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astroさんの紙の上の魔法使いの長文感想

ユーザー
astro
ゲーム
紙の上の魔法使い
ブランド
ウグイスカグラ
得点
79
参照数
923

一言コメント

シナリオの完成度は非常に高い反面、演出面はかなり杜撰。キャラクターも魅力的に描き切れていない印象を受けた。(追記)

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

「恋とは、甘くせつないものではなく。苦しみと痛みに塗れた、泥臭いものなのだ。」(公式HPより抜粋)

「紙の上の魔法使い」を端的に表現するなら、この一文こそが最も相応しい。
体験版のラストで前向きな展開を見せたが、決してそんな優しい物語ではなかった。
これはどうしようもなく悲しく辛い、恋と成長の物語である。


 先に言ってしまうと、本作は読み物として非常に良く出来ており、個人的にもシナリオ面では大いに満足した作品だった。
複雑に張り巡らされる伏線と、息もつかせぬ展開の連続。
基本的にエピソード毎に山場が用意されているため、ダレることなく読み進めることができるテキスト。
そして、次々と衝撃の事実が告げられ、孤立していたと思われたエピソードが終盤で一つの線となるのだ。

 特に、かなたにまつわる伏線回収は本当に脱帽させられた。
ルビーが開いていると見せかけてブラフだった二章。サファイアが開いていると見せかけて他の本が開いていた三章。
所謂"邪道"な展開が続いたため他のイレギュラーを想定したところ、「開始前から本が開いていた」という展開はどこかで発生するだろうと前々から思っていた。
だがその対象がかなたであり、その本がサファイアであった事実には大いに驚き、それと同時に得心してしまった。
記憶を受け継いだアメシスト等、小さな違和感を少しずつ読者に与えて、終盤に一挙に昇華させる手腕には最大級の賛辞を贈りたい。
本作のライターの過去作は未経験なのだが、こういったカタルシスを与えることに定評があるのだろうと思う。

 ただ、本作はとても人を選ぶであろうことは想像に難くない。
個別ルートであろうが多くのヒロインが凄惨とも言える苦難にぶつかり、最後は大抵バッドエンドを迎えてしまうのだ。
▼▼2014/12/28追記▼▼
 ここで、私が大抵バッドエンドだと感じた理由について書き加えておく。
確かに個別エンドでは、どんな絶望的状況だろうと本人たちは間違いなく幸福なひと時を過ごしたのだろう。
しかし、後々明らかになるが、三章終了時点で既にオリジナル瑠璃は死んでしまい、紙の存在となってしまっているのだ。
 妃ルートでは心中を選んでしまったが、紙の存在が傷つかないのなら、焚書された妃は消滅しても原本が現存する瑠璃は生き残るはずである。
(ただし、紙の存在が焼死するか否かは言及されていないため、ほんの少し想像も含まれている。)
教会で、瑠璃は「妃のいない世界に興味ない」「くだらない設定から逃げ出そう」と言っているため、いまだ瑠璃は悲願を達成できていないはずだ。
生き残った後の展開を想像すると、一度覚悟した想いを裏切られ、孤独となってしまった瑠璃は更に絶望してしまったと考えられる。
 設定から一瞬でも逃げ出せたことがハッピーというのなら、設定によって生かされている瑠璃はどうなるのだろう。
その時点では自覚してないとはいえ、空想の産物として生きていること自体が設定上のものであるならば、その事実に向き合わない限りハッピーエンドとは言えないのではないだろうか。
以上が、私がバッドだと思った理由である。
▲▲追記ここまで▲▲
少なくともハッピーエンド至上主義には全くそぐわない作品である。
そういう意味では、世間一般のエロゲとは一線を画す物語であると言えよう。

 一方で、どうしても許容できない不満もかなりあった。
ほぼ理想型に近いシナリオだからこそ、エロゲーという括りで見た欠点について触れていこうと思う。


●シナリオ

 第十二章。
抑えられない嫉妬心が無意識に他者を傷つけ、絶望のどん底に突き落とす。
その事実に恐怖して孤独な世界に閉じこもった夜子を、瑠璃たちが救い出す話。

 実質的な最終章である(と個人的に思っている)が、ここに来て私は瑠璃の主張に疑問を感じてしまった。
無意識の排撃に恐れ慄き、叶わぬ恋心を抱き、孤独を選択した夜子に「現実を見ろ」(意訳)と説得する瑠璃。
果たして、妃が死んだことを知るやいなやあっさりと自殺という最終手段で現実からの逃避を選択した彼は、その説得の正当性を証明できるのだろうか。
(瑠璃の自殺前後の心情はあまり語られなかったため、あっさりという表現は些か不適切かもしれないが。)
勿論、妃を失った悲しみで自殺を選んだこと自体に関しては、生前の溺愛っぷりから考えても何ら不自然な点はないし、当然の帰結とも言える。
ただ、第三者視点のプレイヤーである私からすると、現実への復帰を促す瑠璃にどうしても訊かずにはいられない。
瑠璃は死ぬことで現実逃避を選んだじゃないか、と。
生に対する執着という物差しで考えると、必ず自殺が序列のワーストになってしまうのだ。

 ただ、これはあくまでオリジナル瑠璃と空想の瑠璃が完全なイコールであると前提した場合である。
では、本から生まれた空想上の瑠璃は、オリジナルの記憶や性格だけを受け継いだ"別個体"であると想定してみる。
そもそも妃ルートでの妃は紙の上の存在を全否定していたし、恐らく空想の存在はどこまでも空想なのであってオリジナルの代わりとはならないのだろう。
なるほど、そう考えると自分自身が引き起こした事象ではないのだから、過去の自殺について言及される謂れはない。
 しかし、その前提に基づくと、今度はヒロイン達との恋愛模様について違和感が噴出してしまう。
彼女たちは、別個体であるにも関わらず、特に何の葛藤も経ずに空想の瑠璃をそのまま受け入れてしまっていることになるのだ。
精々、実は死んでいたという事実に驚いた程度であった。
悲恋をテーマにしてあるこの作品において、その真実に苦悩するヒロインの過程は絶対に省略してはならない描写だと考える。
愛していた人が既に死んでいて、今はそっくりの空想の産物でした――なんて如何にも悲恋に相応しい展開だろう。
 イコールなのか別個体なのか。たとえどちらの設定だろうと、キャラクターの行動に違和感を覚えてしまう。
これがシナリオにおける拭い切れない疑問点であった。


 感情的な話では、やはりクリソベリルを許容できるかどうかが結末の評価に大きく結びつくだろう。
長くなるので詳細は省くが、彼女がヒロインや主人公達にしてきた仕打ちは、まさに残虐非道なものであった。
十三章では初めてクリソベリルの過去が語られるのだが、私個人としては何の同情心も湧かなかった。
そして空想の世界とはいえ身体を重ねてしまい、結局クリソベリルは図書館の人間からあっけなく受け入れられて終了してしまったのだ。
決してクリソベリルの過去と犯した罪の比較をして言っているわけではないが、少なくとも現世の被害者には罰する権利があるはずである。
これが多数あるエンドの一つの形として扱われるのならとやかく言うことは無かったのだが、TRUE ENDと銘打たれてしまってはそうもいかない。
ヒロイン達の理不尽な経緯を何十時間も目の当たりにしたその先に、諸悪の根源があっさり許容されてしまう現実が待ち受けていた事こそが、読者の私にとって最大の理不尽であった。
無論、これはあくまで個々の感情の話であり私の我儘に過ぎないことを付け加えておく。

 ちなみに、TRUEクリア後に開放される予約特典シナリオ「蛍色の光景」は、妃が飼っていた猫の蛍視点の物語なのだが、これは重要な役割を持っていると感じた。
被害者たちが瑠璃に免じてクリソベリルを許すなどと甘い対応をしている中、蛍は唯一敵対のスタンスを取っているのである。
「この先何があろうと絶対に許されない罪もある」という厳しい事実を読者に伝えているのだ。
ライター曰く、雑談的なおまけシナリオなので無くても問題ない、としているが、決してそんなことは無い。
十三章をやったのならこのシナリオも読まなくてはならないだろう。


●キャラクター、演出

 ここまで重箱の隅を突くようにシナリオの不満を述べてきたが、それも偏にシナリオの完成度が高いためである。
伏線回収は本当に見事だし、読み物としてはとても楽しむことが出来た。
しかし、これはあくまで読者に選択肢を与えられているエロゲーであるため、キャラの魅力・BGM・CG・演出など全てを引っ括めて評価しなければならない。
それを考慮すると、かなり貧弱な面が浮き彫りになる。

 まずは、キャラクターにあまり魅力を感じなかったこと。
抜きゲーや陵辱物であるのなら内面描写はそこまで重要ではないと思うが、これはどうしようもないほどの恋物語である。
私は、恋愛物として必要不可欠な物は、主人公とヒロインの"普段"の関係性や内面描写、つまり何気ない日常の一コマであると考える。
そういうヒロインの「何気ない可愛い一面」を引き出す要素は皆無と言っていいほどで、ひたすらプロットをそのままなぞっているだけに感じられてしまった。
ヒロイン達の性格は文字としては認識できたが、それを裏打ちする具体的なエピソードが決定的に欠けているのだ。
それだけに、本当の意味で平和かつキャラの内面を引き出すことに成功した日常回である第二章を、私は大いに評価している。
 「上質なプロットには無駄なシーンが一切ないのです」。
なるほど、ミステリー小説ならそういう日常描写は不要なのかもしれない。ただ、これは読者に選択肢を与えている恋愛物のエロゲーである。
恋愛物における個別ルート分岐の選択肢とは、極論を言うと、そのキャラを好きになったかどうかを読者に尋ねているのだ。
そのための判断材料を疎かにしたことは、選択肢有りのエロゲーとしては評価を下げざるを得ない。

 次に、体験版の時点から散々言われてきたことだが、世間一般の商業エロゲーと比較して非常に多くの誤字が散見された。
具体例はあまり記憶していないが、「位置」を「1」と誤変換するなど、流し読みをしても気づく程の誤字はあまりにも杜撰。
多少の漢字ミスなら許容できるが、一瞬思考してしまう程に意味がかけ離れた誤変換だと、物語に没入していた読者は一気に現実に引き戻される。
シナリオに直接影響を与えるものではないが、読者の感情を考えると避けられない問題だ。シナリオ重視の作品なら尚の事である。
公式生放送を見ていたため、少人数体制で毎日誤字取り等に追われていたことも重々承知の上だが、商業ではそんな言い訳は通用しないだろう。
私自身、厭味ったらしい指摘だと思うが、ご容赦いただきたい。

 演出面でも、貧弱と言わざるをえない。
まず、効果音が殆ど使われていない点。私が記憶しているのは、ページ捲りの音ぐらいだった。
例えば、かなたが押し倒されるシーンや、本を破り捨てるシーン、ドアを開けるシーン。
効果音がありそうな場面をいくつかロードして振り返ってみたが、いずれも効果音は用いられていなかった。(開幕の波音はSE分類だろうか?)
また、同様に画面効果も貧弱。(画面を揺らす、背景をスライドさせる、など)
本作で用いられた画面効果は、全て同時間のフェードアウト・フェードインのみではないだろうか。
効果音や画面効果は読者に情景を思い浮かばせるための大切な要素である。
こういった演出は、小説にはないゲームの大きな利点であると思っているのでどんどん活かして欲しいと思うし、こういうアドバンテージを切り捨てたのは本当に勿体無い。
(私の記憶違いで、もし効果音や画面効果が他にも使われていたのなら本当に申し訳ない。)

 CGについて。
公式生放送で、「立ち絵は初期の頃の絵で、後半のCGは最近のもの。描いている途中で成長した」(意訳)と言っていたと記憶している。
上の不満に比べたら些細なものであるが、作中で絵のタッチが変わってしまうのはあまり良い傾向ではないと思う。(立ち絵と終盤のCGを見比べるととても分かりやすい)
ただ、どれもキャラクターは可愛く描けているし(元々私は絵目的で興味を持った)、絵そのものに関しては素晴らしかった。
背景CGは外注らしいが、こちらも非常に美麗。そこらの有名メーカー並かそれ以上だと感じた。

 BGM、音楽関連。
何より驚いたのが、ボーカル曲が一切用いられていないことである。
近年の商業エロゲーにしては非常に稀有である。
これについては、「本だから読み終えた後は音もなく閉じる方が良い」という意見も理解できる。
が、やはり読後の余韻を味わうためにどうしても欲しかったというのが正直な心境。
一行「○○END」とだけ表示されてパッとタイトル画面に戻るのは何とも味気ない。
(公式生放送でポロッと漏らしていたが、予算削減でボーカル曲は無しになったらしい。)
 BGM数は20と、この規模の作品にしては若干少なめか。
展開が大体ヘビーなので、曲調はダークなものが殆ど。
ただ、「静かな決意」やPVのBGMなどはとても気に入っており、全体的なBGMのクオリティは高い。

 最後に、エロシーンについて。
これに関しては端から期待していない人が殆どだろうが、非常に短く淡白。
シーン数は各ヒロイン各3回(+α)の計13回。
時間も短いため非常に少なめに感じるが、シナリオ一本勝負の作品としては頑張った方だろうか。


●総括

 シナリオに関してはとても完成度の高い作品であった。
複雑に絡み合った伏線を纏め上げて回収していく手腕は本当に素晴らしいとしか言い様がない。
結末は大いに人を選ぶ作品であるが、シナリオの構成は秀逸で非常に高水準。
 ただ、内面の掘り下げ不足によるキャラクターの魅力の欠落はかなりの痛手。
エロゲーとしてではなく、小奇麗に纏められたプロットを読み上げてるかのような感覚だった。
 また、システム面(誤字、演出など)に関しては正直かなり杜撰だと言わざるをえない。
こういう演出はゲームならではのアドバンテージであるので、どんどん活かしていって欲しい。

 総評すると、シナリオ面のみを評価するのならかなりの高得点をつけたいが、エロゲーとして評価するならかなりの下方修正を掛けざるを得ない。
私自身はシナリオを重視する傾向にあるが、同じくらいにキャラの魅力を重視しているので、非常に点数を付けづらいのが正直なところ。
キャラの魅力をもっと濃密に描いていれば90前後は堅かった。

 散々こき下ろしてきたが、それもシナリオの完成度が高かったためである。
間違いなくプレイして良かったと声を大にして言える作品だった。
 次回作では、シナリオ面以外での成長にも着目したい。