予想よりはるかに読みやすく、そして面白い。飽きの来ない話作りに加え、核となるテーマもしっかりしている。完成度の高い一作だった。
タイトルとあらすじのイメージからか始める前は何となく読みにくそうな作品なのかなと感じていた。だが実際に読み始めてみるとすごく読みやすいし、何より読んでいて楽しい。何が楽しいかというと、それはロマン溢れるお話が詰まった作品だから。人魚伝説や地底世界、それから恐竜やら未知の巨大生物などなど、特に男の子にはたまらないタイプのお話が多分に用意されていた。
突如、島の風習に巻き込れてしまい、そこから話がどんどん展開していくわけだが、そこから中盤にかけてが本当に面白い。死んだと思っていた仲間と合流し、協力して未知なる生物たちを退けていく光景はとても心躍る。倒すことが目的ではなく、どうにかして逃げることに意識を向けている点も緊張感が伝わってきていい。
尺は短めだし、台詞もそんなに用意されていないにも関わらず彼らの置かれている状況が容易に想像できる。場面の説明がとても丁寧だったなぁと。読み手である私自身もあの巨大な鳥「ペイモーン」に恐怖心を抱くほどだった。
加えて人間対人間の戦闘描写についても優れていて、人の動きである分すんなりと頭に入ってきた。というかスチルの出来が素晴らしく、躍動感も凄まじい。九頭とバルの闘いなんかは良さが詰まっていて、再戦でサクッと勝つのも気持ちいいし、何より抜刀術なんて男の子大好きなスタイルでケリをつけてくれたのが嬉しい。いくつになっても抜刀術には魅せられてしまう。
で、そのまま人間対人間の構図は変わらず、終盤に突入していくわけだ。「仲間との友情が深まったな、黒幕を倒しに行こう」ではなくここにきてまた話が二転三転するから驚きだ。明日香や九頭に対しての心証が良かった分、あればっかりは効いた。結局、仲間と呼べるのが妻を殺したかもしれない人である点も憎いなあと。本当に主人公はあんな状況でよく頭が回る。
終盤における主人公の心情の動きはとにかく共感性の高いもので、フィアの親の真相がわかり憤りを露にする姿を見てつい彼と同じように拳を握り締めてしまった。己が目的のためだけに彼女を利用していたのだ。よくよく考えてみると、ちょっとした文字しか教えなかったわけで、はじめから愛などなかったのだなと。にも関わらず嬉しそうな反応を見せていたのだと思うと切ない。
だからまあ、明日香はよくやってくれた。普段は冷静で人を撃つんなんてことはしない。だが感情が昂ると抑えきれなくなる。彼女は普通の人間であり、普通の女性なのだと。それはフィアが水浴びをするシーンで明確に示されていた。今回、彼女が抑えきせなかったのは怒りであり、それは女性らしい感情。つまりは嫉妬心だろうと思う。はじめに彼女を撃ち「でもあなたは...」ときたのはやはり優先順位の問題なのかなと。同じ女性として許せなかったわけだ。
それまで余裕を気取っていた夫くんがあわてて銃を向けようとするのが個人的にツボ。明日香が主人公といい感じの雰囲気を作っている時も苛立っていたし、案外可愛いとこのあるおっさんである。やっていることはサイコだが。
崩落及びそこから幕を下ろすまでの流れは新しい発見や人物関係の整理など、依然として楽しい要素が揃っており失速することはなかったのだが、私的にはもっと真っ直ぐでもよかったかなと。
ただ、ペイモーンが彼らに告げた予言と主人公が迎える結末とが繋がった時は上手いなぁと。「何言ってんだこの鳥さん」くらいにしか思わなかったが、わかっていたわけだ。流石は神様といったところか。「どこかで鳥の泣く声が聞こえた」という文章を見て一層気味の悪い生物だなと。
で、あのあとがきの一枚絵だ。まあそうだよなぁと、わかっていたにもかかわらず鳥肌が立った。
駆け足になってしまった所、好みと逸れた所もあったりするが、基本的には楽しみながら読んでいた。終盤になって手が止まらなくなる作品は多いが、中盤であんなにも心惹かれたのは珍しい。
エンタメ要素をの詰まった素敵な物語をありがとうございます。これくらい面白ければ作者さんの言う通り、10年後も面白い作品だったと自信を持って言えるかと。