あらすじを読んだ時点ではややネタ寄りの作品なのかなといった印象を受けたが、読み進めていく度に別の魅力が生まれていく上、描かれている物語の質も高い。紛うことなき名作であった。
親友が造り出した装置のせいで主人公とクラスの女子が入れ替わる。導入部分はまあぶっ飛んでいて、そこに至るまでにも親友が真性のゲイであったり、ヒロインにも癖があったりとツッコミどころがいくつもあった。なのではじめは入れ替わりを軸にエロとギャグを絡めた物語が用意されているのだろうなとばかり思っていた。
しかしながらいざ読んでいくと、入れ替わり要素を上手く活かした、入れ替わったからこそ書ける物語が用意されていた。しかもどれか一つの出来が良いというわけでもなく、上質な物語がいくつも用意されている。これは本当に嬉しい誤算であり、二つほど話を読み終わった時点で本作に対する認識を改めた。
また、シナリオが凝っているだけでなく、コメディ作品としても充分以上の出来で、ふとした瞬間に挟まれる笑いが良い緩衝材になっている場面なんかも多々存在した。これは読み終えた後に気付いたことだが、本当にその辺のバランス調整が上手かったなと。だからこそ、あんなにも読後感が良かったわけだ。
そして、私が最も嬉しかったのは入れ替わりを生かしたヒロインとの恋愛を描くだけに止まらず、親友である二人を絡めた物語まで準備してきてくれた点。しかもおまけレベルのシナリオではなく、これまた胸に沁み込んでくるようなものであったため尚更。こんなことまでやってくれのかと、喜びのあまり変な汗まで出てきた。
以下ルートごとの感想
●美音
天然という言葉が最も相応しいであろう女の子。入学時から優樹に淡い恋心を抱いているのだが、その想いをずっと伝えられずにいた。そんな状態で優樹と入れ替わってしまうのだから面白くならないわけがない。
入れ替わったことでお互いに別の身体で生活していかなければならなくなり、身体的な変化は勿論、家庭環境までガラッと変わる。その辺については本√が最も丁寧に描かれていたかなと。美音の母親をいい意味で巻き込んでくれた。
いきなり女性の身体になり、ダメだと分かっていても自慰行為をしてしまう美音(優樹)や、男性の身体になり本能を抑えきれずに美音(優樹)を襲ってしまう優樹(美音)などなど、見てみたかった光景もしっかりと詰まっていた。普段はふわっとしている美音が男性の身体を手にしたことで文字通り豹変するところが実にそそる。
また、エロ方面だけでなく終盤に描かれる物語の出来も良く、優樹(美音)の事を好きだと自覚し、薫子から取り返しに行くまでの流れは王道ながら熱いなと。女の子になっても主人公は主人公なのだと、それを強く実感させられた。加えて協力者の存在もまた良い。日常で絡みが多かった分、「おおっ!」と嬉しさのあまり恋を上げてしまったのをよく覚えている。
お互いの身体に戻り本当の意味で交わる二人のシーンも非常に良くて、サブタイトルを上手く回収していた。後のお話達と比較するとやや抑え目な印象を受けてしまいがちだが、間違いなく面白いお話だったなと。ラストの美音の表情がとても眩しい。
●智代
お嬢様にして博士の従兄妹。しばらくの間、日本を離れていたが数年ぶりに帰国。優樹の幼馴染でもある彼女は、かつて優樹と交わした約束を果たそうとしていたが、当のお相手は忘れているというやや切ない始まり方をしていた。
よくあるパターンであれば、主人公がヒロインと接していくうちに約束を思い出して終わりだが、本√はそこに入れ替わり要素をプラスしてくる。入れ替わりを通じて彼女の努力と苦悩を優樹自身が体験し、彼女の魅力に気付くことができる。約束以上に相手の事を知るという部分に着眼点が置かれていたのが良かったなと。凄く新鮮な気分で読むことができた。
個人的に「努力かなお嬢様」というのはかなり好きな部類のヒロインなので、そこを丁寧に描いてくれた点は非常に高く評価している。ややパンチは弱めながら、充分に良い話だった。
●真言
お下げ髪な眼鏡っ子にして図書委員長というベタベタに塗り固められたような設定の彼女だが、その設定の奥に潜んでいたものはもっと凄い。正直、所見は軽く引いてしまったが、後々考えるとまあ悪くはないルートだったのかなと。
意外性だけに目をとられがちではあるが、彼女を一人の女の子として見て話を追ってみると、だいぶ印象も変わる。とはいえ「面白い」と感じる場面は少なめなので、個性を活かし、もっと工夫をしてほしかったなというのが本音。
●サユリ
優樹たちのクラスメイトであり、美音の親友。サバサバとした性格からまあ入れ替わっても明るく面白可笑しい掛け合いが見られるだけの、言ってしまえばシーンメインの話だろうなと考えていただけに、話への力の入れようには驚かされるばかりだった。全√中、最も力が入っていたと言っても過言ではないだろう。
女性でありながら女性に対して行為を向けてしまう。そして、その相手は親友である美音。これまでは関係を崩したくないがために自身の想いを抑えていた彼女だが、有樹と入れ替わった事で彼女の心境にも変化が生まれた。「チャンス」だと、そう思ったわけだ。
有樹の身体を利用して自身の秘めていた想いを美音にぶつける。人としては最低かもしれないが、そんなことは知った事じゃないと、彼女の並々ならぬ想いに打ちのめされた。
そして、それは有樹も同じであり、サユリの事を好きでいつつも彼女の行いを応援してしまうという歪な関係が出来上がっていた。何故そんな行動をしてしまったのか、有樹の気持ちもよくわかってしまうのがこのシナリオの凄いところ。
また、サユリには菜花という肉体関係を持った相手がいて、その菜花も三人の関係に深く入り込んでくる。この子がまた厄介で、飼い主に縋り続ける犬のようにサユリにぴったりとくっついてくる。
そんな最低な関係にも終わりは訪れるわけで、美音の気付きにより各々の関係は破綻する。にしても美音のお弁当の件には思わず舌を巻いた。あの彼女が名探偵になってしまうだなんて、恋心の持つ可能性の大きさに改めて驚かされた。
加えてこの√の結末が真に素晴らしいのは、共犯者である二人が結ばれない点。二つのうち一つは元に戻った後に身体を重ね、近しい仲にはなるものの、やはり明確に「付き合う」描写はない。これが本当に良かった。
軽く振り返ってみても間違いなく最高のシナリオだったなぁと思う。
●博士
優樹の親友にして優樹の貞操を狙っている真性のホモ。優樹が乳製品を飲食する姿を見て興奮するあたり相当の変態。まあすべての元凶とも言っていい彼だが、有樹を想う気持ち自体は本物で、他√では有樹が誰と付き合うと自分は有樹の事を好きでい続けるし、それでいいとまで言ってのけた。
この√では博士がホモになってしまった原因に触れられる。面白かったかはさておきお姉ちゃんは中々良いキャラしていたなと。エロ特化とでも言うべきか、こういったルートも一つくらいは欲しかったので、そういう意味でも案外嫌いになれないお話だった。
●巌
優樹のもう一人の親友であり、作中では最も真面目且つ誠実なキャラクターだった。そんな彼とサユリに入れ替わった主人公が付き合う事になるというのが主な内容であり、意外性はあまりない。しかしながら本√は読んでいて実に面白かった。
まず巌というキャラクターが本当に良いやつで、ヒロインに対して主人公の魅力を語っている姿はまさしく親友のそれだ。女性に対して免疫がないく余所余所しい態度をとる彼だが、主人公の事になると嬉しそうに喋り続けることができる。ああ、最高の光景だなぁと親友キャラを強く意識して読みがちな私としては大満足の会話だった。
彼が良いやつなのは付き合ってからも同じで、シナリオ全体が彼の魅力を引き出すような、そんな作りしていた。あんな光景見せられたら男であろうと女であろうと惚れてしまうだろう。
そして、この√で驚くべきは入れ替わったまま幕を閉じる結末があること。十数年間共に付き添った肉体を捨て、文字通り新しい人生を歩み始めた二人。そんな二人の表情を実は穏やかで、楽しそうであった。こういった結末があっても良いなぁと考えていたので非常に嬉しい。
総じて素晴らしい作品だったなと。できれば埋もれないでほしい。