前作のFD的な側面を持つだけでなく、物語の出来も非常に良い。刺すような痛みを感じながらも読む手が止まらない、久々にそんな感覚を味わえた。
シリーズ第三作目。前作がかなり好感触だったので本作にも期待していたわけだが…少し高めに設定したハードルを易々と越えていくような、非常に読み応えのある物語が描かれていた。正直、またしても面白いとは言い難いミステリーパートが来るのかと思っていたが、今回はだいぶ良かったように感じる。
前作、いや前々作の時から譲葉先輩はお気に入りのキャラクターだったので、本作を始める前は一層気合が入った。彼女の想い人であるネリネについても底が見えない立ち振る舞いをしていたので、どんな人物なのかなと。
また、前作にて主人公、ヒロインだったキャラクター達も勿論出てくる。特に千鳥なんかは前作の冒頭と比べると見違えるように穏やかな表情を浮かべるようになって、随分変わったなぁと。頬を染めながら「えりかのお陰です。」と囁く彼女を見てついつい頬を緩めてしまった。どれだけえりかの事が好きなのだろうと、そう言いたいぐらいには終始惚気ていた。
当のえりかはというと、少し癖アリな性格は健在で、相変わらず人の急所を突いて遊んでいた。しかし、えりかが絡んでくると女の子らしい表情をするのがまた何とも。中でも譲葉先輩の髪を梳いている千鳥を見て、ヤキモチ焼くシーンは愛らしさの塊だ。力なく言い放つ「もう…やめろよな」に見事撃ち抜かれた。
他にも千鳥とえりかの面白可笑しい掛け合いは多めに用意されていたので、前作のFDみたいな感覚で読んでも楽しめるのかなと。千鳥だけでなく、周りからも弄られがちなえりか様とてもとても可愛らしい。
とまあこんな感じで百合描写に関しては文句なしの素晴らしい光景の数々を見せてくれたわけだが、本作はそれだけではなかったのだ。譲葉とネリネの物語、これが本当に素晴らしかった。
何が素晴らしかったかというとまずは過去回想の使い方が秀逸だったなと。ただテキストで語るのではなく、幼い頃の絵を見せながら、充分に尺をとって語っていく。二人の関係だけでなく、二人の生い立ち、人間性まで見えてくるような、実に読み応えのあるお話が用意されていた。そうかなとは思っていたが、譲葉もはじめから今の譲葉ではなかったのだと、それを知ることが出来た点だけで相当な収穫だ。
そして、ネリネが譲葉を振った後に明かされるネリネ視点の回想、これが本当に最高だ。こういった裏事情があったからこそ、本作はここまで良い作品になったのだとすら思う。
「特別な私へと依存している彼女を見て、幼い私はどれだけ─私という”友人”に尽くしてくれるのかを試した」
こんな良い性格をしたキャラクターを用意してきたら、そりゃあ話としても面白くなる。これまでのシリーズでは「変えること」が良い意味で使われてばかりいただけに、本作は中々の衝撃だった。加えてそんな事実を内に秘め、いつまでも変わらない接し方をしているネリネを見てぞっとしたのをよく覚えている。
こんな状態の二人をどうやってくっつけるのだろうかと、少し緊張しながら読み進めていたが…心配は杞憂に終わった。譲葉とネリネについての関係修復までの過程は勿論、二人の間に苺を噛ませたのも凄く良かったなと。
はじめは使い捨てヒロインみたいな真似…とやや困惑気味で読んでいたのだが、ネリネがもし譲葉を受け入れなかった場合、誰が彼女を受け入れてくるのかと考えるとまあ、苺しかいなかったなと。そういった意味でも某ENDはかなり良かった。譲葉はまだ未練があるという点が特に。自分に気持ちが向いているわけではない、それでも、たとえ依存先であっても彼女を抱きしめてあげる。そんな彼女の優しさと切なさを噛みしめ、視界を滲ませてしまった。
次はいよいよ季節シリーズ最後の冬という事で、蘇芳ちゃんの物語にもようやく終止符が打たれる。夏、秋とかなり良いものを見せてもらったので最後はしっかりと決めてほしいところだ。