は露程も救いたいとは思えず、キャラたちの心情に全くついていくことが出来なかった。



次に、家族愛について。

結局本作(メインの美咲ルート)が描きたかったのは、血のつながりなんてものは重要ではなく、絆さえあれば本当の家族になれる…ということなのだろう。
颯人とみりあの関係については、"親子としての期間"は申し分なく、またエピソードも実に親子を感じさせるもので、血縁関係のない親子関係を築くのに十分な内容ではあると思う。(描写としては不十分ではあるが)
頻繁に挟まれる入浴シーンも、その関係性を印象づけるイベントとして一役買っている。
ただ、何年越しかの再会時に美咲を開口一番「おかあちゃん」として受け入れる点。これだけはどうしても納得がいかない。
というのも、美咲とみりあが過ごした時間は颯人とのそれと比較して非常に短期間で、また、上述した入浴シーンのような"家族の絆"を感じさせる印象的なイベントが不足していたからだ。

確かに、湯之原を訪れてからのみりあは美咲と仲が良く、いたく良好な関係を築けていた。
しかし、あくまでそれだけである。
これなら、3人で一緒に風呂に入った穂乃香や、湯之原の風景を眺めながら弁当を食べたりした心春の方がまだ印象深かったなぁと。

エピソードを印象づける手法としては、やはりCGの力は欠かせないと思う。
上述した穂乃香や心春はCG付きであったため、プレイ後にも記憶に残りやすい。
唯依ルートの迷子事件の時に美咲がみりあを優しく諭す場面があるが、尺としては十数クリック程度であるし、CGもないため、些かパンチ力に欠ける。
美咲とみりあが一緒に映っているCGが最後の最後まで無い時点で推して知るべしといったところか。
まあ、そもそも共通終盤からグランドエンディングまでみりあが全く登場しない構成にした時点で、親子愛を描くのは無理があったのかもしれない。
再会シーンをエピローグに据えたのは失敗だったように思う。

あと、「子は親を恨まない」という颯人の意見には首を傾げざるを得ない。
今回のような、児童養護施設が問題の発端となっている物語では尚更だ。
人間である以上、相手が親であろうと恨んだり不満に感じたりすることはある。
それでも、親が最大級の愛情を注ぐことによって芽生える絆こそが親子愛なのだろうと思う。
母親をずっと待ち続けたみりあが、親子らしいイベントもなく美咲を母として迎え入れるのにどんな葛藤があったのだろうか。
「みさき」と言いかけて「かあちゃん」と言い直した再会シーンから、精一杯に努力して受け入れようとしているのが見て取れる。
その無償の愛に甘えて「恨まない」と評しているのなら、颯人の子に対する価値観は傲慢以外の何物でもない。
戸籍上ではなく、本当の意味で美咲とみりあが親子の絆を紡ぐ過程を描写をして欲しかった。



一方で、唯依ルートに関しては比較的綺麗に纏まっており、読後感は良い。

この主人公はよくある謎のモテモテ対質で、行く先々で女性を虜にしてしまっている。
唯依も例に漏れずその一人ではあるのだが、作中で昔に出会っていた旧知の仲であることが判明。(幼馴染ではない)

唯依の趣味である絵画は、幼少期に初めて描いた絵が颯人に好評であったために今も続けられているとのこと。
いつの間にやらヒロインの好感を得ている本作では珍しく、颯人への熱烈な好意を示すファクターとしては十分な説得力を有している。
きっかけである絵画を主軸に物語が進み、エンディングまでブレること無く描かれており、筋の通ったシナリオとなっている。

また、親の再婚問題にも触れられており、本作が主題としている"家族愛"に関わっている。
ほんの少しではあるが唯依が母親の彼氏と対立する描写もあり、美咲ルートのやることなすこと全てが上手く行くサクセスストーリーよりは自然で、腑に落ちる。
まあ、相変わらず全体的に淡白かつ断片的であるので、描写不足感は否めないのだが。
それでも、チンピラと踊り続けた穂乃香ルートやよく分からないまま物語が終了した心春ルートよりは断然出来が良い。



CG・システムなど。

本作のメイン原画はお馴染みオダワラハコネ氏と、師走ほりお氏。
この師走ほりお氏の絵であるが、とても可愛らしい表情と柔らかそうな肉付きが素晴らしい。足が綺麗に描ける原画家って素敵。
特に、心春の立ち絵はスレンダー系であるのにむっちり感はしっかりと出しており、上目遣いの表情も秀逸。
個人的に、今までプレイしてきた中でも相当出来の良い立ち絵だなぁと。
私はエロゲにおいて立ち絵は相当に重視しているため、絵に関してはかなり評価している。
唯依ルートのラストのCGなんかも、幼さと大人びた雰囲気がいい塩梅に内包されており、一発でお気に入りに。

システム面では、あっぷりけお馴染みのフローチャート実装済み。
本作では複雑な分岐が無いため過去作と比較してそこまで重要性は感じないが、時系列的に物語の概要を追えるというのはとてもありがたい。
また、全ルート攻略後に開放される立ち絵鑑賞モードであるが、なんと足の先端まで鑑賞できるという優れもの。
普段から立ち絵の下半身が蔑ろにされていることに不満を漏らしているため、これは非常に嬉しい不意打ち。
これは是非全てのメーカーに実装して欲しい。主に私が狂喜するので。

音楽。
まず個別にEDテーマがないのは非常に残念。
OP・挿入歌は可もなく不可もなく、といったところ。
BGMは、あっぷりけではお馴染みの鷹石しのぶ氏。
温泉街という舞台設定もあってか、全体的に大人しめな曲調。

「温泉宿の生活」「喜気は猶お春のごとし、心の本領なり」
「草壁庵」「ただひたすらに」「スケッチブック Arr. -坂道の上-」あたりがお気に入り。



総評

主題の"家族愛"に至るまでの過程が長すぎて、半端な出来になってしまった作品。
みりあと分かれてからは復興一辺倒で、肝心の家族愛については明らかに描写不足。
さらに、その復興は他のルートとの相性が最悪といっても良い程で、お粗末な結果に。

CG・BGM・システムは高水準だがシナリオが割と酷いレベルで詰め切れていなかったかなぁといったところ。
あっぷりけの過去作と比較すると、どうしても完成度の低さは否めない。

次回作は購入するか分からないが、あっぷりけは愛着のあるブランドなので是非頑張って欲しい。