演技の練習ということで、台本を読むなどの練習に関する描写が特に多い。そのため裏を返すと地味であり、そこからどう盛り上げていくのかと不安でもあったが、その辺は割としっかりしていて、丁寧に作ってあったなと思う。だが私としてはそういった物語的な面白さよりも、とあるキャラクターの優しさ、心の動きが強く印象に残った。
青春声優部ラブコメディということで、その名の通り、声による演技を皆で練習していくという内容なのだが、まず声優さんが頑張っていたなという印象。キャラの性質に合わせてわざと下手な演技をするという、容易に見えて困難なことを見事やってのけていた。
どの声優さんも今まで数々の作品でメインヒロインを演じてきた人ばかりで、彼女達の下手な演技などは全然聞いた覚えがなかった。だからこそ、下手な演技が聞けるのは新鮮だったし、ついつい笑ってしまった。ああ、こんな感じで今後やっていかないといけないんだな、大変だなと。そしてそれを物語の進行度に合わせて徐々に上げていかないというのがこれまた難しいし、声優さんはすごいなと、物語の登場人物ではないが本当にそう思った。
また話に関しては、この題材でどう盛り上げていくのか気になっていたが、なかなか丁寧に作っていて、台本を読む場面なんかこの作品の中でも相当の分量を割いていたのではないかと。が、私としてはイマイチ乗り切れなかった。別に作品を楽しめなかったわけではなく、話の根幹を成すであろう声優に関する話よりも、キャラクターの心情の揺れ動きが非常に上手に描かれていたため、そちらばかりに目が行ってしまった。
以下√ごとに感想を述べていく。
●ゆう√
あがり症で読書(官能小説)、エロゲなどが趣味のぼっち。まあそりゃあぼっちになるわなという感じである。演技は下手だが熱意はある、それもこの作品で一番部活動に打ち込んでいたのは彼女ではないかと思うほどに。そんな彼女がいきなり咳が止まらなくなる。いやな予感がした。まさかこのまま絶望のシリアスロードまっしぐらかと思いきや、そんなことはなくてホッとした。
ただ、憧れの人に励ましの声を貰ったからと言ってそんなあっさり立ち上がれるのはどうなんだろうか。しかしまあ、この√の魅力は何事にも熱心な彼女のヒロイン像だろう。それは演技の練習だけではなく、恋愛に関してもそうだ。告白するシーンで何が何でも主人公と付き合おうとしているのを見て、最初の出会いを思い出した。あの時も主人公に部活に入ってもらうためにとにかく必死だった。最初から最後まで彼女らしかったなと。
●仰子√
優雅に紅茶を飲んでいながらも二留の彼女はなんというか彼女自身も、話の内容もふわふわしていた。生まれつき体が弱かったり、オーディションの落選経験があるなど、わりと話としても面白くなりそうであったし、実際、演技を見せる場面もあったのだが、いかんせん彼女の性格と主人公たちとの日常の絡み方の時のふわふわした印象が強すぎたので、話とキャラが合っていないように感じた。
●奏√
生まれつき足が悪い車椅子の少女。この娘の√が一番良かった。車椅子ということで周りの人間に優しくしてもらうことが多い分、本人自身はそれを気にしてる節があるなど、この√はこの娘のそういった部分に力を入れた、心情描写に最も長けた√だった。
とにかく奏が優しすぎる。それは人と関わる全てにおいて言えることで、部活に関してもそうだが、個人的に告白のシーンが胸を締め付けられた。自分が告白してしまったばかりに主人公を困らせてしまったんだと、だからなかったことにしようとする彼女がもう健気すぎて健気すぎて。きっと初めて人を好きになったのだろうし、初めての告白だ、相当の勇気が必要だったはずである。
そこまでしたのに人の気持ちを考え、自分の気持ちをなかったことにしようとしてしまう。こんなに悲しいことはない、だからこそ彼女も「……全部……」、「…ただの噓だったんです……」とあそこまで溜めながら言ったのだろう。彼女の心情を察すると本当に涙が出てくる。
付き合い始めての彼女はそれはもう自分の気持ちに正直で、たびたび主人公に好きだ好きだと言ったり、自分のことをもっと好きになってとせがんだり、嫉妬したりと可愛いの一言で言い表すのは勿体無いほど愛おしい女の子であった。
そして今までは優しさに溢れた人を思いやる性格から絶対に人と対立しなかった彼女が、初めて素直な自分の気持ちをぶつける。加えてその主張を決して譲らない。これがとても嬉しかった。この√は彼女の成長物語だったのだと、終わった後すぐに気付いた。
●詞葉√
彼女の話がグランプリ後から始まったところ見るとこれがこの作品としてのグランド√のようなものなのであり、最終的には綺麗に締めたと思うが、正直、詞葉の行動を見た時は不満しかなかった。それはオーディションの件である。
個人的に声優部の皆でいる空間、時間が好きだったのもあり、彼女の選択は堪えた。彼女の人生だ、仕方のないことといえばそうなのだが、ゆう達はどうなるかと考えた時にやるせない気持ちでいっぱいになる。詞葉が抜けるというのはただメンバーが一人欠けるという訳ではなく、指導者の喪失によるこの先の不安なんかも生まれる。
何より「約束したのに」と気を落とす彼女達が見ていて辛かった。そのため、最後こそ自分達も声優を目指し詞葉を追いかけるという感じで繋げたが、感動するというのは少し難しかった。本気で声優を目指すという話よりも、せっかく部活という限られた時間、人、空間を手に入れたのだから、それをもっと大切にするような物語を描いてほしかったし、詞葉自身もそういった普通の学園生活に憧れていたのではなかったのかなと。
ただ、主人公と詞葉の関係は非常に素晴らしく、これは序盤からずっとそうなのだが、二人の距離感が絶妙なのである。つい最近知り合ったばかりの二人のはずなのに、まるで長年の付き合いがある友達のように、気軽にジョークまたは下ネタなんかも言える仲。共通√で何度こいつら付き合ってしまえと思ったことか。詞葉の”こころんごっこ”が大好きだった。
総評すると題材としてはイマイチ自分にハマらなかったが、キャラクターの心情描写に関しては良い部分が多い作品だった。