同じ世界を見て生きる事など出来ようが無い。けれども想い合っている。そんな歪にも見える二人の行く末はやはり辛くて、しかしながらとても美しかった。
大正時代を舞台にした作品であり、裕福な家の生まれで在りながらわけあって小さな家で二人きりで暮らしている兄妹に焦点を当てた物語となっている。絵に己の理想の世界を描くことに全てを注ぐ兄と、そのモデルであり、彼の支えとなっている妹。そんな二人を三人称視点で追っていく。
話に派手さはなく(所々で胸を抉ってくるような描写はあるが)、ボリュームとしても短めである。しかしながら本作を読み終えた後はただただ充実感が残り続けた。いったい何がそんなに良かったのだろうと考えてみると、やはりそれは二人の不安定な関係性にあるだろう。
美の女神と信じ、ただひたすらに純血のざくろを描き続けようとする兄と、それを嬉しく思いつつもどこか後ろめたさを感じている妹。読み始めた時点で彼女が純血ではないことは明白だったが、逆になぜ今までそれを隠し通せてきたのか、それが疑問だった。
過去回想が始まる事によりその謎は解消され、彼女がどうして隠してきたのか、なぜ我慢できるのかが理解できるようになる。阿児弥にとってざくろが全てなのと同じように、ざくろにとっても兄が全てだった。そんな兄に軽蔑されるようなことがあってはいけなかったわけだ。
ただ、そんな嘘で塗り固められた、本物でない世界のまま終わるなんてことはなく、外野の余計な一言によりあっさりと崩れる事となる。過去作「ドブ川に散りぬ初恋の」なんかでもそうだったが、信じていたものが崩れた時の人間の心情がとてもリアルに描かれているなぁと思う。決して言葉では誤魔化さない、ただただ非を追求するようなあの狂い方がとても好きだ。
そして、そんな風に責め立てられたざくろ側の反応はというと…これまた素晴らしかった。
「本当の物を本当のまま写したいんだったら、絵なんて描かなくても良い!お兄様はこの世に無い物を描いてくれた!」
「お兄様が、本当は有り得ない私を創ってくれた。描いてくれた。寧ろお兄様が描くざくろこそ…本物なのです」
弁解することもなく、自分を認めてほしいとも言わず、ただただ自分を美しいものとして思ってくれた事に対して感謝を抱く。その姿は健気を通り越して愛おしかった。
だからこそ、阿児弥がカンバスではなく彼女を選んだ事実がとてつもなく嬉しくて、狼狽えつつもようやく本当の意味で阿児弥の女神になれたのだと実感し、満足する彼女を見てつい涙しそうになってしまった。
また、この作品はエピローグが本当に素晴らしくて、一見すると何気ない後日談なのだが、作中の出来事を振り返ってみるとだいぶ印象が変わる。かつて「なんだか、綺麗なお人ですね」と言われた彼の、彼女の絵は、時を経て人の心を焚き付けるまでのものになっていた。それはすなわち「ほんもの」を描けるようになったのだと私は考えている。
そして、彼の描き方を変えたきっかけは勿論、ざくろの言葉を聞き、本物の世界を見ることができるようになったから。彼女は「嘘」と言ってしまったことを悔いていたけれど、逆にあそこまで言い切ったからこそ、彼は変われたのだ。
振り返ってみると本当に二人の関係に注力した作品だったなぁと。無駄な会話パートなんてほとんどない、ただひたすらに二人について言及してくれた。だからこそ、これほどまでにのめり込むことができたのだろう。
succulentさん、今回も素敵な作品をありがとうございました。