読み手の心をぐっと掴むような、雰囲気作りだけで終わらない、芯のある一作だった。二人の紡いだ愛の物語をいつまでも覚えていたい...。
一目見て明るい作品ではないとわかっていたが、暗いだけというわけでもない。確固たるテーマを軸にしたストーリーは非常に読み応えがあって、読み終わった後はしばらく放心してしまうような、良作と呼ぶに相応しいものだった。
本作を語る上でまず触れておかないといけないのは主人公たる『俺』だ。ラブホテルの住み込み清掃員として働く彼だが、裏の顔は暴力団の高級幹部に買われている殺し屋。そこに過去の出来事から人を殺めないと眠りにつけないようになってしまったという設定も加わってくる。何と読み手を引き付ける導入だろうか、おっさん主人公なだけでも少し気分が高揚してしまうのに、こんな厨二心をくすぐるような設定を持ち出されては…開始数分で心を掴まれてしまった。
そして、そんな彼が偶然出会ったデリヘ穣が本作の要にしてヒロインである『あざみ』。彼女もまた人を殺す衝動を抑えきれない殺人鬼であり、冒頭でも既に三人の人間を殺めていた。そして、そんな彼女の殺害現場を見てしまった俺は彼女に追われ、やがて対峙することになるわけだが…まさかそうやって付き合い始めるとは思わなんだ。
そのスピーディな馴れ初めにややたじろぎはしたものの、今後二人はどうなっていくのか、またこの先に待ち受ける物語は何なのか凄くそそられた。
殺し屋の話だけあって、雇い主であるヤクザや情報屋、それから警官に殺人鬼など物騒を身に纏ったような人物が次々と登場する。登場時のカットインがこれまた良い演出をしていて、これから大きな物語が始まる事を予感させる。人物の中では一番まともに見えた仁礼なんかも少し読んでみるとすぐ勘違いだと気付く。まったく、本人も言っていたが本当にまともな刑事じゃないから面白い。
本作をプレイしていて凄く良いなと感じたのが、彼らが単なるモブもしくはサポートキャラで終わってしまわない点。それぞれに己の正義、野望、因縁が渦巻いていて、それをここぞというタイミングで爆発させてくる。常に冷静沈着な東儀が実は闘争心の塊だったり、お堅い警官風の仁礼が実は行き過ぎたシスコンお兄ちゃんだったり、本当に読んでいくうちに皆の事を好きになっていく。
また、彼らの繋がり方も興味深くて、矢印を引っ張って各々の関係を整理してみると中々面白い。一番面白いのはまあ「俺」と「あざみ」になってしまうが、次に私が目を付けていたのは東儀とダルマ女との関係性。
はじめに彼女が過去について語った際は東儀は血まで凍っているタイプの男だとばかり思っていたが、話を進めていくと彼にも人間味はあって、中々熱い男だという事に気付く。彼の野望なんかもヤクザらしくないというか、すごく少年心に溢れている。そして物語終盤では、ダルマ女こと小夜香への行為も、決して面倒だからポイ捨てした等ではないことが語られる。
ただまあ、そうは言っても彼がしたことは自分のために他ならないためで、何の良いわけにもなっていないのだが、そんな彼を彼女は許していた。なぜ許したのか、どうして許せるのか考えてみるとそれはやはり愛しているからだろう。四肢をもがれ、慰み者にされても、それでも彼の事が好きだった。上っ面ではなく本当に彼の内面まで愛していたからこそ、彼女は科に復讐をしようだなんて思わなかったわけだ。
とまあ、他にも気になる人間関係はいくつもあるし、いくらでも語っていけそうなのだこの辺でメインの二人について話していきたいと思う。
殺し屋と殺人鬼、二人で協力して様々な場面も乗り越えていくわけだが、やがては終わりの日も来るわけで、終盤になると彼ら二人の終着点までのレールが敷かれる事となる。終盤の展開については東儀や雲がわりかし好きなキャラクターだったのもあり、ショックを隠し切れなかったし、何なら雑すぎやしないかと軽い憤りを感じたりもしていたのだが、その後に描かれる二人の結末を見て納得するしかなかった。つまるところライターはこの部分を書きたかったのだろう。
結末は三つあり、一つは俺が抵抗をやめ、彼女の刃を受け入れてしまう結末。これに関しては完全にBADだと思っていて、それは彼女が孤独のままになってしまうから。俺の死により呪いは消し去る事が出来るかもしれないが、それでは意味がないだろうと私は思う。
二つ目は本作のTrueにあたる俺が生き残り、彼女を死を迎えるもの。Trueにもかかわらず全然ハッピーではないのだが、これがこの作品の答えだと言われる自然と納得がいく。あざみの最後の問いかけが本当に少女そのもので、そんな彼女に応える俺の口調はとても優しくて...。本当になんでこうなってしまうんだろうと思う反面、良いなと思ってしまう結末だ。
そして、三つ目が双方が致命傷を負い、やがて死を迎える共倒れEND。これを私はひどく気に入っていて、すごくこの二人らしい終わり方だと思うのだ。人を殺さなければならない呪いを背負った二人が互いに開放される。そして、お互いが命を落とすことでどちらも孤独にならない。私はこの「孤独であるか否か」を重要視しているので、この結末がすごく好きだなぁと。満足げな表情で同じ空を見上げているのもまた良い。
といった感じで語ってきたが、伝えたいことはシンプルに「面白かった」であり、実に私の好きな要素が詰め込まれた作品だったなと思う。最悪の二人が見せてくれたものは、間違いなく最高の景色でした。