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asteryukariさんの蜉蝣の長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
蜉蝣
ブランド
鴨mile
得点
79
参照数
90

一言コメント

雰囲気の良い和やかな作品では終わらない、読み手の心を深く抉ってくるような作りに高揚感を覚えた。面白かった故の不満もあるが、それを加味しても良い作品だったと言える。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

明治後期を舞台にした作品であり、退役軍人の吉野征治が明治政府の一員に迎えるべく、ある村を訪れるところから物語はスタートする。東京は勿論、掟により外に出る事すら禁じられている村なので当然、お尋ね者の征治は村民から目の敵にされるわけだが、少年をコレラから救った事により村の一員として受け入れられるようになる。

ここまでが序章であり、この段階でも相当に好きな類な作品だなと感じた。まあ村が手のひら返しをするのだろうなと、読んでいていて予想はつくのだが、それでも受け入れられてからの彼らとの暮らしは温かくて、黒い感情なんて一切抱くことはなかった。途中から登場するアンジェリカに関しても雰囲気を崩すことなく、ごくごく自然に村に馴染んでいたのが良かったなぁと。

序章の時点でそれなりの満足感を得た一方で、これだけでは少し物足りないなと思う気持ちもあったわけだが…そんな気の緩みを一閃するが如く辛い展開が待ち受けていた。骨を見つけた時からこれで終わりなわけがないと感じていたが、その先に用意されていた物語は想像の遥か上をいく。

三章の終盤に用意された最初で最後の選択肢、あれが本当に全ての流れを変えた。どちらかはまあ地獄だろうなと踏んでいたが、まさかどちらに転んでも地獄だとは。浮柚ちゃんに情を寄せていたのもあってまずは上ルートを選んだわけだが、本当にあまりに辛い展開を前に、思わず画面から目を離し天井を見つめてしまった。

温かな日常を見せておきながら、どん底に叩き落してくる。そのシンプルな見せ方はとても効くし、顔を顰める一方で物語としての面白味が増した事を喜ぶ自分もいた。何を隠そう私は復讐劇が大好物なのだ。

好みの軌道に乗ったこともあり、上ルートはかなり楽しんで読んでいた。良かったのが浮柚視点の話も描かれている点であり、蜉蝣送りを回避した彼女が何を思ったかが正直に書かれていたのが嬉しい。あのまま綺麗事を抜かし続けていたら、特に彼女に興味が向かないまま終わってしまっていたと思うので、あの吐露は本当に良い場面だったと思う。神の使いではない、彼女もまた人であることがしっかりと示されていた事を大変嬉しく思う。

終盤に関しても私の望んだ復讐劇が描かれていたのは良かったのだが、そこまでの流れが良かったからこそ、最後で台無しになってしまっていた。ただまあ、もう片方のエンドとのバランスも考えたのだろうと思うので、そこはまあ仕方ないのかなと。


次に下ルートについて、こちらはまたわかりやすく辛くて、彼女の骨を見つけた際は征治と同様にショックを受けた。村が変わる事を一番望んでいた娘が、その犠牲になるだなんてそんなの…果たしてどちらの選択が正解だったかは未だにわからない。

で、このルートでは上ルートの芯のある征治とは異なり、腑抜けて逃げ続ける哀れな主人公を見続けることになる。なので読んでいて高揚感を覚えたり、面白さを感たりすることは少ないのだが、終盤についてはよく出来ていたと思うし、自らの弱さを初めて認める征治は眺めていてくるものがあった。

想いを寄せていた女性が失われてしまっただけでなく、自分の拠り所、還る場所まで失ってしまったのだと。そして、その恐ろしさを搔き消すために選んだ道も、最後まで歩み続けることが出来なかったわけだ。テキストだけでなく美しいスチルの効果も相俟って、彼の独白はとても胸に沁みてきた。

最後の蜉蝣の話も、征治という男を語るにぴったりのもので、なるほどなぁと思わず唸ってしまった。何度も迷い、苦しみ、けれど生きるために必死でもがき続ける。まさに蜉蝣の名に相応しい語りであった。


想像よりもだいぶ重めのお話だったが非常に面白かった。また、明治という時代も飾りで終わらず、きちんと時代背景を話に組み込んでいるのも良いなと。