関係性を大切に描かれた少し複雑で素敵な作品。テキストに関して少々くどいと感じる場面が多々あったり、キャラクターの行動に納得いかないこともあったが、√自体そこまで悪いと思うものはなかった。中には涙を流し続けるほど感動した話もあり、満足度は高い。
延期に延期を重ねた本作、そうでありながら誤字が何か所かあったり、エラー落ちしたりしていたがまあそこは大目に見るとする。さてさて内容についてだが、想像以上にボリュームがあり、長い時間この作品に関わることが出来て良かった。
まあ時には冗長に感じてしまう瞬間なんかもあったが、今となっては余韻をより増幅させるものとして作用してくれたかなと思う。作中では「夜の世界」という場所に主人公たちが迷い込んでいたが、私は私で「さくら、もゆ。の世界」に入り浸っていたようだ。
冗長に感じてしまった理由はやはりテキストにある。詩的な文章を書き連ねるのは良いが、それについて繰り返し繰り返し解説が入るため、少々くどい所がある。読み手としてはわかりやすくて良いのだが、それだと元の文章が醸し出す雰囲気や、曖昧さ故に生まれてくる、読み手が考える楽しみなんかが失われてしまうなと感じた。
別に考察したかったわけではないのだが、感動が冷めてしまうことが多々あったのも事実である。特にクロ√では何回同じ話をするのだと言いたくなるほど、言い回しを変えたりして同じ話をしていたため、飽きつつあった。
しかしながらボリュームがあるというのはただ長いだけでなく、色々なものが詰まっているという意味でもあり、共通√を始めとし、個別√までもが十分以上の長さと出来をしていて個人的には非常に嬉しかった。
話は全√共通して「関係性」を大切にしており、それは恋人だったり、家族だったり、相棒だったり様々な形で存在していた。作中でも「魔法」と「代償」に並ぶ重要なキーワードとして扱われるのを見ても、それがどれほどかけがえのないものかを示していた。その中でも特に良かったのは家族関係について描かれたエピソード。どの√にも言えることであり、これが本当に良かった。
主人公とヒロインの話の数倍良い場面が多かった。というのもクロ√の恋愛模様に関しては二人が結ばれるために要した時の長さのせいもあって良かったが、それ以外の√では少々強引で、納得いかない場面もあった。主人公が本当にヒロインを好きなのか疑問を持つ瞬間が多かったのだ。周りに言われたから、その場の勢いで、そんな感じで主人公自身の答えをイマイチ信用できなかった。
以下√ごとの感想
○姫織√
何処までが共通√かはじめはわからなかったが、他の√をやってみると、十夜ちゃんの話はなかったので十夜ちゃんの話も含めてこの√だということがわかる。共通√のような内容だったので勘違いしていた。
何にせよ十夜の話は良かった。いじめのエピソードが始まった時は暗い気持ちにもなったが、暗いという言葉で言い尽くすのには勿体無い話だった。勿論良い話ではないし、悲しみが続くのだが、それでも読む価値はあった。
唯一の希望であり大好きだった母親が亡くなり、十夜ちゃんがきっかけで知り合った後の旦那も亡くなり、失い続けた人生の中で子供にだけは幸せになってほしいと、教師を辞めたあとも工場、清掃などで働き続ける様なんて見ていて涙が零れてしまった。その頑張りが報われないのも辛い。
そして息子が大学受験を諦め働くことに決めた時の台詞で止めを刺された。
「ぼくの夢は母さんを助ける正義の味方になることだ」
私はこの母親ではないから、その時の彼女の気持ちを考えることしかできないが、それだけでも胸が締め付けられた。
そこから孫ができ、人生も終焉に向かう時に今まで自分を支えてくれた十夜のことを思い出すわけだが、これがまた冷めない良いものだった。十夜と再び会うこと、それだけのために次の生を受けるチャンスを失い、夜の世界に留まる。それだけ彼女にとって十夜の励ましは助けになっていたのだと、重要さがわかる良いシーンであった。また、彼女の息子である遠矢は他の物語でも関わってくる。
さて、姫織の話についてだが、これも母親が大きく絡んでいて、姫織は母親の命を代償に産まれ直したことがわかる話だったが、これは姫織の行動が少し目に余った。人の命をもらってまで生きる価値があるのか悩んでいたみたいだが、人の命をもらったからこそ価値のある人生にしようと思うのではないのかと。普段からのほほんとしている彼女らしい悩みではあったが個人的に受けつけなかった。主人公と姫織の関係も勢いで結ばれたようで不満。
○千和√
この√が一番良かったように感じる。何といってもナハト。疑似家族とはなぜこんなにも感動してしまうのか。終盤なんておんおん泣いていた、彼の父親としての姿に心を打たれた。
はじめこそ千和の告白を悪戯だと勘違いし、挙句の果てにはなかったことにさせた主人公には憤りを感じた。皆にどうすればいいか相談し、皆が言うからという理由で行動した主人公は正直見ていられなかった。そしてキープ野郎の名がふさわしい発言を連発する。もうこの√はだめだ、そう思いもしたが、過去編に入り一気に面白くなった。
三人の暮らしを見ていて今までの怒りがみるみる冷めていった。また、ソルの最後、ヒトデナシの非道を見て複雑な心境にも。千和が抱える罪悪感の正体がわかり、辛くもなった。利用されたとはいえ自分が壊してしまった、奪ってしまった。ナハトに顔向けできない。だからソルを蘇らせてナハトに笑ってもらうんだと、それこそが彼女の願いだったわけだ。
そしてナハトが登場してからは最後までのおおよそ数時間、もうずっと涙を拭っていた。主人公の言葉で薄々と実は良い人なのではと思っていたが予想をはるかに超えてきた。
三人で暮らすうちに楽しさのようなものを覚えてきた。自分の命なんて価値がないと思っていた彼に「ナハト」という名前を、価値を与えてくれた。美味しいと喜ぶあの娘のために精一杯料理を作り、プレゼントをもらって喜ぶあの娘の顔が見たくてぬいぐるみを縫い、疲れ切ったあの娘がしっかり休めるように、塵も残さず家を掃除する。
あの娘の成長のためにすべての時間を使うことが生き甲斐になっていたんだと。ナハトの本音を見ることが出来て嬉しかったし、衝撃だった。優しい怪物というのはソルだけじゃなかった、ナハトはソル以上に千和を気にかけていたことに気付く。これを家族と呼ばずして何と呼ぶか。
千和がいなくなった後もナハトの彼女を想う気持ちは止まることを知らない。壊れたままでいつまでも自分を憎んで生きていかないように、その代償は自分が引き受けると。そして千和が幸せに生きていけるように自らが脚本を書き、人間達がそれを演じる。
ここで姫織√で出てきたおばあさんの息子である遠矢さんが出てくるわけだ。そういえば彼は芸事を仕事にしていた。しかしまあ、それがハル√に悪影響することになるのだが。
全てが明らかになり、主人公と対峙しているナハトの本心もわかる。そう、彼は父親として、主人公が娘に足りうる人間か見定めていたのだ。役割を「くだらん」と一蹴するのが素晴らしい。あんなに役割のために生きていたはずの彼が、人間を理解できなかった彼が、まるで人のような意思を持つようになった。こんなのナハトを好きにならないわけがない。
そうしてそこから三年、卒業から千和の死期が近づいたその時まで、いつもそばにいて、いつも助けてくれた。
「いとしい、いとしい、おれたちのちわ」
ボロボロになって、上手く言葉が話せなくなりながらも最愛の娘のためにここまで見守ってきた彼の姿に号泣した、最後には娘に「パパ」と呼んでもらい彼も本望だろう。千和からもらった言葉の贈り物。これこそがナハトの生涯の宝物なのだから。
○ハル√
ここで「さくら、もゆ。」という曲が登場する。しかもこの曲、というかあず咲と智仁の存在というのはクロ√でも鍵になってくる。お互いの夢はお互いのために、相思相愛な二人だった。
あず咲先輩がお気に入りのキャラクターだったので一度は攻略させてほしいとも思ったが、この二人を見るとそんなことどうでもよくなる。それにクロ√をやると色々な事実が発覚し、攻略できなくて本当に良かったとすら思う。
そしてハルのお話は中々に厳しいものがあった。自分達が不幸になったのはハルのせいだ、だから自分の不幸はハルが肩代わりしなくてはならないと、自分が一番可哀想だと語る母親は見ていてきつかった。
また、これには千和√で役を引き受けてしまった遠矢さんの存在も大きく影響している。二人の子供を平等に愛する、やっぱり難しかったんだなと。知らない家の子供の話を聞かされ続けた幼き頃の母親の事を考えると同情する。それが尾を引き、娘に当たり続けている部分もあるのだろう。
そんな環境の中、未来でハルが出会ったおじさんというのが未来の主人公だったわけだが、これもまたうまくいかない。何といやらしい作品なのか、この時思った。今度も自分と出会ってしまったが故に大切な人が命を落とす。だから、もうこんなのは嫌だ、私たちは出会わなければよかったんだと彼女は言ったわけだ。
この話は魔法を使って何度もやり直したり、ハルをただ連れ戻すのではなく、しっかりと説得するなど主人公の見せ場が多かった。これまで主人公の活躍より、他の部分に目が行きがちだった私としては中々良かったかなと思う。ただまあ少し引っ張り過ぎかなとも感じたが。
そしてハルと母親が和解しているのも良かった。ハルが生まれてからの事が綴られていき、不幸続きの中にも確かに光はあったと、生まれてきたハルこそが私にとっての「春」だったという繋げ方は綺麗でよかった。ここにきてぶち込んでくるのはやや強引にも感じたが、やはり親子は仲良しでいてもらいたいものだ。
○クロ√
全ての真実が明らかになるのこの√では発見の連続だった。正直、夜の王の真実よりも智仁らの方が驚いた。彼が父親だとすると母親は…。まさかここまでするとは。この作品は登場人物といい、言葉といい、本当に繋がりが深い。
明らかになっていく事実を並べ、物語を追っていくのも面白かったが、その上で恋愛についてもしっかりと描かれているのが個人的に嬉しかった。クロの葛藤なんかは見ていて苦しかったが、それだけ想いの強さを感じたり。
物語の途中で彼女は罪悪感に押し潰されたのだと言われていたが、彼女の回想を見ると単に罪悪感だけではなく、それとは反対に存在する恩返ししたいという気持ちと、好きという気持ち、この二つがあったからこそより重いものに感じたのだろう。
そしてそんな様々な困難と長い時を経て結ばれる二人に不満など抱くはずもなかった。作中一お似合いの二人だ。
また、忘れてはならないのが命を使い切ったクロに、一瞬ではあるが命を与えてくれた十夜とあさひさんの存在。彼女らがいなければ二人は結ばれることがなかっただろう。来世で家族になっているのが微笑ましかった。
○総評
グランド√であるクロ√は話の動き方を見ると、一番力を入れていたとは思うが、やはり個人的には千和√が一番良かったかなと。この√単体で評価するならかなり評価は高い。こんな話が見られるとは思っていなかったので、とても嬉しく思う。
生まれてきてくれてありがとう。