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asteryukariさんの終のステラの長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
終のステラ
ブランド
Key
得点
85
参照数
1559

一言コメント

魅力的な題材を扱いながら、冷めることのない美しい物語に仕上げてくれた。二人の旅路をいつまでも胸に刻み込んでおきたい。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

Keyの新作でしかもかなり好きなジャンル、おまけに書き手は実力のある方が担当するということで、本作のことはかなり楽しみにしていた。同ブランドの作品で挙げればplanetarian、Harmonia共に大好きなので期待値もそれなりに高めだった。

しかし、そんな高めの期待すら悠々と超えてきてくれた。好きなジャンルとはいえ、この手のジャンルの作品はノベルゲームではそう珍しくない。そのことから実際、読み始める前はちょっとした不安もあったりしたわけだが、心配する必要などなかった。シナリオ構成、人物の造形及び関係性、そして物語が迎える結末も含めて大変に自分好みに仕上がっていたのだ。

中身について触れていくと、舞台となるのはシンギュラリティを起こした機械群に支配された世界。シンギュラリティが「起きる前」ではなく、「起きてしまった後」というのはやや珍しいのかなと。そんな世界で運び屋の主人公とアンドロイドの少女が出会う。決して、穏やかではないその遭遇がまたそそられる。

アンドロイドの少女、フィリアは目覚めた時から自我を持っており、人間になることへ憧れを抱いていた。けれど、現実の人間世界はそんなに綺麗な世界ではないと見せてやるのが何とも…。自我、感情を持ち合わせているため、人の生き死ににも敏感になっているのがアンドロイドを扱う作品としては凄く新鮮だなぁと。この時点で主人公よりも人間らしく見える。

やがて、物語が進行すると今度は「デリラ」という少女のアンドロイドと出会うが、この子の存在もまた興味深い。途中の段階では彼女との出会いは、Ae型の覚醒とシンギュラリティマシンの特性を知るために必要だったように感じたが、最後まで読み切るともっと重要な出会いだったことに気付く。

彼女の語った父親への愛もまた、主人公に影響を与えていたのだなと。無論、主人公の価値観を変える最も大きな要因はフィリアそのものだが、アンドロイドにもかかわらず人を想う気持ちを持ち合わせていたデリラとの出会いも、主人公にとっては貴重な体験だったはずである。自分がフィリアに時たま抱く感情も、フィリアが自分に伝えてくる想いも、決して嘘ではない。それを知覚させるためにもデリアの存在は物語に必要不可欠なものだった。


そして終盤、博士との対峙の中でついに主人公は答えを選択するわけだが、これもまた沁みるシーンである。読み始めの時点でこういった筋書きになるのはわかっていたけれど、旅の中で様々なものを目にし、刺激を受けた上で彼がああいった答えに辿り着いたのだと思うと揺さぶられるものがある。アリシアではなく、ただハダリーのみを愛することをはっきりと明示してくれたのも個人的に嬉しい。

また、あの場面ではフィリア動けばまた違った結果が見られたのではないかとも一瞬考えたが、物語の構造を考えるにそんな結末には絶対ならなかったなぁと。「娘」に撃たせるだなんて、そんな展開にするはずがない。

本作で最も嬉しかったのはフィリアを「娘」であると、横の関係ではなく、縦の関係にしてくれた点である。作中でフィリアは「人間になりたい」と度々口にしていた。ではどうしたら人間になれるか、どうやったら人間らしく生きられるか。その答えが終盤のフィリアの行動の中で示されていた。「次の世代に繋げていくこと」、それこそが本作が重視した人間らしく生きるということなのだろう。フィリアが墓を立てた後に、すぐ前を向いて歩き始めたのもそうである。今度は自分が運ぶ番であると、理解して動き始めたのだ。

そして、それを踏まえて改めて考えてみると恋人関係は合わないし、父と娘の関係がしっくりくる。また、次の世代に~という意味に沿えば師弟関係でも成立するが、そこも含めて父と娘の関係としたのかなと。人間になりたかったアンドロイドが、娘という形で人間になる。展開だけでも涙が出るのに、すごく自分好みのテーマ性の強いシナリオをぶつけてくれて…本当に感謝の念を抱くばかりである。




思っていたよりもかなり好きな作品になってしまって、書き手の底力を見せつけられた気分である。読み終えてしばらく経った今も余韻が抜けない。

素敵な物語をありがとう。