読み手を引き込む力に長けた作品で、読み進めれば自然と登場人物たちのことを好きになっていく。色々な意味で贅沢な旅でした。
同人の方でずっと追いかけていたライターさんがシナリオ担当を務めるということで、本作の制作が発表された時から喜びの海に呑まれそうになっていた。しかも”たねつみ”ってオイオイオイ!という感じで、一人でバタバタと身体を動かしていた。シナリオ担当に至るまでの経緯が書かれた記事を読んでいる時のあの高揚感は、きっとファンにしかわからないだろう。
早口トークはこの辺にしておいて、さっそく作品の感想に触れていきたいと思う。プレイし終わった率直な感想としては、凄く贅沢だったに尽きる。視線がシナリオの方にばかり向いていたのもあって、読み始めて早々に演出と音楽への力の入れ具合に驚かされた。なるほど、容量がそこそこ大きかったのはこの影響かと。商業作品という看板がとても大きく見えた。
特に視点周りの演出が凝っていて、誰が何を見ているのか、何を見せたいのかがはっきりと伝わってきた。みすずが対面で誰かと会話している時なんかは特に力が入っているなぁと。心情自体は地の文だけでも伝わるが、演出が加わることでより受け取りやすくなっていた。この辺は媒体の利点を活かしていて良いなと感じる。
また、作品に登場するキャラクターも同人作品のものとは少し違う。無論、良い意味で。読ませる相手が変わる…というより読ませる相手の種類が増えることになるので、そこらへんはどうするのだろうと気になっていた身としては結構驚かされた。凄くとっつきやすいし、新作として何も違和感がない。苦労して、努力されたのだなとつくづく思う。
ここからはシナリオについて感じたことを綴っていくが、先に述べてきた理由もあって、序盤からすぐ物語に引き込まれた。亡くなった母親と冒険に出るという導入だけでも気になって仕方ないのに、それが親子三代の冒険になりましただなんて言われたらもう釘付けになる。で、三人仲良しこよしの状態にから始まるわけではなく、微妙にズレが生じているのもお約束というか、約束された勝利の導入というか…。とにかく彼女たちの会話劇を見ているだけで楽しかった。
声だけ聴くと陽子とツムギが目立っているのだが、話を追っていくと最終的にみすずが良い役回りをするのは面白いなぁと。娘であり母親という立場だけでなく、みすずそのものに魅力があるのが嬉しい。たまに出るツムギ曰く「つまんないやつ」も私は超好き。
また、彼女たちが訪れる「国」も単なる通過点ではなく、それぞれに家族の物語が用意されている点が非常に良かった。秋の国のお話なんかはかなりダイレクトに描かれていたので、感情が大きく昂ったのは勿論、本作の神々に対するイメージも変わった。熊だけでなく、彼らもまた同じように書かれているのが斬新だし、綺麗だなと思う。
十一章「霧のむこう」からの内容については、展開だけ見ると気になる部分、時たま感じていた温度差が大きくなる部分が出てくるのだが、その中で描かれるみすずの心情変化は格別に良くて、だからこそ感情の制御が難しい。あの時はヒルコと同じだった彼女が、自らの意志を持って化け物になろうとする。その運びがとっても強くて、美しくて好きだ。
また、二人で原始の嶺を登る場面は、作中で最も書き手らしさを感じた部分で、一枚絵の描き方にも並々ならぬこだわりが感じられた。彼女たちを好きになっているが故に、自然と見入ってしまうし、応援してしまう。そうなるように作ってあるのが凄いし、そんな光景を当たり前に見てきたからこそ、ここまで追ってきたんだよなぁとしみじみ思う。
エピローグと思われた終章にも嬉しい内容がぎっしりと詰まっていて、まず嬉しかったのが父とみすずのやりとりが丁寧に描かれていた点だ。みすずを通して父を見て、理解してきたからか何気ない会話を見ていても喜びの雫が目に溜まってきて大変だった。個人的に「父さん、ビールがあれば何でも」が一番効いた。
そして、陽子とのやりとりもまた…。みすずが大人になっていく姿を見てきたのだから、生まれて育った事実があるのだから、それは当然なのに、それでも陽子「私、届けたわ」という台詞は沁みた。受け継がれることの美しさに感動したとか、そういった感情も少しくらいあるけれど、それ以上にすっごく陽子が言いそうな台詞だなと。表情といい、声色といい、涙を流すには十分すぎるサプライズだった。
振り返ってみると色々な感情が沸き上がってくるし、まだまだ消化しきれない部分もあるが、一先ず膨れ上がった部分は吐き出すことができたかなと思う。
見つけたわけでも探したわけでもなく、ただ待っていたのにこんな物語に触れられた。そういった意味でも、本当に贅沢な体験をさせてもらったと思う。作品作りに関わったすべての人に感謝したい。