序盤は少し不快感を抱いてしまう場面も存在したが、物語が進むにつれて段々と本作の魅力に気付き始める。優しさと温もりがこれでもかと詰め込められた素敵な一作だった。
主人公がかなり難アリの言ってしまえば屑に近い性格だったのもあり、読み始めの頃はその理不尽且つ自分勝手な発言に苛立ちを覚える場面も少なくなかった。野乃花を送り返す場面なんかはメイドたちと同じ気持ちになったものだ。
また、個別√派生後に迎えるえっちシーンについても同様に酷い。常に勝ち気で前に進み続ける性格なら好きになれるが、肝心な場面ではヘタレに成り下がるあたり、やはり好きにはなれないなと。
そんなわけで序盤は良いところなんか見当たらない主人公であったが、そんな主人公のおかげで周りの存在、メイドたちが映えていたのも事実。加えてそのメイドたちと日々を過ごしていくうちに主人公自身にも変化が訪れるため、今はああいった性格で良かったなぁと感じる。
主人公もだが、ヒロインもかなり個性豊かな面々が揃っていて、一見まともそうに見えるヒロインにも必ず裏事情がある。ある意味主人公にぴったりのヒロインたちを用意してきたなと思う。そして、そんな欠けている人物たちが織り成す物語は実に面白かった。
まず共通√の時点で良いなと感じる場面がいくつもあって、中でも野乃花が絡んでくる場面なんかは読んでいて非常に心地よかった。はじめは自分から遠ざけようとしていた主人公も、野乃花の愛らしさに当てられ軟化していく。あの我儘王子様がいつの間に本当の父親のような姿を見せるようになるだなんて、すごく良い話ではないか。
個別√に関して個々に語っていきたいと思う。
●南
ツンデレ暴力系ヒロインということで、私にとってど真ん中ストライクなヒロインであったが、話の出来としては少し残念だったかなと。というのも彼女が主人公を好きになるきっかけがあまりにも適当過ぎたのだ。まあそれだけチョロい女の子なのだと言われれば納得はできるし可愛いなとも思う。ただ、やはり核となるストーリーを用意してほしかったというのは正直な気持ちだ。
しかしながら良い点もあって、それは咥える練習をするシーンで、真面目で一生懸命な南ちゃんを見て一層彼女の事を好きになってしまった。また、かなたの台詞がさりげなく裏事情の伏線になっている点も評価したい。
●藍理
個性豊かなヒロインたちの中でも一際変わっている彼女のお話はごくごく普通の恋愛ものといった感じで馴れ初めから呼び名を決めるまでの流れはどこをとっても甘酸っぱかった。他√では傲慢な態度をとりがちな主人公が、まるで恋を初めて知った少年のようになっているのが少し面白い。
この話で一番良かったのは藍理を家族の下へ帰そうとしなかった点で、あくまで主人公と藍理の物語が描かれていた。家族との関係が上手くいっていないから修復してハッピーエンドな物語であったらかなり面白さが落ちていたと思う。無理に踏み入らず、彼女の幸せだけを考える。そういった話作りに好感を覚えた。
●かなた
男でもいいの選択肢を何度も選びそうなるくらいにはかなたというキャラクターは魅力的だった。実は女の子であるという事については初めてすぐに気づいたが、私としては男であっても問題なかったと思う。まあ一般受けはしなそうではあるが...。
この√はすごくシンプルで、かつてかなたの主人だった男が関わってくる。実質、敗走のような形で幕を閉じるのだが、私はあれで良かったと思う。きっと今までの主人公であったら反撃し続けたのだろうが、大切な人を守るためにああいった判断をしたのだと考えると納得がいく終わり方だったなと。もう少し丁寧にやってほしかった気持ちはあるが。
●夕絵
メイド長であり、一番のお姉さんでもある彼女。にもかかわず√の中身は凄く子供らしい想いが込められた内容であった。この話に関しては主人公とヒロインの恋愛よりも夕絵の生い立ちと、それから秋山との関係の方が映えていたなと。一流の殺し屋でありながら拾い子に情をもって接し、育て上げていただなんてそんなの好きにならないわけがない。
だからこそ個人的には秋山と夕絵の話をもっと掘り下げて書いてほしかったのだが、そうなると主人公が空気になってしまうので難しいの理解できる。本当におまけのショートストーリーでいいから二人の過去をもっと読みたかった..。
●姫子
主人公の幼馴染であり、将来を誓い合った相手だが案の定、主人公は覚えていない。それでも主人公を何とか振り向かせようと頑張る彼女は健気そのもの。他√では落とし穴を作ったりとまあまあやばい事やってくれるが、そこはご愛敬。
√の中身も彼女の健気さを前面に押し出したようなもので、フォアグラが食べたいと言う主人公のために泥だらけになってまで缶詰を集めるなどなど。立場や家柄は関係にない、ただ好きな人のために尽くす彼女の想いが実に美しかった。
●ハーレム
ここまではその辺に転がっている作品とさほど変わらない出来だったが、このハーレム√だけは違う。共通で良いなと感じていた部分に焦点が当てられ、優しくて温かな光景がいくつも映し出されていく。各々の誕生日が来たら周りが盛大にそれを祝ったり、メイド同士で主人のために何ができるか相談したり、本当に素敵なシーンばかりが詰め込まれていた。
後半になってあの親父が出てきた際には少し不安も感じたが、そこからがまた良かった。皆を守るために主人公が出した決断、野乃花の必死の訴え、そしてメイドたちがとった行動。そのどれもに感涙してしまった。あの空港のシーンは本作で一番の見所だと私は思う。
●野乃花
まさかまさかの√であったが、あれだけ素敵な人物達の中で育ったのだ。彼女が憧れ、恩を感じ、やがて好きになる気持ちもよくわかる。個人的には最後まで父娘の関係でいてほしかった気持ちもあるが、これもまあアリなのかなと。何よりラストシーンが凄く良かったので文句はない。本当に最初から最後までみんな一緒で、そう思うと同時に涙が溢れ出ていた。
正直ここまで良い作品になるとは想像もしていなかったので、読後は軽い放心状態になってしまった。また一つ好きな作品に出会うことができました。ありがとう。