好敵手在闘技場我只待然而不来
「ファミレス格闘ADV」、初めてそのジャンル名を目撃した時はその異様さに衝撃を受けた。調べていくと本当にその通り、各ファミレスの代表者が選手となりリングの上で闘う…と。…そんな内容で大丈夫なのかと、心の底から心配した。
しかし始めてみるとめちゃくちゃ面白い。そして一戦一戦が本当に熱い。登場人物の背景描写がとても丁寧で、これがあの熱さに繋がっていたのだろう。どのヒロインにも勝ってほしいし、気付けばヒロイン全員を応援している自分がいた。
また、純粋にお話も面白く、特に二周目なんかは読み進める手が止まらなかった。一週目で謎だったり、救えなかったものをしっかり拾い上げる。その上、後日談まであるのだから凄い。
「We Survive inst ver」をバックに各々がV.G.について話す。嫌な事もあったり、危険だらけだったはずなのに皆が「楽しかった」、「もう一度やりたい」など口にする。その光景の美しさといったら…。気付いたら涙を流していた。私自身も楽しかったと感じていた一人なのだ、あの時の何とも言えない多幸感はしばらく忘れないだろう。
そして忘れてはならないのが観客の心境の変化だ。はじめは試合後に負けた選手へのペナルティを楽しみにしていたはずなのに、彼女達の熱い試合に魅了され、試合の結果に意見するなど、徐々にペナルティではなく試合に目を向けるようになっていく。これも本作の魅力の一つなのかなと思う。沈みゆく船の上でありながらも、避難ではなく試合観戦を優先する、うーんたまらない。
色々と話したいことはあるが一番話したいのはやはりヒロインの素晴らしさになるかなと思う。進めている時もそうだったが、終わって振り返ってみるとやはり好きなヒロインしかいなかったなと。出番の差はあれど、本当にどのヒロインも輝いていた。
せっかくなのでヒロインごとに感想を述べていく。
○飛鳥 優
本作のヒロイン。兄が経営しているファミレス「M・Y・home」の看板ウェイトレス。
成績は優秀だが、兄のために昼はウェイトレスとして働いており、夕方から定時制の学校に通っている。店の面接係も兼務しており、アルバイトに応募してきた女の子が兄に関心があると、どんな子でも落としてしまう。重度のブラコン。
ブラコン要素以外、そこまで突出しているものはない彼女だが、格闘家としての腕は超一流。最終的に作中で一番ヒロインになったのではないだろうか。パッと見せられた技をすぐ実践できたり、豊富な格闘技を混ぜ戦ったり0.02秒で気弾を発射できたりとその強さは滅茶苦茶。
ただ、私生活からもわかるようにとても思いやりの強い真面目でいい子なので、メンタルは弱かったりする。それを乗り越え勝負に真剣になっていく彼女というのが魅力なのだ。何のために戦うか、その覚悟が決まった彼女は強く気高く、美しかった。
○三角 沙奈理
自称、優のライバル。見た目と違って努力型の天才。全国大会優勝の華々しい戦績を持つが、数年前の大会で優に負けて以来、もう一度勝負するために優と同じ学園に入学した。
優が行方不明になり、優がV.G.という大会に出場すると分かった途端、香出屋の店長に拝み倒して無理矢理出場資格を取得した。
彼女は終始、優の事を考えていてその友情の眩しさと、闘争心の熱さに何度も涙腺を刺激された。この娘は本当に優だけでいいんだなと、その想いの強さはもはや恋と言っていいだろう。アパートで親に電話している回想がいい。どんな生活でも今の彼女は幸せなのだ。
優に勝ちたい一方で優も応援しているというのが素敵で、それが如実に示されていたのはV.G.での優との闘い前。塩の効きすぎたソフトボール大の大きなライスボール、ゴルフボール大のライスボールと共に入っていた「まけるな優!」という紙。優が負けなかったら誰が負けるというのか。しかしそれでも…いやぁ熱い。
試合に負けた彼女へのペナルティとその後の描写は中々きつくて、あんなに勝ち負けを忘れるような熱い試合を見せた上でここはきっちり描くのかと、その一貫した話の流れに感服してしまった。
また、L3戦は本作の名場面の一つだと思う。
優でも勝てなかったL3相手に死闘の末勝利する。その時の彼女の表情といったら…。
「勝った、勝った、勝ったぁぁぁ~~~!どうだぁ、優!あたしは勝ったぞぉぉぉ~~~!!!」
ガッツポーズで心の底から嬉しそうに笑う彼女の顔が頭から離れない。
○岡本歩美
駅馬車でアルバイトをしているドジ娘。
平時には普通に対応できているのに、混雑時には一生懸命やっていても、なぜか毎回ドジをしてしまう。チーフウェイトレスで店長代理の輝沙良先輩に憧れており、いつか先輩のようになりたいと思っている。新しく就任した店長からV.G.選手候補に取り上げられ、努力と生来の明るさで特訓を乗り越えていく。格闘技の経験は少ないが、そのセンスは極めて高い。
ちょっと足が速い地味っ子。そんな風に思っていた時もあったが、最終的にかなり好きなキャラになった。場面に恵まれていたのもあるだろう、作品に愛されているなと感じる場面が多かった。
臆病で弱弱しい彼女が意思を固め、闘いに真摯になっていく。その意志を固める流れが素晴らしい。回想に関しては彼女が一番好きかもしれない。これまでは店の足手まといとして見られることが多かったのに、輝沙良先輩との一戦で初めて褒められる。その時の喜びと輝沙良から託された言葉が彼女をここまで強くしてくれたのだ。
また、ダイアンや優の影響も強く受けていて、最も成長を感じるキャラだった。エピローグで輝沙良とまた戦うことになった時の「負ける気はない」が個人的にかなり好きだ。いつ間にか立派な格闘家になっていたんだなぁ。
○玉 真珠
白馬の王子様に憧れる中国人留学生。
生活費を倹約しつつ、バイト代を中国にいる親兄弟に仕送りとして送っているが、アパートには兄弟子たちが住み着いており、その食費も稼がなければならないので非常に貧乏。少林拳の妙な流派「破裏拳」の正当な継承者。戦いの前後に五行詩などを夢見がちに朗々と歌い上げることから、裏の世界では「破裏拳のポエマー」の異名で恐れられている…らしい。
彼女の過去は…悲惨というか何というか、自分が悪いだろうと思う節も多々あるのでそこまで可哀想だなと思うことはない。騙されやすい女なのだ。しかしそこから愛ではなく金に生きる、だから大会に参加というのは中々良かった、というか面白かった。
試合は途中から参戦してきたミスティーに持ってかれてしまい、出番に恵まれない子だなと思いきやちょこちょこ活躍する。L2戦なんて歩美が持っていく流れだったのに。まああそこで恋に生きる人生を完全に断ち切ったのかなと。
エピローグでは恋にも金にも冷め、ただあの時の戦いの余韻に浸り続ける。ああ、私も同じ気持ちだよと、そう彼女に言いたい。
○ダイアン・ライアン
突如西最戸に現れ、暴力団に潰されかけていたRock’n Cafe西最戸店を助けて、そのまま居候した美女。腕っ節が強く、世話好きでお祭り好きという典型的な姉御肌。知り合いが何かの揉め事に巻き込まれると身を挺して助言したり、解決しようとしたりする。
彼女の回想もまたよくて、温かい街の人々にほっこりする。彼女が商店街を助けようと思った理由がよくわかる。回想終わりの演奏のシーンなんて良い演出で、話自体は大したことないが読んでよかったなぁとしみじみ思う。
物語終盤で明かされる彼女の正体。序盤にそれっぽいなとは思ったが、やはり驚いた。ここで彼女の目的、行動理由がハッキリする。そこからの彼女もまた魅力的だったが一番はまあエピローグかなと。
「隠密を常とするエージェントは、商店街の人気者のお姉ちゃんに成り代わっていた」
「自らの変装術の未熟さを棚に上げて」
締め方素敵過ぎじゃないか???
○相楽 桂
外見は贔屓目で見ても中学生程度。いつも無表情で、何を考えているのかわからない。外見からは信じられないほどの怪力を持ち、合気道を駆使して相手を投げ飛ばす。昔からV.G.を知っている。
回想、試合内容、終盤の役割を見ても、決して恵まれた役だったとは言えない彼女。めちゃくちゃな強さを持っているのにそれを生かす機会があまりなかったなぁと。作中でもかなり強い能力を持っているはずなのに…。
まあでも、そんな戦闘に特化したようにも見える彼女が最後に人を助けるために力を使い、初めて笑うというのは非常に良かった。
「生まれて初めて、思っています」
「呪われていて、良かった…」
「化け物で、本当に、良かった…」
こういった台詞にとてもとても弱いのだ…。
○アンナ・フェアゴールド
恐ろしいほどの戦闘力と冷徹な判断力を持ち、何物にも心を許さず、ひたすら戦闘能力を追い求める。優に対して強い憎しみを抱く。
開始早々からヤバい奴だと気付く。そしてその強さはかませではなく、本物で、優を簡単に捻りあげた桂を圧倒するほど。そんな絶対的な強者でありながら優を見てあの技はああだとか、わたしだったらどうするなんて言っちゃうところなんかはかわいい。
彼女の見所はやはり二周目の最後だろう。兄であるM1を救う時のあのCG,鳥肌が立つと同時に喜びに包まれた。一周目であのまま消えていったからこその喜びだ、本当に素晴らしい構成だ…。
エピローグではお兄ちゃんに付きっきりで、随分丸くなっていた。
フェアゴールドへ反旗を翻した彼女は、自らの意思を貫くために自分のフルネームから、「フェアゴールド」を外さない。けれど、雅貴と家族になることを望み、だから、「アンナ・フェアゴールド・飛鳥」を名乗る。うーん、たまらん!
「BANG」
で締めるのも良い。ここからまた景品を兄としたV.G.が始まりそうだ。
○ミスティー(優香)
ゴーグルを被りながらの参戦。おっちょこちょいなお姉さんにも見えるが、闘いが始まっると様々な修羅場を潜り抜けてきた戦士のような一面を現す。シリーズのお人。
アンナを、優を妹と言い、彼女達が幸せになれるよう体を張って救おうとする彼女。その優しさにどれだけの人達が魅了されただろうか。私はもうお姉さん万歳な気分だった。二周目なんかはそれまでの努力が報われたかのような、可憐なヒロイン役をもらっていた。キスシーンが可愛すぎる。雅貴が羨ましい。
エピローグでは優と共に本当の姉妹のような振る舞いを見せていた。欲を言えば四人家族で店を切り盛りする彼女達が見たかった。
他にも脇役が場面づくりに貢献していたり、とにかくキャラの全てを使って作品を盛り上げていた。続きがないのは残念で仕方ないが、綺麗にまとまっていた。熱く、素敵な作品だった。燃え上がる炎をしばらくは消せなそうだ。