読み始めと読み終わりで違った笑みを浮かべることができる、本当に楽しい作品だった。囚人たちが紡いだ物語は、そのどれもが眩いほどの輝きを放っていた。
Qruppoさんの新作であり、今回の物語の舞台は監獄。更生不能と判断された性犯罪者たちのみが収監される不思議な監獄『チューリップ・プリズン』で、主人公を中心とした囚人たちが自由のために戦い、その過程で絆を深め合っていく。
設定だけ見るとかなりまともというか、ギャグなんてなくても物語が成立するように感じるが、ここのブランドがそんな落ち着いた作品を出すわけがないだろうといった感じで、今作もぬきたしシリーズのようにギャグ要素満載、面白さ満載の作品に仕上がっていた。本当に読み始めて数分でそのぶっ飛び具合を堪能できる。
まずは主人公について語っていくが、プリズンに収監されたということで彼もまた性犯罪者であり、全裸になる衝動を抑えられないその異常性癖だけでもインパクトがあるのに、中身はもっと問題だらけだからずるい。常識なんてものは持ち合わせておらず、感情が表に出ることがあまりない。そんな癖が強すぎる彼はたびたび読み手を笑顔にしてくれる。
無表情というのが本当にずるくて、それが相手の怒りのスイッチになる場面が多々あり、その度に笑いが込み上げてくる。おまけに頭の構造が普通の人間と異なるせいか、相手がなぜ怒っているかがわからず、それが拍車をかけたりする。特にソフりんとの掛け合いは面白いものばかりで、個別分岐するまではそれが作品の最大の魅力になっているとも言っていい。本当にキレ散らかすソフりんの気持ちがよくわかる。
ソフりんや他の看守たちもヒロインではないものの、その立ち位置から登場機会は多く、個別ルートではラスボス的な役割を果たしている。三人とも仲良し…ではなく互いに良く思っていない点が大きなポイントで、それがぬきたしのSSとの大きな違いかなと。個別ルートではその関係性を上手く利用して話を盛り上げてくるわけだが、これが本当に良かったなと思う。呉越同舟な展開が好きな身としては最高に楽しみながら読んでいた。
あとは他にサブキャラクターとしてクソ森や小沢、凛あたりはとても印象的。クソ森は本当に彼女をいじめ続けるだけのアフターエピソードを出してほしいくらいに好きだ。本当にあそこまで憎らしく、けれど嫌いになれないキャラクターを生み出したことがただただ凄い。どうやったら笑いをとれるか、どのタイミングで出てきたらムカつくのか、とても造形の凝ったキャラクターだったと思う。
小沢に関しても付き合っていく事で実は良い奴だとわかるのは勿論、ちょっとした屑さを残してくれるのが嬉しい。各ルートで脅しから裏切りを働いてしまう彼だが、そんな所も含めて彼らしいなと私は感じる。
そして、ヒロイン達はというと…これまた全然違うタイプの子が揃っていて、性格容姿それから抱えている悩みも違う。故に個別ルートの中身も全然違っていて、且つそれぞれの意志がはっきりと示された実に読み応えのある物語になっていた。最近の新作にしてなかなかボリュームがあるにも関わず、どのルートも長いとは感じず面白さを保ったまま駆け抜けられたのは個々のテーマがきちんと区切られていたからだろう。
ここからは個別ルートごとに感想を述べていく。ちなみ攻略順は作品の構成から下記の通りが良いと感じる。
◆千咲都√
見た目通りに暗めで、人と喋ることが女の子のお話。共通ルートで中止されてしまったゲーム作りをもう一度という形で創作活動をしながら二人の心の距離も縮まっていくわけだが、その過程がとってもロマンチックで思わずにやけてしまう。主人公が手作り鉛筆を渡すシーンは本当に素敵で、「絶対に…これぉ、これがいいん、だ」と嬉しそう話す彼女を見て天を仰いでしまった。なんて胸キュンなやりとりなんだろうか。
けれど幸せ時間は長く続かないぞということで千咲都の過去と夕顔との因縁に焦点を当てたお話になっていく。全体を通して言えることだが、落とし方がなかなかえげつなくて、ポジティブ思考な主人公の苦悩がダイレクトに伝わってくる。こんな状態から本当に彼女を助け出せるのかと、何度もそう思った。そんな時に手を差し伸べてくれたのはやはり仲間の存在であり、そして協力者の存在。
協力者の樹里亜が本当に良いキャラしていて、やはりサイコパスがに味方についたら無敵だなと。属性だけで見ても好きになるであろうキャラクターなのに、仲間を失脚させるために行動してくれるなんて。事が済んだらサクッと消えてくれる点も含めて素晴らしかった。
葉月との決着も、そして物語の結末も実に千咲都というキャラクターに合ったもので、単純に脱獄がゴールではない点が非常に良い。帰る場所がないから出る事が目的ではない。必要なのは帰る場所を作ることにあると。その結果が地下室だったのだと思うと凄く胸が温かくなる。
◆妙花√
その愛らしいキャラクターデザインから最初は監獄でまとめ役をしているだけだと思っていたがそうではなく本物の組長。このルートの魅力の半分は彼女の男気溢れる行動の数々にあると言っていい。権力だけでなく腕っぷしや精神力もしっかり強い。加えて部下たちを”家族”と呼び、家族の為に動く優しい心も持っている。そんな彼女の事を好きにならないはずがないのだ。
そんな彼女なので、主人公も「かわいい」よりかは「かっこいい」と表現することが多く、妙花のことも”推し”と呼んでいた。余談だが、彼に推し呼びを教えたノアの推しは勿論お姉ちゃんだろう。看守とかおすすめじゃないぞまったく。
彼女を嵌めた樹里亜の悪行を暴くべく二人で行動していくうち、憧れはやがて恋になっていくわけだが、段々と主人公に心を許していく妙花が本当に愛らしい。やはり組長なので一気にデレデレしたりはしないのだが、二人きりになると顔を赤らめながらキスをねだってきたり、トレーニングと称してえっちを誘ってきたり…それらがとにかく可愛い。
また、このルートは看守の立ち位置が千咲都√と真逆になっているのが面白い点で、決して協力などできないと思えた夕顔と共同戦線を張り、樹里亜を追い詰めていく様は眺めていて大変気持ちが良かった。夕顔がすんなりとは納得しなかったのも、彼女のキャラクターを殺さない実に丁寧な進め方だったなと。
終盤は知と力を出し切ったまさに総力戦であり、マウスを握る手が汗ばむほどにおもしろい戦いだった。樹里亜が最後までサイコパスらしく、彼女らしくあった点が嬉しくて一層、彼女のことが好きになった。彼女の身体で洗脳を解くという幕引きも皮肉が効いていて良い。
そして、このルートは最後まで素晴らしかった。夕顔の身勝手な提案を聞いた際は黒い感情が生まれたが、その後の主人公の決断が本当に素敵で、このルートを読み切って良かったなと、読後は余韻に浸ってしまった。間違いなく作中で一番好きなルートだ。
◆ノア√
ドローンガールこと紅林ノアちゃんはクールビューティーの言葉が似合う女の子で、他√を読み進めている時も何かと気になっていた。欠片もデレを見せる気配がない彼女が、自身のルートに入るとどうなるのか、大変興味深かった。そして、ルート分岐すると見事にデレくれた。相手は主人公ではないが...。
その事実自体は各ルートで薄々気付いていたが、あのドが付くほどのシスコンっぷりには驚かされた。赤面しながら姉の素晴らしさを説いている時の彼女は異常者そのものであり、それまでのクールな少女の面影すらない。お姉ちゃんがめちゃ好きなだけでなく、お姉ちゃんも自分の事をめちゃ好きだと言い続ける彼女にちょっとした恐怖心を抱いたほど。
まあ案の定お姉ちゃんことソフりん側はそうは思っていなく、物語の空気も一変する。ただ、そこからシリアスムードが続くのではなく、それをきっかけに主人公との距離が縮まっていくのが良かったなと。弱った女性に寄り添う主人公は誰がどう見てもイケメンそのもの。ハゲだけど。
また、ソフりんの過去が明らかになるのもこのルートの魅力であり、ソフりんというキャラクターを知るという意味でも非常に重要なお話であったなと。情報屋からではなく、彼女の口から聞くという流れも非常に良い。
終盤は水城の提案により樹里亜&夕顔を沈める策を練っていくわけだが、個人的にはその決着よりも個室でのとある会話が凄く印象的だったなと。無論、千咲都とソフりんの会話である。
「ソーニャさん、は...わ、わたしに、とっては…立派な…刑務官…っす」
不意な一言で固まってしまう彼女を見て涙が出そうになったし、その後の喜びを噛みしめるような一言で完全に雫が頬を伝ってしまった。本当に良かったねと言ってやりたい気分だ。同様に全てが片付いた後の元受刑者との会話も凄くいい。
◆グランド√
個別ルートで描かれたテーマを意識しながら、また違う方法でヒロイン達を救っていくのが前半部分。結果はわかっているものの、解決法が全然違うので冗長に感じる事はないし、違和感もまるでなかった。特にソフりんの洗脳を解き、樹里亜を追い詰めるまでの流れはとても綺麗で読んでいてとても気持ちが良かった。
後半はかなりシリアス色強めというか、楽しい瞬間もなければ面白いと感じる場面もない。ただただ水城の主張に苛立ちを覚えるだけだったが、だからこそ囚人たちの逆襲が始まった時はホッとした。相変わらず自分の気持ちに忠実な夕顔も良いが、樹里亜の配役及び登場タイミングが最高の一言。やはり彼女は協力者として動いている時が一番輝いて見える。
また、脱獄の際に手を差し伸べてくれた彼らの存在も忘れてはならない。顔が写るのではなく、リストバンドと声だけというのが個人的にかなり嬉しい。自分たちは主役ではないからと、そう伝えたいように感じた。
自由を求めて辿り着く先が青藍島なのはお見事としか言いようがない。私としてはやはり個別ルートが好きだが、グランドルートもよく出来ていたと思う。
振り返ってみると本当に楽しい時間を過ごすことができた。
素晴らしい作品をありがとうございました。次回作も期待しています。