本編とはまた別の人物に焦点を当てた物語であったが、その出来は本編と同等かそれ以上だったように思える。最初から最後まで心の揺れ動きを丁寧に書き続けてくれたことに感謝。
「櫻色零落」、「景色蕭然」に続く三番目の番外物語であり、今回はなんと新キャラクターが主人公。加えてヒロインポジションの女の子も...ということで、序盤は別作品と言っても過言ではないなと思っていたのだが、アペンドである意味は確かにあった。
それはまあ、言うまでもないが絵美ちゃんの存在である。明るく元気で誰とでもすぐ仲良くなれる。そんな彼女の性格は本編と同じく、また一人の人生を大きく変えることになったわけだ。
人と積極的に関わろうとせず、淡々と密輸人を殺してきた梁。そんな血も涙もない残酷な人間が彼女との出会いをきっかけに少しずつ、少しずつ変わっていく。本作はその過程の書き方が非常に秀逸であった。嬉しいのが絵美ちゃんとの出会いが直接、梁を変えるのではない点。彼女を通じて昔の記憶を、昔持っていた信念を思い出して変わっていくのが本当に良かった。
新キャラクターでありながらこんなにも彼に意識が向いたのは、やはり本作が人物造形に長けていたからだろう。過去回想も非常に丁寧で、章を通じて梁というキャラクターが肉付けされていく感覚はたまらなく心地よかった。これをアペンドでやってくれるのだから凄い。
その壮絶な過去からいつしか考えることをやめ、⒑年もの間機械のように人を殺し続けてきた彼。そんな彼が自らの行いに初めて疑問を抱き、葛藤する。その光景はこの作品は見せてくれたのだ。彼という人物に興味を持てないのであれば苦痛な時間かもしれないが、私は実に有意義な時間だったように感じる。
そして、彼の出した答えもまた素晴らしかった。しかもただ情で女の子を救うのではなく、昔の自分と重ねた上でというのがまた…。ああ、救いたかったし、救ってほしかったのだなと思うと自然と涙が零れた。本当にアペンドというからもう少し軽い内容だと思っていたのだが、良い意味で裏切られた。
また、最後の可欣とのやりとりも実に良くて、梁 和平という男が変わった事を改めて実感させてくれた。可欣に関してはもう少し深堀りしてほしかった気持ちもある一方で、本作を梁の物語だと考えると納得するしかなくなってしまう。
といった感じで物語的には大きな話ではないし、感動的な作品でもない。しかしながら、本当に面白かったと思う。冷めるような展開にしたりせず、最後まで人の「生」の物語を書いてくれた。その事実が嬉しくて仕方ない。
完全新作の方も楽しみにしています。