誰よりも慈悲深く、どうしようもないほど、愛しい神の姿に胸を打たれて。
あの終遠のヴィルシュの続編という事でプレイしない理由が見つからなかった。発売日になると同時に物語を読み始めると、まず驚かされたのはそのボリュームである。約50ものサイドストーリーが用意されていて、日常描写を映し出したものもあれば、本編の内容に絡むファンには嬉しいやりとりなんかが込められていたり、とにかく多数のエピソードが収録されていた。恐ろしいのがこのサイドストーリーが作品の一部でしかない点である。
その辺の美少女ADVのファンディスクであれば、先に述べたエピソード集で終わる可能性は大いにあるし、私自身そのくらいだろうと軽い考えで本作をプレイした。舐めていたのだ、この作品に込められた熱量を。ちなみにサイドストーリーの中だと「巡る、愛しき日々へ花束を」が一番好きだったかなと。本編に引き続きであるが、セレスが本当に良い子過ぎる。
「Side End」ということで本編から派生した新たな物語が五人分用意されており、そこから更に派生する後日談が救済エンド・絶望エンドときっちり準備されている。おまけにアンクゥの専用ストーリーも二つ用意されているので、もう本当にとんでもないボリュームになっている。特にアンクゥのストーリーについては他以上に力が入っており、本作の主役が彼であることはもはや言うまでもない。
ただ、私としてはアンクゥのお話はそこまで刺さらなくて、本音を言えば冗長に感じる時間が多かった。そう感じてしまった大きな要因は、すでに読んだことのある内容が書かれていたからだろう。キャラクターの性質上、仕方のないことかもしれないが、どうしてもそこは気になってしまった。しかしながら漂流者のエピソードはとても読み応えがあって良かったと思う死、スピネル姉さんのキャラクター及びシナリオへの介入のさせ方も上手かった。「──最初から、持ってる」の台詞とあの一枚絵を見て唸らないユーザーなどいないだろう。
では私はこの作品のどこに惹かれ、どこに魅了されたのかというと、それはイヴの後日談と、それからシアンの後日談である。
前作でかなり気に入っていたイヴの後日談(救済エンド)は、やはり彼らしく王道で、とても感動に満ちたものになっていた。このルートでは悲しいことにヒューゴとアドルフが故人になってしまうだが、ユーザーをただ奈落の底に叩き落すのではなく、物語をより輝かしいモノにするための光にもなっていた。
「んな顔するなよ。相棒。俺は俺なりにすっきりした形で、人生を終えることができたんだ」
「お前と駆け抜けていた時間は、いつも輝いていた」
三人の関係性、それから過去のやりとりを思い返すと自然と涙が出てくるようなシーンで、またずるいものをねじ込んできたなぁと。目が潤まないはずもないし、イヴのことを応援したくなる。そして、イヴは彼らの、読み手の期待と想いを背負ってそのまま幸せを掴みにってくれるから嬉しい。苦い結末が特徴的な本作だが、やはりイヴルートに関しては王道で、気持ちの良い内容になっていた。アンクゥの「魂の友」というのは本音だろう。もし私がアンクゥの立場であっても、イヴであればセレスを任せられると感じるはずだ。
と、イヴをべた褒めしたわけだが、私が本当に感銘を受けたのはシアン様の後日談になる。シアン様の場合はまず絶望エンドを読んだ時点で度肝を抜かれた。前作でも自信を神と称し、神のような活躍をしてきた彼が、ただ恋に熱狂する男に墜ちていく。いつものように自身の感情を認めない彼ではない。自身の事を愚かだと言いながら、自分の姿を哀れだと思いながらも、「愛しい女」と口にする。こんな究極のツンデレをぶつけられたら胸が苦しくならないわけもなく、他の絶望エンドの場合は次にすんなりと進めたのだが、このエンドだけは気持ちを切り替えるためにしばらくの時間を要した。
そして、救済エンドの方も勿論、素晴らしかった。絶望エンド見ているからこそ、厳しい言葉を使いながらもセレスを誰よりも大切に扱い、愛しているシアン様を見て、もう目がハートになってしまった。思っていた以上にセレスの言葉を肯定する場面が多いのがまた萌える。プロポーズのシーンは六人の中でも群を抜いて素晴らしくて、ここが救済エンドの一番の見所であると答えるユーザーも多いのではないのかと思う。いつもの命令口調ではなく、生涯共にする相手に向けた柔らかくて芯のある口調のプロポーズ。心を揺らすなというのが無理な話である。だが、私が一番の見所だと思うのはビターエンドの方の彼の台詞だ。
「──違うな。大好きじゃない。愛しているんだ」
セレスが亡くなり、子供とシアン様だけが残った結末。悲しみしかない結末だと思っていたけれど、シアン様のセレスへの愛は変わらず本物だった。本当にどこまでかっこよくなるのか。
本作のほんの一部について感想を述べているだけでも感情が昂ってくるような、やはり物凄いボリュームと熱量の作品であった。そして改めて、シアン・ブロフィワーズという男に出逢えて良かったと思う。