私は思い切って、ハサミに力を入れた。
よくもまあここまで私好みの素材を集めてきたなと、喜びのあまりため息が出てしまう作品だった。とは言っても当然好きなお話、流れだけでなく苦手なものというのも存在する。そのため手放しで褒めることはできないが、最後まで楽しませてくれる作品だったことには違いない。
主人公が記憶喪失ということで、やはり序盤は話が進まず、会話自体も面白みに欠けるものが多い。ただ、会話の節々に記憶に関する台詞が見られるため、その辺を拾いつつ読んでいくと中々面白いかなと思う。
物語が進んでいくにつれてヒロインと親しくなり、やがては身体の関係に至るわけなのだが、その過程というか結ばれ方が雑なものが多く、中には流れでみたいなものもある。これが少々残念で、その後のお話が好きなだけに引っかかった。また、お話自体に関しても勿体無いと思う部分があったのでその辺は個別の感想にて後述する。
私はこの作品において「思いやり」こそが一番の魅力だと思っている。それはこのみや菜乃花だけでなく、登場人物ほぼ全員に言える。本当にどのキャラクターも誰かを思いやっており、それがとてもとても美しい。
以下√ごとの感想。
○花梨√
何かと主人公の事を気遣い、ボランティアにも積極的に参加するなど世話焼きな面があり、明るくノリもいい。こんな良い人がいるんだなと、思わず感心してしまった。しかしだからこそ疑念もある訳で、何か裏事情があるのではと勘繰ってしまったが、普通に最後まで良い人だった。
この√、行動こそ勿体無かったが、花梨の主人公を想う言動がたまらない。彼女を失った沖の悲しみと、それを最も味わったであろう主人公を知っているからこその遠慮の言葉の数々。あれだけ世話焼きな彼女だ、とても気にしていたのだろう。良い人過ぎる。
そしてだからこそ主人公の言動は癪に触った。彼女を怒らせるのが目的とはいえ、あのような発言をするとは。記憶がないから仕方ないのだが彼女の気持ちを考えると良い判断だったとは言えない。
○雨音√
クラスに一人でいる子…というわけではなく主人公との間柄はお友達。謎が多く不思議ちゃんな彼女だが、そんな彼女も主人公のために尽力する場面がいくつかあり、ああ主人公は本当に皆から愛され守られているんだなと感じたり。
この√の肝は何と言っても時雨さんだ。彼女の良キャラぶりと言ったらもう。ただ人の命を救ったというだけでなく、あんな回想まで入れてくるなんて...。結果的に妹の命を二度救ったわけだ。良いお姉ちゃん過ぎる。
ただ、個人的に「氷雨であって氷雨でない」という考えは貫いてほしかったかなと。雨音はあくまで子孫であって氷雨ではない。意識も終盤こそ少し名残を入れてきたが、あれはハッキリ言って蛇足だったかなと思う。
しかしそうは思っていてもあの二人で水やりするCGは良い。そしてこの話に合ったED曲というのも。
○菜乃花√
天涯孤独、貧乏、一生懸命などなど好きになる要素だらけだった彼女。何処までも主人公想いの女の子で、他の√では主人公が幸せになれるよう裏で手を回していたりした。
彼女の正体には驚いた。正体と言うよりはその設定に驚いたと言うべきか、まさに作品の中の人達と同じ反応だった。これまでは自分の気持ちを抑え、誰かを主人公とくっつけようとしていた彼女だが、本√では自分の気持ちに正直にがんがんアタックしていた。
特に好きだった場面は彩菜時代の回想だ。
序盤に言っていた「主人公を男の子として初めて意識した日」、あれがここに繋がってくるんだと思うとすうーっと涙が流れた。勿論繋がっているのはこの場面だけでなく、指輪や、言動の一つ一つが彩菜時代の出来事としっかり結びついているものだからずるい。
お互いがお互いを好きなり周りから応援され幸せに向う二人。その仲で唯一嫌悪感を抱いていたのがこのみなわけだが、彼女の気持ちは痛いほどわかる。
「死んだ人は生き返らないんだよ?生まれ変わるなんて、そんなの迷信だよ!」
「あんたなんか、お姉ちゃんじゃない!偽物だよっ」
言葉選びはよくないが、これが家族として、ずっと共に生きてきた妹ととしての本音なのだろう。これを見て僻みだの彼女が嫌いだの言う人がいたのなら、それは何もわかっていない。
このみの欠点として、思いやり以上に自分の気持ちが出てしまっている部分があり、特にこの√ではそれが顕著に表れていた。そのため姉を想っているはずなのに、恋敵のようになってしまっている。
でもまあ、これくらいがむしろ人間味があっていいのかもしれない。そしてこれがラストの「はじまりの日」のためのものだったと考えるなら合点がいく。
菜乃花の話に戻るが、終盤の流れは正直言って好みではなかった。子供を残すこと、またそれに転生すること、それらがつっかえてしまい呑み込めなかった。ただ、名前を付ける場面だけは好きで、あくまで菜乃花というのが良い。
○このみ√
菜乃花√でもこのみを褒めちぎっていたことからもわかるように、やはりこの√が一番好きだった。もう終始このみ素晴らしかった。彩菜が亡くなり絶望の淵に立たされた主人公。そんな主人公を立ち直らせたの一番の功労者が彼女であり、こういったヒロインのタイプにめっぽう弱いため、ことあるごとに涙が流れていた。
昔からの幼馴染であり、初めてできた彼女でもある彩菜を失った。その時の主人公の悲しみは壮大なものだっただろう。しかしそれ以上にこのみは辛かったはずなのだ。実の姉を失い、それに加えて大好きな人が苦しんでいる。一気に二つ失ったのだ、その時の彼女の心情を考えると胸が締め付けられる。
そんな状況であっても主人公のために動こうとするものだから、彼女の強さには恐れ入る。特に胸に響いたのは髪を切る場面だ。回想にて昔主人公にその長い髪を褒められていたことがわかると、あとはもう画面の前が滲むばかりだった。好きな人に褒められて、今までずっと伸ばし続けてきた髪を、好きな人のために切らなければならない。自分が生きていても主人公を助けられない、だからお姉ちゃんになる。涙を流しながらハサミに力を入れるのが…。
それだけのことをしてきたわけだから当然彼女には幸せになる権利がある。戸惑いつつも好きな人と結ばれたことに喜びを隠せない彼女の可愛さと言ったらもう。この√では菜乃花√のようなことにもならないので安心した。思いやりに満ちたこのみの姿を追うだけでも良かったのに、最後にあんな手紙まで残してくるからもう忘れられないお話になってしまった。
こんなにも楽しめたのはこのみというキャラクターがピンポイントで刺さったからだろう。ただ、やはり主人公に対する入れ込み具合が過剰で、姉に対する想いよりも主人公に対する想いが先行する場面も多々あるが、それでも好きな女の子には変わりなかった。
○はじまりの日
ただの事実確認だと思っていたのに…またしても私の好きなこのみが株を上げた。この幸せな気持ちを彩菜に知ってほしい、だから巻き戻す。菜乃花√の時とは違い、菜乃花を彩菜認めていて、それでもなお幸せになってほしいと思っているからこその言葉だ。この心情の変化はとても良かった。
また、髪の毛を伸ばしているのも素晴らしい。彩菜の代わりとしてではなく、このみとして愛してもらっていたのだなということがよくわかる。
このみが好きな自分としては少々辛い終わり方ではあるが、彼女の気持ちを考えるとそれも多少は緩和される。何処までも優しく思いやりに満ちた素敵な女性だった。
想像以上に私好みの女の子に出会えて今は幸せだ。粗さも目立つが好きと言う気持ちは変わらない。そんな一作だった。