作品の全てを使ってぶつかってくるような、胸に響く一作だった。本当にお疲れさまでした。
OVERDRIVEが贈るロックンロールADV最終作である本作。あの瀬戸口さんも参加されている作品ということで発売前からたくさんの期待を寄せられていた。CFの件なんかがわかりやすい。中には今年一番楽しみにしていた作品だという方もいるのではないだろうか、かくいう私も非常に楽しみにしていた。いつ手元にくるのか、どんなシナリオ、音楽、キャラクター達が待っているのか。もうずっとそわそわしていた。面白いかどうかの不安なんてない、ただひたすらプレイしたい欲求に塗れて待ち続けていたのだ。
結果から言うと…非常におもしろかった。読み始めはその独特でちょっぴり懐かしいような文章を楽しんでいたが、だんだんと物語にのめり込んでいって、気付いたら多大な時間が流れていた。でもそんなことは微塵も気にならなくて、振り返ってみるとかなり熱中していたのだなと。
余裕そうに見えてなかなか壮絶な道を歩んでいる主人公は目を引くし、加えて花井是清なんていかにも私が好きそうなキャラクターを出してくる。彼の台詞からはミュージシャンとしてだけでなく、作り手としての苦悩が伝わってくるようで、もしかして乗り移りかと疑ったほど。言動を見ても、作中の立ち位置を見ても非常にユニークな男だったなと。
そうやって作品の雰囲気に馴染み、様々なキャラクターが登場してきて、ますます続きが気になってきたところで話も分岐していった。ここからはENDごとに感想を綴っていく。
●弥子END
この√では三日月たちとバンドは組まず、定時制学校の皆達と音楽を楽しむ。規模は決して大きくはないけれど、学生らしさ溢れるやりとりと演奏が見ていて落ち着く。やっぱりこういう学園青春ものみたいな雰囲気を纏ったお話は良いなと、しみじみ思う。
この話は弥子がメインヒロインではあるものの、弥子というよりはクラスみんなで楽しむ。金田をきっかけに、小川、未来、鳥山と輪が広がっていくのが心地いい。特に未来は普段からクラスでも中心になっていただけあって大活躍だったなと。でも火をつけたのは陰の者の二人だったということを忘れてはならない。
未来ちゃんは派手な見た目をしていながら大家族の長女であり、面倒見も良い。弟妹の世話をしながら家事もこなす良い女っぷりに目を奪われた人も多いのではないだろうか。ちなみに私はかなり好きになってしまったので、このお話以外ではあまり出番がないことが少し残念だったり。
ボーカルチェンジの時はちょっぴり悲しくもなったが、そこはやはりメインヒロインの特権ということで、弥子が後継者に相応しい活躍を見せてくれた。
問題児だらけの定時制の生徒が、昼の生徒を巻き込んで歌っているんだと思うと何かこう熱いものがこみ上げてくる。もう少し溜めがあれば、より良い話に仕上がっていたと思うが、まあ十分じゃないかなと。
●めぐるEND
分岐してすぐ弥子ちゃんが「私、先輩のこと好きでした」と言ってくるのが辛い。そう、弥子√以外のお話は定時制学校を辞めることになるわけで、ああやってクラスの皆と楽しく過ごした未来はやってこない。でも選択した以上、前に進むしかないのだ…。
今回はめぐるさんのお話であり、今まで謎だった彼女の生い立ちなんかも語られる。アイドル時代のめぐるさんがあまりにも可憐で思わず息を呑んだのをよく覚えている。
めぐるさんと馨の事後の会話が結構好きで、ああ、この二人らしいやりとりだなと。
めぐるさんが朝川周に抱く感情の強さにいまいち同調できなかったのもあって、メインのお話自体にはそこまで揺さぶられなかったが、彼女の性格や生き方見ていると、このくらいが丁度いいのかもしれない。最後のパーッとした締め方も実に彼女、というより彼女達らしいものだった。
●澄END
三日月ちゃんの泣き顔がこれまた辛い。最愛のお兄ちゃんがああなってしまい、段ボールの中で雨に濡れる子犬のようだった彼女を拾ってくれた馨。どれほど嬉しかっただろうか、きっとそれからは毎日が楽しかったに違いない。それなのに…彼は彼女の事を考えてとのことだったが、彼女の気持ちには気付けなかったようだ。
この話の結末はまあ効いた。それまでは読後すぐに次の話に移ることができたのだが、この話だけは違った。なんてモノを残していったのか、その絶望に満ちたお話に心が擦り切れんばかりだった。なぜ彼女が…。
苦しみながら生きてきた彼女が出会った人。それは初めて自分を必要としてくれる人だった。それがどれほどまで嬉しいことだったか。自分にかまわなくても、家政婦のような扱いを受けても平気。ただ自分を必要としてくれるだけで良い。
でもやっぱり、生活していくうち欲…というよりも期待が生まれた。外食に誘われたり、猫を飼っていいとの許可が出たり、そんな流れが出来上がっていれば、そりゃあ期待もする。もしかしたら子供だって...と。あの一枚絵は作中でもかなり印象的で、手の仕草が本当に辛い。あんな祈るように手をぎゅっと固めたのに…。あのシーンは彼女だけでなく私もかなりのショックを受けた。
でもそれだけは終わらなくて…。
作中で「地獄変」の良秀と「ドグラ・マグラ」の青秀の話が出た時から嫌な予感はしていたが、やっぱり容赦のないお話を用意してきた。でもこれがあるからこそ三日月ENDが映えるわけで、そういった意味でも素晴らしいお話だったなと。
●三日月END
本作のメイン√だけあり、話のボリュームもある。それでいてあっという間に感じたのだから凄い。ここにきて新たに登場したメフィストくんも良く馴染んでいた。傲慢不遜な態度をとるばかりだった彼が、まさか金田の娘のおしめを替えるよう役目を担うようになるとは、出会いとは不思議なものだなと読みながら微笑んでしまった。
まあなんて言っても三日月ちゃんだ。彼女の頑張りようといったら…拍手しかない。
みんなが歌を褒めてくれて、面白いように売れて、でも彼女は幸せではなかった。勿論、嬉しさはあったが、本当に欲しいものは何も、ほんのこれっぽちも手に入らなかったのだ。愚痴や不満でぐちゃぐちゃになっている彼女を救えるのは馨しかいないし、だからこそあそこの決断はたまらなかった。そして誰よりもたまらなかったのは三日月ちゃん本人だろう、その一件からの彼女はどの場面でも幸せそうだった。
そして、だからこそ反動があまりにも大きすぎた。どうしてこんなことになってしまったのか、口の中の水分がスーっと奪われるような感覚だった。
でもそこからの立ち直りは本当に逞しくて、何を悲観しているのかと言わんばかりのお話が待っていた。もう花井三日月というキャラクターはどれだけ私を魅了すれば気が済むのか、読み進めていくたびにまた一つ喜びが増えていくような、そんな状態になってしまった。
ラストの楽屋のシーンは彼女がどんな人物であったかを再認する場面であり、かつて彼女が語っていた音楽とは何か、ステージに立つとはどういうことなのかを思い出し胸が熱くなった。本当に最後の最後まで強い女の子だった…。
読了後、最初にやってきたのは満足感だった。こんなに様々な感情が駆け巡るのかと、驚きに近かったかもしれない。話によって気持ちの高ぶり具合は異なっていたが、最後には笑って終わることができた。それが何より嬉しかった。
そして次にやってくるのはまあ、寂寥感なわけで、終わってしまったことを実感し呆然としてしまった。でも楽曲を垂れ流しながら作品を振り返り続ける、そうやって過ごす時間もまた幸せだった。こんなに残る作品を作ってくれて、今は感謝の気持ちでいっぱいだ。
本当に今までありがとう。