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asteryukariさんの妹と彼女 それぞれの選択の長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
妹と彼女 それぞれの選択
ブランド
Waffle
得点
87
参照数
2918

一言コメント

苦さや辛さ、それら全てを覆い尽くすほどの愛に溢れた一作だった。彼女との出逢いに感謝したい。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

ライターさんを見てまず期待値が上がり、ジャンルを見てまた更に期待値が上がっていくような、2023年度の新作の中でも五本指に入るくらい楽しみにしていた作品だった。作品の構成は過去作「初めての彼女」と同じように三つのルートが用意されており、主人公「慧」の主観√、ヒロイン「陽香」の主観√、そしてアナザーシナリオであるところの満月同棲√である。以下ルートごとに感想を述べていく。



●慧主観√
はじめに読むことになるルートであり、妹への想いを断ち切れず苦悩する慧が、満月との出会いをきっかけに変わっていく。しばらく読み進めてくと違和感が生まれ始め、物語の仕掛けに気付き始める。言ってしまえばありふれた仕掛けであったので、最後まで特に驚くことも感動する瞬間もなかったのだが、陽香への好感度だけはひたすら上がっていった。

逆に満月に対してはそこまで好感度は上がらず、まだまだ謎の多い彼女に対して好奇心が芽生え始めている状態だった。人物紹介で触れられていた通り異常者なんだろうなと。この時点で彼女を好きだったとは言い難い。


●陽香主観√
陽香視点に切り替わり、二人が行っていた入れ替わりの全貌が明らかになるわけだが、結構丁寧にやってくれるから驚いた。初めての彼女の時もそうだったが、大事なシーンだけピックアップするのではなく、何気ない日常風景まで別視点で見せてくれるのは凄く良いなと。何気ない日常風景だけれど、この視点の人物にとっては大切なひと時で、それを読み手に伝えてくれる。非常に嬉しい一手間である。

またこのルートを読むことで陽香の慧を思う気持ちの大きさは勿論の事、満月にも光が当たる。慧視点だと嫌な女にしか映らなかった彼女だが、陽香視点だとそんなことはない。陽香の恋路を邪魔する存在かと思いきや、陽香が弱れば励まして後押ししてくれる。ますます満月という人物がわからなくなったし、もっと知りたいと思った。いや、陽香への優しく献身的な態度を見続け、いつの間にか好きになっていたと言った方が正しいかもしれない。

このルートが迎える終焉自体は彼らが述べた通り普通の結末であり、メリーバッドエンドと言えるものであった。愛し合った兄妹がこんな結末を迎えるというだけでもまあ結構好きなのだが、それ以上にルート終盤における脇役の立て方が見事だったなと。役目を与えられ、見返りを求めずに役目を果たした満月と逃避行の計画に協力してくれた大地。特に後者はくるものがあった。いつもヘラヘラしていて女の前だとすぐ鼻が伸びる。そんな彼が目の前の女を黙らせ、見たこともないような剣幕で主人公に迫る。その姿はまさしく親友そのものであり、「ああ、やっぱりこいつ良い奴なんだな」と慧も陽香も読み手の誰もがそう感じたはずである。見た目で判断するのは良くない。


●満月同棲√
上の二ルートが表とするのであれば、このルートは裏になるだろう。端的な感想を述べると凄まじく自分好みのお話だった。このルートがあったからこそ本作を高く評価したと言っても過言ではないだろう。それほどまでに感情が揺れ動いた。

同棲ルートという事で早い段階で入れ替わりを慧に打ち明けることで、三人が上手くやっていくというのが導入。序盤から中盤にかけてはもう幸せの連続で、頬が緩まない時間の方が短かったとすら思う。なぜそんな感情で満たされたかというと、それは満月のことが大好きになっていったからである。

二人に安らぎを与えるために尽力していた彼女が、いつの間に自分もその安らぎの中にいる事に気付く。

「これ、良いわね。湯舟の中で誰かに背中を預けるのって」

作り笑いしかしなかった彼女が心から笑い、自分の事を話し始める。その光景がどれほどまでに美しかったか。しかも嬉しいことにそれきりではない、そこからずっと美しいのだ。もうとにかく満月視点で物語を読み進めていくと温かい光景ばかりが広がっていて、彼女への想いも膨らんでいった。役割を全うするためだけに覚えた夜の技術を、他者を幸せにするために使える。それが彼女にとってどれだけ幸福であったか、見ているだけでそれが伝わってきた。

「台風の目ってあるじゃないですか。多分、あれです」
「嵐がやってきているのに、ず~っと真ん中にいたせいで、気付けていなかったんです」
「でも、ここで三人で暮らし始めて、そうしたら、嵐が少しずつ去って行って…」
「ああ、静かだなぁ…って」


ずっとこれでいい、この光景を見たいと心の底から思っていただけに、大地との接触でこの物語が向かっている未来わかってしまった時は中々堪えた。あの素晴らしき親友をここにきて悪役へと転じさせることなんてないのだろう、そうわかっていても満月を想う側としては認めたくなかった。けれどもやっぱり親友の忠告は正しくて...。


満月が恋心に苦しめられ始めてからは更に満月へ感情移入してしまって、愛する者たちを傷つけ、我に返りを繰り返す彼女を見て胸が締まった。この満月が苦しむパートがわりと尺長めで、そこに不満を覚える方も良そうだなと思ったが、それだけ彼女が彼女自身と戦い続けたのだと考えると納得もいく。この辺は満月に対する入れ込み具合によるのかなと。


そして彼女が出した答えと決断は、もう喉の奥が痛くて仕方なかったけれど、満点だったと私は思う。

「愛とは、自分ではなく、誰かの幸せを願うことだ。」

二人を愛しているからこその彼女の選択に、もはや口をはさむ余地など無かった。だから好きになって、好きでい続けることができたんだよと、彼女に感謝の言葉を送りたくなったほどである。彼女は決して異常者などではなかった。私にとって本作における最も愛おしい女性だった。







振り返ってみると近親愛モノでも三角関係モノでもない、もっと優しくて温かい物語だったなぁと。期待は高かったのだが、それを大きく上回ってくれてとても嬉しい。

女の都 満月に出逢えて本当によかった。