未来へ繋ぐためだけに過去が存在するのではない。彼等が生きる「今」を描いた素敵な物語だった。
本作の舞台は新時代への息吹を感じる浪漫の時代「大正」。その独特な景観も好みであるし、何より戦前である点が目を引いた。こんな時代にタイムスリップするなんて…素晴らしいチョイスだ。面白くなる可能性に満ちている。加えて前作も好感触だったので購入しないはずがない。
さて、やってみての感想だがシンプルに面白かった。愚か者の私はタイムスリップを用いてきたのだから恐らく終盤に力が入っているのだろうなと、言い換えれば序盤は準備段階に過ぎないと踏んでいたのだがその序盤すらも面白かった。時代背景を映し出しつつ、キャラクターの個性と関係性を描いていく。退屈に感じる時間がなかったとまではいかないが概ね楽しんで読み進めていた。
惨事が起こる前にあらかじめ枝の説明を入れてきたのは良かったかなと思う。これにより回避しなければならない事態とは何か、正さないといけないものとは何かへの理解が円滑になった。また、枝の派生前にも関わらずここで得られる情報もそこそこあるので、後に見返してみても面白い。そういう意味でも共通√として十分の出来だったと言える。
ここからはヒロインごとに話の感想を述べていく。
<遠子>
共通√の最後で拳銃を向ける姿が印象的だった彼女。怪盗とは何かしらの因縁があるものと踏んでいたが、まさにその通り。微笑みながら銃口を向けた理由にも納得がいった。ならそちらの道を選んでも彼女は幸せになれたのではと一瞬考えたがやはり駄目だ。道を踏み外さなかったからこそ司に出会えて、あんなにも幸せそうな笑みを浮かべることができたのだ。
この√は与えられたお話こそ小さくて控えめな内容となっているが、共通√及び他√での彼女を眺めた上で再度思い返すと中々くるものがある。彼女の心のわだかまりを解消するのがこの√であり、幸せを獲得するのがこの√なのだ。それを考えると先の折れた枝ではあるけれど、とても満たされた気分になる。
<蓮>
この枝、第七章「てんてこまい?はぐれ狼とバームクーヘンと南国磁石の一週間」は本当に面白かった。平和な話題ながらも歴史の一端に触れつつ、オリジナリティ溢れる話作りがされていたなと。私の趣向に合っていたというのも大いにあるが。タイムスリップもので未来の知識を元に何かを作るお話がとても好きなのだ。加えてこの話で万斎の技術力の高さを認知させる点も良い。
狼の話については万人受けする良いものを持ってきたなぁと。いかんせん尺が短いので大号泣…とまではいかないものの、ほろりと涙が零れそうになるくらいには効いた。万斎がさらっと言った「ううん、やめようか。せめて最後はゆっくり過ごそう」が優しくて染み入る。
で、肝心の蓮ちゃんはどうだったかというと…どスケベすぎる!「もし、私に飽きたら――未来に帰ってくれても構いませんからね」までは凄く純真で良い子だなと思っていたが想像の遥か上をいく娘だった。
行為中の台詞もそうだが目つきが凄く凄くいやらしい。ちよちゃんの言っていた「新しい女の時代」を象徴するような女の子。まあえっちな女の子を嫌う男性はそんなにいないと思うので…。
<メリッサ>
下車不可能の列車を舞台にした事件。ここにきてミステリー色をかなり強めてきた。となるとこちらも目を凝らして物語を読み進めるわけで、それが面白さに繋がっていく。事件の犯人や殺害方法についてはそんなに驚きもなくて、むしろツッコミ所もあったのだがメリッサちゃんにはしてやられたなと。
アララギが口にしていた「真の異能者」に繋がった時は思わず声が出てしまった。加藤大尉なんて印象深いキャラクターを見せておいて答え合わせでコレって…そんなのお見事としか言いようがない。
この枝はメリッサの枝でありながらメリッサと恋愛するだけの枝ではない。信頼関係を築き、次の枝に繋げるために辿らなければならない枝だったわけだ。なので恋愛要素は他と比べると少し薄い気もするが、それを差し引いてもこの√の面白さは揺るがない。本当にここで一気に面白くなった。
<所長>
全ての謎を解き明かし、解決に至る話。それだけだったらすぐ終わりそうではあるが、しっかりと主人公に焦点を当てた話を準備してきた。まあスルーしないわけがないとは思っていたが期待を大幅に超えたものを見せてくれた。
「所長と、それからみんなと過ごす日々が本当に楽しい。だから帰りたくない」よくあるパターンはこれだろう。だがこの作品は止まらない、「帰りたくない」に足る明確な理由を提示してきた。加えてちょっとしたギミックまで見せてくれる。あの場面での没入感といったら…「ああ、こういう感覚を味わうために私はエロゲをプレイしているのだ」と痛感した。
そして、今まで見せたことのない生の状態でぶつかることによって、ようやく心の距離も縮まる。所長との関係の深め方も実に自然で良かった。所長の常套句であった「私の右腕」もここでさらに輝く。ベタながらついつい頬が緩んでしまった。
互いを信頼し、人を愛した二人で挑む決戦。負けるはずがなかったわけだ。落とし所も溜め具合も丁度よかったかなと。ダレる事なくサクッと読めた。万斎の製造した二つの機械について、及びその後の説明がやや不足しているように感じたがテンポを優先したのだろう。
最も良いなと感じたのは万斎に対するキャラ作り。彼が真面目で堅物の天才発明家であったら、あの解はなかった。共通√からコツコツと積み上げてきた彼に対するイメージが頭にあったからこそ、あの少し可哀想とも思える解を受け入れられた。本当に良いキャラしていたと思う。
やがて迎えた別れの時はまあ、わかっていても頬を伝う雫は止められなかった。
軽く振り返ってみるだけでも面白さが蘇ってくるし、気になった箇所に対するマイナスもそれほど大きくない。堂々と「面白い作品」と呼べるだろう。
上記では物語とキャラクターを中心に触れたが、音楽面やビジュアル面についても勿論良くて、特に前者に対してはかなり評価している。単純に好みのBGMが多かったのも嬉しいが、何よりその使いどころ。毎回ここしかないという的確なタイミングで相応しいBGMを流してくれていた。
余韻に浸りつつED映像を見返すと再度、涙が零れてしまう。にしても「思い出してくれると嬉しい」と言いつつ「どこまでも突き進めよ」なんて...酷なことを言う。でもこの苦しさがたまらなく嬉しい。久々に良い作品に出会えました。