読ませるシナリオがしっかりと用意されており、読み進めるほどに登場人物たちのことを好きになっていった。彼との出逢いに感謝。
事前知識としては百合物語であること、それからふたなり要素があることが頭に入っていた。愛し合う二人の少女のどちらかに男根が生え、イチャイチャ甘々な空間を作っていくタイプの作品なんだろうとばかり思っていたが…全然違った。ふたなりを生み出すきっかけとなった禁忌呪物「吐瀉丸」の存在が作品のイメージをどんどん変えていった。
序盤はその目つき、言動から宿主である葵を苦しめる存在に違いないと勝手に考えていたのだが、遥が登場した辺りから認識が大きく変わる。自慰行為をしまくる葵を見て唖然としたり、山吹とおちんちん勝負?を始めたり、実は葵の母親が作るご飯が大好物だったり…それはもう急激に可愛くなっていく。
また、葵の身に危険が迫った際は、人格を入れ替え彼女を守ったり、浮かれる彼女に忠告をしたりする。印象深いのは山吹との女同士の恋愛に対して口を挟むシーンで、後に彼女の心身を案じての一言だったとわかると一層彼のことを好きになった。
そんな魅力的な吐瀉丸さんだが、嬉しいのは彼の優しさに葵もしっかりと気付いている点だ。
「吐瀉丸さん、最初は凄く怖かった。でもね、ずっと私を護ってくれるの。伊達さん達からも、吐瀉丸さんが護ってくれたの」
なんだこの関係、なんだこの子わかり手すぎるだろう…!とまさに自分が思っていたことをきちんと言葉にしてくれたので、葵のことも凄く好きになったし、葵と吐瀉丸の関係に目が向くようになっていった。山吹の身に引越しした後の二人の会話もまた格別に良い。
そんな具合で現代の出来事だけでも十分に満たされるような内容だったのだが、中盤以降から本格的に触れられるの過去編がこれまた面白い。吐瀉丸とはどのような呪物であったか、またどのように誕生したかを、小出し明らかにしていくのが良いなぁと。吐瀉丸が好きなら気になって読み耽ってしまうし、序盤で彼を好きになるような下拵えはしっかりとされていた。上手いの一言である。
過去編を経て、山吹の身を巣食う祟りの真実がわかってからも、彼の魅力は落ちるどころか増していくから困る。「愛する人を救うためならば、この世の全てを敵に回してでも護り抜く」という過去編通りの動きを見せてくれるのは勿論、第一に葵の身を心配して怒りを露わにしてくれるのが本当に嬉しかった。そして、自らの消滅も厭わないところも…。
「としゃまるさんにぃっ…会えるのっ…しゃいごっ、なんれすよねっ…?」
「らったらっ…しゃいごにっ…なでなれっ、してくらしゃいっ…。」
泣くな、頼むから泣くなよと葵ちゃんを見てもらい泣きそうになった。吐瀉丸にビクついていた頃がもはや懐かしい。どれだけの恩義と寂しさを感じていたらあのような涙を流せるのか、葵の感情が真っ直ぐ伝わってきて、目の前が滲んだ。
解呪の条件も含め、決して全てが全てハッピーエンドとは言えない結末ではあるが、それもまた素晴らしかった。様々な人たちの苦悩と想いが積み重なって、ようやく辿り着いた結末であると、それをしっかりと示してくれたことに感謝したい。
百合モノなのに葵と吐瀉丸の話ばかりしてしまったが、それほどまでに二人の美しき繋がりは私の胸を打った。本作を読み終えてこんな感情に包まれるとは思ってもいなかったし、やってみないとわからないものだなとつくづく思う。
改めて素敵な作品をありがとうございました。