女中として働く少女と坊ちゃんの毎日を描いた心温まる恋愛物語。短いながらも緩急のついた良作。
大正の帝都を舞台にした作品であり、女中奉行している15歳のフサが奉公先の10歳の少年「檀」と賑やかな毎日を送っていく。日々雲隠れさんの作品はすべてプレイ済みであり、中でも前作の「鼓草」は読後しばらく呆けてしまうほどに素晴らしい作品だったので、今作にも期待はしていたし、心配など一切していなかった。
プレイしてみた感想としてはまあ面白かった。前情報としてボリュームは一時間程度と聞いていたので軽い気持ちで読んだのだが、それでも確かな余韻を残してくれた。
序盤は女中の心構えを挟みつつ、女中としての役割を全うするフサの姿と、そんな彼女にやたらと引っ付いている檀の姿が描かれている。手伝いなんてしないで遊ぼうだの、ご飯は毎晩カレーとコロッケでいいだの、好き放題言いながら悉く彼女の邪魔をしてくるガキんちょだが、決して悪気があるわけではない。愛情の裏返しなのだ。フサが同級生に馬鹿にされたら自分が傷ついてでも怒り続けるし、彼女が自分を褒めた時はとびっきりの笑顔を見せる。
当のフサも彼の気持ちには気付いており、そうやって素直になれない檀のことを微笑ましく思っている。5歳差ならではの距離感というとか、身体の距離は近いのにどうしても壁がある、そんな様子が繊細に描かれていて、読み手としても心の高鳴りを感じる場面がいくつもあった。私は特別ショタが好きというわけでもないが、好きな人からすればもう幸せな光景が広がっているのではないだろうか。
とまあ、平和で愛に満ちた日常がしばらく続くわけだがそれで終わってはくれない。旦那様に襲われたことによりフサが身の危険を感じる事となり、今までのような平和な日々は一変、家全体が険悪なムードになっていく。勿論、同じ男である檀が旦那様に意見すればいいのだが、時代の背景とそれから10歳という事を考えると難しい。しかしながら檀くんは私の期待を裏切らなかった。何となく一緒に寝たいからとフサの寝室に入ってきたときは思わず歓声を上げてしまった。「ほかに何かできることがないか」と一人呟く檀くんが本当にかっこいい。
選択肢によっては後に服に精液を掛けられてしまい、フサは逃げるように実家に帰ることになるが、正直に話し檀に頼ることで物語はトゥルーエンドへと向かう。実質、檀を選ぶことで彼女は救われるわけだ。相変わらず選択肢の使い方が素晴らしい。寝室の件もそうだが、檀くんの行動の一つ一つが素敵すぎて惚れてしまう。
また堅物に見えた千代子さんも非常に理解のある女性であり、フサを安全に送り出してくれるだけでなく、過去に旦那が行ってきた粗相についてもフサに話してくれる。それにしても自分の子供が危篤にもかかわらず、女中を襲っているとは...そのえげつなさにわりと本気で引いてしまった。
そんなバッドエンドにも見えるような形でフサは千光寺を去ることになるわけだが、その後が本当にもう...それまでの絶望をまるまる塗り替えてしまうくらい温かな後日談が待っている。再会はするだろうなと思っていたが、そのまま結婚までいってくれるから驚きだ。また、父親との関係もしっかり断ってきてくれているのが本当に嬉しい。これでもう二人の間に障害はなかろう、毎晩コロッケを食べながら幸せに暮らしてほしい。今思うと"コロッケ"をチョイスしたのもすごく上手かったなぁと。ステーキだったら金銭的に違和感が生じただろう。
振り返ってみるとそれだけで心が温まっていくような、やはり素敵な作品だったなと思う。
次回作も期待しています。