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asteryukariさんのCrescendo ~永遠だと思っていたあの頃~ Full Voice Versionの長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
Crescendo ~永遠だと思っていたあの頃~ Full Voice Version
ブランド
D.O.(ディーオー)
得点
85
参照数
338

一言コメント

卒業間近の今だからこそ話せること、伝えられること、解決できること。そういったものを全部済ませ、スッキリとした気持ちで卒業していく。卒業はあくまで付加的なものであり、卒業を武器に使わず、個々の物語で読み手に強烈な一撃を与えてくる。本当にどの話も見ごたえがあり、抱く感情も様々な、読んでいて怖くも楽しい作品だった。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

卒業までの五日間を描いた物語だったが、卒業自体に感動するというよりは、卒業に際して思いの丈をぶつけ、卒業を迎えるというものだったため、卒業のCG等で感動することは少なかった。その代わり卒業前は胸を締め付けるような描写が多く、それもあって卒業のシーンでは感動した。何と言えばいいか、物語的にも自分的にもスッキリした状態で卒業を迎えることが出来たような、そんな感じである。

また、台詞前後の地の文が繊細で、登場人物の台詞だけでは言い表せなかった感情を補うかのような重要かつ巧みな表現ばかりだった。特に本作の主人公は隠すのが上手、つまり内面を表に出さないタイプだったので、ヒロインの秘める想いだけではなく、主人公が何を感じ、何を考えているかが理解しやすくなっていた。

話に関しては、まず人物たちの関係がおもしろい。それは歌穂と杏子の関係だったり、香織とあやめの関係だったり、そして杉村と主人公の関係だったり。特に杉村に関しては、歌穂√にて非常に重要な役割を果たしている。これぞ真の良い男と言わんばかりに輝いている。とまあ彼の魅力を存分に語るためにも個別√ごとの話に入るとする。

●歌穂√
歌穂も主人公ほどではないが自分の気持ちを言葉にしないことが多く、それを主人公が察したり、彼女自身の仕草などから本当の気持ちが読み取れるようだった。なので黒い部分が結構ある学園の美少女といったところか、なんとも面倒臭そうで、愛らしい彼女だった。主人公に惚れるきっかけも納得がいく。あんなのかっこよすぎるから惚れるのも仕方ない。

そして告白しないままここまで来てしまった。その理由は杏子に遠慮していたから。あの杏子に次いで「私も...」という台詞がまた堪らない。あの後、バスケ部のキャプテンの話に繋げていたが、本心は「私も佐々木君のことが好き」と言いたかったに違いない。もうあのやり取りの中だけでも彼女の彼に対する想いが溢れんばかりに台詞に表れていて、ああ、本当に好きなんだなと強く感じた。それはきっと杏子も気付いていただろう、しかし応援すると言ってくれた彼女の気持ち、勇気を反論はしなかった。悲しくも美しい。

そんなにも主人公の事を好きだからこそ、彼が杉村と付き合わないかと進めてきた時は絶望しただろう。よりにもよってなんで彼なんだと、振られるより辛かったはずだ。当てつけのように「佐々木君はどう思うの」、「佐々木君が言うなら」と言っていた。彼女の中でどれほどの感情が渦巻いていたかは考えたくない。

主人公の話になるが、こいつは本当にすごい奴で、あんなに友達の事を魅力があるだとか、良い奴だなんてことを必死にまくしたてるように喋ることができるものなのか、わたしには到底できない芸当であり、故に彼の人柄の良さには感服した。そりゃあ、みんな惚れるよなと納得せざるを得なかった。

無事付き合うことになっても壁として杏子と杉村の存在が立ちはだかる。まったく、このバカップルはどちらも人を巻き込んで...と思わず笑ってしまった。まあそんな面倒くさい二人だからこそ馬が合うと思うし、単純な恋人関係で言えば作中一お似合いだったのではないだろうか。杏子もそうだが、杉村が良いやつすぎる。こんなに良い男友達はそういないと思う。あのヘッドロックしながら、

「僕っていい友達だろ」
「...最高だよ」

このやりとりが本当に好きだ。

●杏子√
歌穂√では可哀想な立場にあったが、今度は彼女の番だ。逆にこの√では歌穂が振られることになるわけだが、そういった事実よりも彼女の秘めたる想いというのが、彼女の√をやり終えたからか、会話の節々にはっきりと表れているようで切なかった。それでも今は杏子が好きだときっぱり振る主人公はカッコいいし、歌穂√で苦い思いをした杏子には幸せになってほしかった。

この√、いや彼女の良いところはいくつも挙げられるが、一番はあの主人公に対しての純粋且つ直向きな想いだろう。与えた側というのは忘れてしまうのに、与えられた側はいつまでもそのことを覚えていて、ずっと有り難がっている。そんな恩返しのような彼女の接し方には見ていて来るものがあった。恩返しというよりは好きの気持ちといった方がいいかもしれない。とにかく彼女の想いの強さは半端なものではなく、彼女の想いにぜひぜひ答えてほしいと思いながらプレイしていた。

そんな彼女の想いが報われる瞬間というのは当たり前だが見ていて気持ちが良かった。「...幸せで、幸せすぎて、またなくしてしちゃったら、どうすればいいのか...」ただただ幸せそうで微笑ましかった。

●優佳√
彼女が天使に憧れる理由、綺麗なモノに対して抱く感情は、彼女の生い立ち、日々が反映されているようで興味深かった。彼女の√は話が話なだけに、雰囲気が全体的に暗く、だからこそ目を引くような場面、台詞が無数に存在した。天使の像を見て彼女が感じたこと、それを語る場面は勿論だが、個人的に夜景を見て嫌いだと感じるその理由を考えた時に思わず唸ってしまった。

彼女は夜景を見た時に「帰る家のある人のならそう思うかもね」と言った。ああ、と目を瞑りたくなるような、そんな感覚だった。確かにそうだ、私も家があるからこそ安心して夜景を綺麗だと思えるのかもしれない、家があるからこそ彼女の気持ちを理解できているとは言えないが、もし彼女と同じ状態であったのなら違っただろう。

あんなにも眩しくて手に入らないもの、それこそ天使のような、自分には絶対に手の入らないモノだと思ったのではないだろうか。故にそんなもの見たくないと、そう思ったに違いない。

●香織√
この√では主人公が今までとは打って変わり中々に子供な感じに見えていまうのだが、何というか年相応というか、年上相手に頑張ろうとするその姿が案外合っていたように感じる。香織も香織でそんな主人公を好いていたのだと思うし、実はそんな彼が見たくてデートをOKしたのかもしれない。

しかしまあ、この√あやめお姉ちゃんがカンカンだった。そりゃ知り合いで且つ教師という立場なのに弟とデートしているような人をほっとけるわけもなく。遅くまで主人公の帰りを待っていたり、香織に釘を刺したり、もう保護者そのものだった。大人と子供という関係がこの√では明確に線引きされていて、そのためどういった展開をしていくのか最後までわからなかった。

うーん、まずはお見合い相手の方、ご苦労様でした。あんなの切れてもいいかと思う。ただ、主人公に未練たらたらな三人が協力する展開は良かった。三人とも主人公のためならと張り切っていたのが何とも微笑ましい。香織先生もすっかり女の顔になっていてそんなキャラだったかと突っ込みたくもなったが、やっと胸のつっかえが取れたようで良かったかなと思う。

●あやめ√
恐らく一番重かったのではないだろうか、主人公とあやめ、二人の関係について、共通√以上に深く堀り下げられた話が語られていく。義理の関係だと気付き、家族全員で自分を騙していたんだと怒り狂い、挙句の果てにあやめに手を出してしまう。そこからすべての歯車が狂い始めたのだと、衝撃の展開だった。だから主人公は三年もの間、姉との接触を拒んでいたのか。

一方で姉は姉で主人公の事が好きであり、その気持ちから真実を弟に話すのをずっと先延ばしにしていた。弟と、涼と離れたくないから、どんどん大人になっていく彼を見て、もう血の繋がりがないなんて知ったら自分のことを相手してくれないんじゃないか。抱かれてしまえば繋ぎ止めておける、そう思ったからあの時も止めなかった。全ては私が原因だと懺悔しているだった。しかし好きの気持ちは増すばかり、姉弟という問題以上に家庭としても複雑な問題である。

彼女の弟を、家族を想う心というのは本物で、手紙なんかには思いの丈が書かれていたし、それと彼女の台詞を照らし合わせると心が痛かった。ああ、この人は本当に弟を愛しているのだなと、印象付けるには強烈すぎる手紙だった。

行為に至る際もなんだか消化不良なお互いがモヤモヤを抱えて傷を舐め合うかのようだったが、あの感じが問題の大きさ、深さを物語っているようで、スッキリはしないが読み進めていまうような不思議な感覚に包まれた。また、仏壇の扉は閉じたという発言が一瞬であったのに私の中で突き刺さった。ここまで丁寧に仕上げてくるかと、ちょっとした感動を覚えたほどである。

結末に関しては最初こそ意外に感じたが、彼らが幸せになるには一番いい方法なのではないかと思う。弟と姉という関係にいったん距離を置くことで、また新たな一歩を歩みだす。二つの意味で卒業なのだ。

●美夢√
泣かせに来た、油断してた、最後の最後でこれはずるい。個人的に病弱ヒロインの話に弱いというのもあるが、それでもこの√には涙を流すほかなかった。“想い出”を“重さ”だと捉えた彼女、あの時はなぜと思ったがそういうことだったとは。主人公と同じで彼女が亡くなったと聞いた時や、葬式の場面では涙が出なかったが、最後のシーンは我慢できなかった。

ピアノをフロッピーディスクに残すことで、彼女の存在、想いも残されたような。あの時忘れてほしいと言ったのは主人公の事を考えて、辛い気持ちにさせないように。彼女の優しさから出た言葉だったんだと気付いたときにはもうボロボロ泣いていた。そう、彼女だって忘れてほしいなんてものが本心ではなかったのだ。だからこそフロッピーディスクに自分の存在を刻んだわけであるし、最後の彼女の言いかけた台詞もそうであったに違いない。

改めて彼女の発言を追ってみると単なる言葉通りの意味だけではなく、余命幾許もない彼女だからこその台詞だったことに気付く。

「ずうっと、なんて夢みたいなこと言わない。三年間でさえ夢と同じくらい贅沢な時間だって、知ってる。けど、せめてあと半年...それが無理ならひと月...ううん、一週間でもいい。佐々木さんや歌穂ちゃんと...教室や、図書室や、音楽室で、あんなふうにふざけて、笑って、それから...」

もう涙が止まらない、シナリオ的にはあやめが良かったが、美夢の想いと生き方に当てられてしまった。美夢√が一番好きだった。

本編に関しての感想はこんなところだが、アナザー√もかなり話に力が入れられており、特にあやめなんかはあれを見てようやく物語の区切りが付けられるといった感じだ。素晴らしい作品だった。