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asteryukariさんのサクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-の長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
サクラノ刻 -櫻の森の下を歩む-
ブランド
得点
96
参照数
1589

一言コメント

息を呑むほどに美しい旋律を、途切れることなく奏で続けてくれた。紡がれた奇蹟に感謝。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

約七年を経て完成した続編は紛れもなくサクラノ詩の続編であり、今後その名を残し続けるであろう傑作だった。世に出るまでに長くの月日を要し、延期も重ねたが、こんな作品を目の前に提示されたら押し黙るしかないだろう。この七年で本作に匹敵するような作品はいくつ出ただろうか、ふとそんなことを考えてしまうくらいには私にとって衝撃の一作となった。

本作の何が凄かったか、それはやはり連なりの美しさだろう。一つの物語からではなく、いくつもの物語がそれぞれの色を持ち、最後まで輝き続けてくれた。だからこそ、ここまで強く惹きつけられ、胸を打つ作品になったのだろう。サクラノ詩から渡されたバトンを綺麗に受け取り、圧巻の走りで駆け抜けてくれた。

ここからは章ごとに内容について触れていく。



【Ⅰ】
静流と麗華の過去について書かれた物語であり、突然始まった新しい物語に驚きながらも少し読み進めていくとすぐにこの話の価値に気付き始めた。単話で評価するものではなく、この先に待ち受ける未来に繋がる物語なのだと。

また、前作では不明瞭だった中村、本間といった家系に焦点が当たったことも個人的にとても興味深くて、テキストを読みながら人物関係を整理するのがそれはもう楽しかった。名前を知らぬ新キャラクターとの繋がりが見えてきたり、中村の血凄すぎないかと笑ったり、序章も序章でこれほど楽しんでしまうのだから自分が考える以上に前作のことを想っていたのあと気付いたり...。

話の区切りも今後の二人の関係を考えるとスッキリはしないが、だからこそ期待してしまうような、適切なタイミングだったと思う。



【Ⅱ】
時は戻り、最愛の家族、夏目藍との再会を果たし、少女たちに囲まれながら美術教師としての道を歩み始める章。前作のラストにて嬉しすぎる再会を果たした二人だが、再び始まった二人の生活もやはり頬が緩んでしまうものだった。二人して面と向かって「ありがとう」を
言わないのが何ともまあ二人らしくて、やっぱり夏目家が好きなんだなとうんうん頷いてしまった。

生徒組との交流風景もまた心地よくて、桜子が前作にも増してぐいぐい来るのは勿論、鈴菜の意外な一面が見えたのもいいなと。はじめは少し意外に感じたが、ずっと傍にいて彼を見てきたのであればまあ納得するしかないのかなと。姉が姉だからこそ少女らしさが際立つというか、少なくも前作ではそんなに意識していたキャラクターではなかったので、本作で意識が向くようになって良かったなぁと。

桜子もオナニー目撃事件により?以前より距離が縮まったように見えたが、生徒と教師というか…草薙直哉とその周辺の線引きは前作よりもさらに増してはっきりしていて、生徒組は少しだけ可哀想だけれど、それ以上に嬉しいなと。だが、距離が縮まったことは事実だろう。だからこそ夏目圭のことを語ることができるようになったわけで。この章で生徒組メインの話はおしまいだが、彼女達との話は三作目で語られるかもとのこと。



【Ⅲ】
本作からの登場の新ヒロイン「本間心鈴」と圭の妹である恩田寧に焦点を当てたシナリオであり、物語への没入感も一気に深まる。恩田寧が絵を描く理由は何なのか、なぜ血の滲むような努力をしてまで絵画に没頭したのか。そこに繋がる一言が彼女から発せられると彼女の対する情も湧いたし、あの勝負に勝ってほしいという気持ちも生まれた。

だが心鈴に負けてほしいと感じたかというとそれは全くなくて、そんな風に寧の風に乗っていてもなお心鈴は、宮崎みすゞという芸術家の姿は印象深かった。どこまでも芸術に正しく真っ直ぐ向き合っていて、化物でありながら彼等とは違う柔軟性を持つ女の子だ。

とまあこんな具合で共通パートの段階で惚れ込んでいたのもあって、彼女のルートへと派生してからは大変だった。強く逞しい姿だけでなく少女らしい愛らしさも振りまくようになった彼女。絵が描けて、容姿が抜群に良くて、頭も良くて家庭的な側面も持つ。こんな子に惚れない方が難しい。おまけに床上なのでもう無敵だ。

心鈴ルートは良いシナリオが描かれているというよりかは、心鈴の愛らしさとその父である礼次郎という男を知ることに意味があると考えている。なので気分的には満足だが終わった直後は消化不良気味だったというのが本音。だがこのルートで心鈴が残した謎は後に大きな光を帯びる。


話は変わって真琴ルートへ。サクラノ詩の時から心象が良かった真琴の話という事もあり、驚きと興奮を隠せなかったが、そこで描かれている内容は決して回想埋めのためではない、読み応えのあるものだった。真琴の話ではあったが、一層好きになったのは静流、麗華、そして紗希といったおば…お姉さん方。特に麗華から語られる真実が胸を刺した。

醜くエゴの塊が意思を持って動いているような彼女だけれど、私はそれを素敵だと感じた。そして、それは娘であった心鈴も感じていたというのがとても嬉しい。麗華は嫌で仕方なかったかもしれないが、垣間見えた母と娘の繋がりに思わず笑みが零れた。

そして、エピローグではやはりこれは真琴ルートだったのだと頷けるほどに自然で、胸を締め付けるような締め括りがされている。「欠けた月を、満月に変えてやる」だなんて少しかっこよすぎではないだろうか。無論、それでいい。



【Ⅳ】
ついに明かされる圭の物語。個人的にこの章が一番夢中になって読み進めた章であるし、最も多くの涙を流した章でもある。圭が直哉を追うまでの道のりはシンプルに読んでいて面白いし、サクラノ詩にあった大きな空白が端からじわじわと埋まっていくような感覚だった。

また、健一郎との出会いについてはようやく語られるかといった気持ちで、期待していた分だったので一文一文を噛みしめながら読んでいた。圭の足を動かしたのは直哉かもしれないが、直哉が止まった後も圭が歩み続けることができたのは健一郎が「世界」を教えてくれたからだと私は思う。これまでも故人でありながらその溢れんばかりの光を振りまいてきた健一郎だが、ここにきてもさらに光り続ける。本当によくできたキャラクターである。

そして、圭はもう一人の人物と出会っていたわけだ。

「世界で私を見つけたのはあなたぐらいのものです」

彼女の立ち絵が出てきた瞬間に、理解してしまった。心鈴ルートで言っていた「彼女を最初に見つけた人」、「彼女の師匠」とは誰なのかを。そこが結び付くと後の展開も薄々ではなくはっきりと想像できるわけで…まず泣いてしまった。だから助けたのだろうと、だから彼女は言わなかったのだろうと、もう全部が理解できた。

で、そんな全てがわかった上で読み進めてもやっぱり泣いた。そして、この章を経て改めて三章を振り返ると胸に来る。心鈴が誰の最初で最後の弟子であったか、宮崎破戒のことを師匠と呼ばない理由がそこにはあったのだ。



【Ⅴ】
圭の過去編を経て、ついに動き出した直哉の物語。紗希の言葉を借りるとすればまさしく”我々が望んでいたもの”だ。懐かしの再開なんて温かいものはなくて、火が付き一気に熱くなったシナリオにただただ魅了されていた。

頂点を志す芸術家たちの戦いは第一幕からすでに最高潮で、心鈴というキャラクターにさらに心酔することになった。

「私の師は世界で一番の画家です。誰よりも強く、誰よりも優しく、そして誰よりも誠実に世界を見つめる」
「私は師の志を受け継いだ者です。100%勝ちにいきます」

あの台詞は三章を経て彼女を好きなり、四章にて彼女と彼の繋がりを知った者に対する最大の褒美だろう。戦いが始まってもいないのに感涙しそうになった。されど彼女は踏み台となる。踏み台になってしまうのが少し寂しくて、しかしながら私が望んだ直哉の物語だった。それにしても三章で心鈴が寧に言い放った言葉が、心鈴自身に返ってくるというのは何というか、あまりにも皮肉が効きすぎている。


第二幕、及び第三幕の主役は香奈であり、凡人の彼女が天才達と並びながら戦うというシナリオ。正直に言うと、長山 香奈というキャラクターがこれまでわからなかった。これは好きとか嫌いとかの話ではなく、サクラノ詩を読んだ時点ではまだ彼女は未完だと感じていたからである。いつ本心を見せてくれるのか、それを待っていたのだが、すでに見せていたわけだ。あの夜見た美の美のぶつかり合いに魅了され、憧れていた。天才の横に並び
描くことが彼女の悲願であり、幸せだった。

その実現のためだったら世間からどう思われようと藻掻き続けるし、それを直哉に見せ続けてやる。作中で一二を争う自分勝手さ、ヒロインには成れないどころか悪キャラの立ち位置。それでも芸術家として彼と向き合い続けた彼女の生き方は見応えのあるものだった。あれを見て香奈ルートがないことを嘆くような輩はいないだろう。


そして第四幕は単なる凛との対決ではなく、直哉が”描かなくてはならないもの”がしっかりと描かれていた。それが見られただけでもくるものがあるが、そんな彼を支えた周りの存在も描かれていたのが良いなと。本当にすっきりした。



【Ⅵ】
後日談であり、学園であの頃の風景が再び見られたことや心鈴が圭の継承者として世界で戦い続けていること、藍の約束を守ってくれたことなど嬉しいこと尽くしだが、やっぱり一番に声を大きくして叫びたいはあのエンドロールの素晴らしさだろう。描き切ってくれたことに、ただただ感謝したい。







四章あたりで既に凄まじい作品に触れてしまっている感覚があったのだが、その後も下降することなく、まるで物語そのもののように上昇し続けてくれた。これほどまでに完成度の高い作品に出逢うのは久しぶりだったので、やはり心は今も震え続けている。

生涯忘れることのない、素晴らしい作品をありがとう。