各々が感じる楽園とはどこを指すのか、タイトルの扱われ方が非常に面白かった。読んでいて妙に居心地が良かったのは、やはり私もオタクということなんだろうなぁ。
名作との呼び名が高いことに加え、ジャンルはエロゲ制作ものということでやらない理由はなかった。というかなぜもっと早くやらなかったのかと思ってしまうほどには楽しませてもらった。まあ、これは名作に触れた時にいつも思うことではあるのだが…。
さて、本作で進行していくのは間違いなくエロゲ制作に関するお話なのだが、全てを読み終えた後に抱いた感想は「ああ、オタクっていいなぁ」だった。エロゲーマーに限らずもっとマクロな視点で「オタク」を描いた作品だったなと思う。
堕落していくことの何が悪いのか、むしろ堕落していくことはこんなにも楽しいんだぞと、世間体を無視してでも駆け抜けることの気持ちよさがよく伝わってきた。謎の安心感とでも言うべきか、そんなことを感じるあたり自分もオタクなんだなぁと。
登場人物は癖のある人物ばかりで、一見して一番まともそうな人が実は一案面倒くさかったりするから面白い。勿論、主人公も例外ではなく、周りのオタク達に流されずぶずぶとオタク沼にハマっていくことになるわけだ。そして増やしていくからたちが悪い。
ヒロイン五人中二人が妹というこれまた珍しい配役になっているわけだが…これがどちらの話も抜群のキレをもっていたから驚きだ。正直この二人がいなかったらいくらか評価が下がっていたかなと思う。まあその辺についても書きたいので個別√ごとに感想を語っていく。
○可憐
可憐と主人公の面白可笑しい会話には序盤から惹きつけられて、数時間後にはもうそれが当たり前のものとして感じるように。理不尽な注文を押し付ける可憐を見ていてもなかなか楽しいのだが、それに対して主人公がちょこちょこ反撃するから面白い。
あの真顔のフェイスアイコンでいきなり「ウルセーチビ。泣かすぞ」とか言い出すのは反則だ。テンポの良い掛け合いが心地よくて、何回も見ている共通部分でさえ読み飛ばすことはしなかった。
こんな二人がどんなきっかけで結ばれるというのだと思ってみていたら割と唐突におっぱじめて驚いた。いや、可憐も驚いただろう。でもつきあい始めても軽口の叩き合いの文化は失われていないのが嬉しかった。この√の良い所はやはりここだろう、そしてそれは他√でもずっと変わらない。「相棒」な関係の二人がとても良かった。
○さえ
元カノヒロインということで何やら因縁がありそうにも見えたが三日間だけなのでそこまで溝は深くなかった。再開してすぐ隣の席で授業を受けていたほど。彼女はヒロインの中でも最も真面目で常識もあるのだが、心は物凄く脆かった。多くの√では堕落が前向きなものとして扱われているが、本√にとっては全くの逆。これはヒロインの性格に沿ったものなのかなと思う。
誰よりも知的に見える彼女が実は一番感情的に動いていて、それは√の後半でハッキリと描かれている。寝取られ案件が発生した時は「あのメキシコ人やりやがったな…!」と怒りに震えたが、その後の会話を見ると彼はむしろ良い奴で、逆に彼女に幻滅した。いや、普通にエルくんが可哀想だ…だからあんまりこの話は好きではない。
彼女自身も相当問題だが、結局は引きずり込んでしまった主人公がいけなかったのかなと。彼女は堕ちていけるタイプの人間ではなかった。それをもっと早く気付いていたら…。そういった意味でも「三日間だけの元カノ」という設定はよく出来ている。そりゃわかんないよね。
○みか
関西弁のゆるゆるなお姉さん。ゆるゆるのだるんだるんなのに攻めたり怒ったりすると涙目で訴えてくれるのがずるい。すごくかわいい。この√が一番平和というかハッピーなエンドだった。別に劇的な展開はなく何となく付き合って愛を深めていく光景がとても穏やかで穏やかで…。
三角関係云々の話が持ち上がった時も二人の関係に影響はなく、むしろそんなこともあったねと雰囲気を和ませていた。実はこの√、可憐の存在が大きかったなぁと。エピローグでも毒を挟みつつ基本的には二人を祝福しているというのがとても良かった。
「いつまでもあいかわらずな僕らじゃない」その言葉を聞いて笑って祝ってあげられる。可憐さんは本当に良い人だなぁとしみじみ。
○杏
何かと兄の事を気にかけ、時には怒りを露わにして叱るのは心の底から兄のことが大好きで大好きで仕方ないから。彼女、本当に良い子すぎるのだ。何となく兄が大変そうだなと思って会社を覗いたと思ったら、いつの間にか立派に歯車として働いている。しかも学校から帰って夜遅くまで付き合ってくれるという。どんだけ兄のことが好きなんだよと言いたくなる。
そしてこの√のお話は杏の意志が強く反映されていた。エロゲ制作の方も、受験勉強もうまくいかない、どうしようもない状況に陥った主人公を救ってくれたのはやはり彼女だったのだ。
「北でも、南でも、天国でも、地獄でも」
兄が一緒なら何だって怖くない、どこまでだって堕ちていける。その危ないほどの愛情はとても煌めいていた。
結局のところ何にも解決せず、決してハッピーとは言えないけれど、それでもそんな状況下で笑う杏ちゃんの笑顔は眩しくって、ああ、大好きなお話だったなぁと晴れやかな気分にさせられた。
○亜季
ぶっちゃけると初見の印象はあまりよくなくて、あーうるさい方の妹ねハイハイみたいな感じでぼーっと眺めている時も少なくなかった。でも声優の道を歩み始めてからは彼女の根底に眠る本心なんかも見えてきて、何やら悪い子ではないなと思うように。
そしてあの衝撃のシーンがやってくるわけだ…。
「─笑顔で手をふってさよならしよう。」
この作品において、「楽園」はどこかと聞かれて真っ先に思い浮かぶのはムーナスの仕事場だった。けれど亜季にとっての楽園はただ一つ。大好きなお兄ちゃんと大好きなお姉ちゃんと過ごす「メゾン・ド・ドラゴン201号室」だったのだ。しかしそこでぬるま湯に浸かり続けていても何も起こらない。だから前を向く。モノローグが素晴らしすぎて拍手してしまった。エピローグも非常に良い。
これを名作とは…うんまあ認めざるを得ない。常に楽しく時に強烈な一撃を与えてくる読み応えのある作品だった。