作品の持つ圧倒的な力にねじ伏せられてしまった。好きなことに真剣な登場人物達の姿はとても眩しく、胸に響き続けた。
漫画が題材というあまり見ない作品だっただけにどんな話になるのかなと。それがいきなり主人公が女装し始めたから驚きだ。しかもその姿は作中のどの女性よりも美しい。そりゃ十三くんも籍を入れたくなるわな。あの恥じらいに満ちた表情と手のポーズがたまらない…。
とまあ女装した主人公がいかに可愛いかを語っていても仕方がないので内容についての感想を述べたい。
本当に面白かった。想像以上の出来に読みながら度々唸っていた。なぜこんなにも面白く感じたのかと考えるとやっぱり登場人物達が生き生きとしているからなのかなと。みんながみんな自分の好きなことに全力で取り組んでいる、その熱意に、眩しさにやられてしまったわけだ。
中でも賢二は流石、主人公だと言わんばかりの熱さをもっていて、それを個別√でも十分に見せてくれた。失敗を恐れずただ漫画を描き続ける。
「好きなことの真ん中にいて何が悪い!!」
凛菜√にて主人公が言い放った台詞だ。ああ、本当にこいつは漫画が好きで好きで仕方ないんだなぁと、読み手に思わせるには十分すぎるパンチ力だった。
そんな魅力溢れる主人公と癖のあるヒロイン達とが紡ぐ物語の数々は、どれも違った良さがあって甲乙付け難い。中には他と比べるとだいぶ毛色が異なるお話もあったが、それはそれで作品としての役割を担っていた。
また、熱さと話の面白さに加えて女の子の愛らしさも存在していた。非18禁であることに全く不満がないわけでもないが、非18禁で良かったと今はと思う。女の子の可愛さを描きつつ、お話に水を差さない。見事なバランスを保っていた。
以下√ごとの感想
●ヒスイ√
昔からの幼馴染で、主人公に対してだけ毒を吐く。だが自分の夢は追わずにずっと主人公の側でアシスタントを続けているあたり相当仲が良い。ジト目ファンにたまらないほどよくジト目をしてくれる。とても嬉しい。
お話は幼馴染の良さが色濃く出ていて、彼女の主人公を想う気持ちの強さにひれ伏してしまった。漫画を描こうが描かまいが自分が側に居ることは変わらない、それはこれまでもこれからも同じことなのだと、彼女の献身的な姿に見惚れた。
このお話は結末が良くて、主人公の決断には感謝してもし切れない。あんな好きな流れになるとは思ってもいなかった。
お互いに夢を語った場所で、別々の道を歩き出す…ぐっとくるなぁ。
●ハルカ√
貧乏だけど天真爛漫な声優娘。こういう女の子は見ていると元気が貰える。だからこそ、あの事件は辛かった…。でも無駄シリアスで終わらずきちんと感動と爽快感を生み出してくれるのがこの作品の凄い所。他の√にも言える事だが、緩急のつけ方が非常に上手い。
話自体は他と比べるとだいぶ笑いにウエイトを置いたものだったが、これが逆に作品の中で良いアクセントになっていて、読み手を楽しませてくれる。終盤の変装なんかどんな発想だよと、くすくす笑ってしまった。
そうでありがながら最後はきちんと彼女の√として文句のない締め方をしてくれる。後述する凛菜√もそうだが、周りの温かさの光るお話だったなぁと。
●楓√
漫画嫌いのクールビューティー。冷静沈着に見える彼女だが他人のゴシップネタが大好物だったり、メールの早打ち長打ちが得意だったりと少し変わっている。でもそんなところがまた愛おしい…。
漫画が嫌いな彼女に対してどう接していくのかというと…漫画で振り向かせる。やってくれた、恋愛を盾にすることなどなく、ただ純粋な真っ向勝負にて彼女を討ち取る主人公に震えた。自分の一番好きなことで、自分の一番好きな人に届くよう努力し続ける。こんなに熱くて美しい光景を見せてくれるなんて…。
また、それまで”先生”と”神尾君”に分けていた彼女が”神尾賢二先生”と言うのも好きな点で、本当に認めたんだなあと。彼女の心情がよく伝わってきた。その上で父親とのわだかまりを解消していく二弾構えな構成にはもはや拍手せざるを得ない。
漫画を嫌っていた彼女が漫画の編集者に。心からの笑顔を見せる彼女を見てなんだかこちらまで嬉しくなった。
●千佳√
主人公に女装させた張本人。自堕落な一面も含めて何というか、理想のお姉ちゃんキャラだなぁと。好きな人は相当ハマるのではないだろうか。
この√は過去の話が密接に絡んでくる。今まで明確に描かれていなかった「漫画家の失敗」について触れるわけだがまあ辛い。嬉しそうに漫画を描くあの回想絵とのギャップがまた…。本当はもっと登場するキャラクターがいた、書きたい結末があった。彼女の悲痛な叫びが刺さる刺さる。だが編集者でありながら担当の漫画に私情を挟むのは…副編集長があんなにも怒った意味が分かる。
しかし、そこからの巻き上げは見事なものだった。聞き込みして、走り回って、好きなことにひたむきな彼らの姿は夕焼けよりも輝いて見えた。好きなものに裏切られてもやっぱり嫌いにはなれなかったのだと、主人公だけでなく千佳も熱い女であったからこんなに面白かったのだろう。最高のコンビだ。
そして、好きなものに向き合い続けた彼女に与えられたプレゼントに涙。重版は少しやり過ぎかなとも思ったが、彼女の気持ち、それから副編集長の気持ちを考えるともう良かったねとしか…。副編集長の正体には驚きを隠せなかった。というか笑ってしまった。姉ヒロインということで、一家団欒で締まる感じも合っていて良い。
●凛菜√
金髪ツーサイドアップが目を引くアイドルのような女性。序盤は普通の恋愛物のような流れをしていたが、やはり彼女も漫画家。しっかりと漫画家同士競っていくことになる。これだけでも十分良かったのだが、この√は更なる良さを生み出していってくれた。
事故のきっかけはギャグのようなものだったが、そこからが本番。今まで側で支えてくれていたヒスイ、千佳姉を始めとし、そこから十三、沙耶香と支えてくれる人が増えていく。
そんな中で唯一頼られなかったのが凛菜。そりゃあ怒るだろう、彼女の気持ちを考えるとぶちたくもなるし、相当悲しかったはずだ。そして仲間になった彼女が頼もしいのなんの…。夜に主人公と二人で漫画家について語らうシーンは非常に印象的。
「笑って、泣かせて、怒らせて。嘘で読者をたらし込む大悪党。それが漫画家の正体です。」
「…そこに誇りを、持っています」
漫画家としての自分の在り方がきちんとわかっていて、その上で漫画が好きで、漫画を描きたいと思う。彼女の芯の太さに圧倒された。
この√の魅力は凛菜だけではなく主人公を支えてくれる仲間たち全員の存在。一つの目的に向かってみんなで力を合わせて、それを成し遂げにいく。そのあたたかさと楽しさは読み手までも包み込んでくる。
”神尾組”の点呼をとり始めるところでもう駄目だった。涙が出た。羨ましさすらあった。主人公の台詞を借りるとするならば、まさに楽園だなぁと。こんなにも素敵なお話を見せてくれた彼らにお礼を言いたいくらいだ。
…エピローグも素晴らしいから困る。
読み終わった後に物凄い寂寥感が押し寄せてくるのは楽しかった作品ならではのもの。本当に飽きた時間なんて数秒もなかったのではないだろうか。熱さと温かさを同時に味わうことができる、贅沢の極みのような一作だった。