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asteryukariさんのクリアレインの長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
クリアレイン
ブランド
得点
85
参照数
174

一言コメント

たくさんの友達と優しさに囲まれた世界で綴られる物語は、それぞれが異なった色を持っており、読む者を魅了する。振り返ってみると実に素敵な幽霊ライフだったなぁと思う。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

「幽霊的モラトリアムノベル」の文字を見た瞬間に「ああ、絶対好きなんだろうなぁ」と思った。加えて築うん十年の二階建てボロアパートがきっかけに物語が始まる感じもまた良くて、主人公が大学生という点も好みに合致していた。年も性格もばらけた友人たちとボロアパートで飲んだり駄べったりし続ける。その光景は眺めているのがとても心地よくて、幽霊要素がなくても充分好きな作品になり得ていたとすら感じた。

ただまあ、メインはやはり幽霊たちとのお話にあるのかなと。個性が豊かすぎる幽霊たちと時に笑い、時に傷付きながら前へと進んでいく話作りが非常に私好みだった。用意されたエピソードの一つ一つに別の魅力があって、読み進めるたびに感情が大きく動くような、そんな感覚だ。本当に最初から最後まで良いなぁと思う瞬間がいくつもあった。

以下各話ごとの感想。

【人魚姫の呪い】
生まれて始めた手に入れた一人暮らしの生活に幽霊少女のオプションがついてきたらどうするか。平然としている主人公に感心しつつも羨ましさもあったり。それは幽霊少女こと霞ちゃんの愛らしさにある。

有名なハンス・クリスチャン・アンデルセン原作の童話のように、彼女もまた声を発することが出来ない状態であった。そんな彼女と筆談を通じてコミュニケーションをとっていくことになる。感情の起伏は少ないものの、わからない事には興味津々な彼女が可愛らしく、またそうやってコミュニケーションをとっていくうちに距離が縮まっていくあの感じも見ていてたまらない。彼女と星を見るシーンは非常に印象的だ。

シナリオも童話を軸にしているため、後半は霞ちゃんにとって辛い展開も続く。「ここにいるのに、見てくれない。」彼女の心の叫びを聞くたびに胸が痛いんだ。「人魚姫は、ハッピーエンドを迎えることはない」、この言葉をどれほど呪ったか。

しかしながらこの作品は優しかった。人魚姫の呪いなんてタイトルを付けたくせに真っ向からそれを否定してくれた。彼女を愛し、彼女の想いに沿って読んでいた自分としてはこの上ない締め方だったと思う。最後に霞ちゃんが見せた笑顔が忘れられない。


【トイレの口裂けメリーさん】
この作品の素晴らしい所は、一話完結でありながらその後も話が続いていく点であり、それを初めに実感したのはこのお話になる。よく喋り、喜怒哀楽を持つようになった霞ちゃんの可愛さといったら…このお話はアイちゃんのお話なのだが、前半はそこばかり見ていた。主人公のボケに突っ込んだり、毒も吐くようになり、かと思えば満面の笑みで大好きだと言ってきたりする。本当に愛おしい存在になってしまった。

で、肝心のアイちゃんだがこれまた面倒くさ可愛いヒロインを用意してきたなと。悪戯好きな少女といったところだろうか、そんな彼女の性格を見抜いて無視し怒らせる主人公が好きだった。

このお話はアイちゃんと同時に主人公の内にも踏み込んだ内容となっており、彼の人間性が少しわかってくる。「友達を作って得られる時間や満足感よりも、友達を失うリスクを排除する方を選ぶ」、そうやって生きてきたのだと告げた上で、「でも」と続ける。この辺のステップの踏み方が好きで、単なる綺麗事で終わっていないのが良いなと。

対するアイちゃんはというと、ずっとずっと欲しかったものを目の前に差し出されて苦しみまくる。抗いたくても抗うことが出来ない。その光景はまさに彼女そのものを映し出しているかのようで、尺の取り丁度良かった。そして、また仲間が増えていくわけだ。


【対局者はステルスメイト】
誤字かと思ったが、なるほど霞ちゃんの命名とあれば納得せざるを得ない。苦し紛れに「透明な仲間だよ!」と言っていたが(かわいい…)、振り返ってみると素敵な響きだなと思う。まさに本作にぴったりの言葉だ。

さて、このお話では主人公ではなく、主人公の友人である蓮水アリスとその妹、蓮水テレスを中心とした話作りになっていた。「他人の心が読める」、そんな能力を持っていたからこそ、かつては神童と呼ばれ、周りから怪しまれつつも上手いこと人生を送っていたアリス。

他人の心が読めるという能力は他作品でもいくつか触れたことがあるが、良いものではないよなぁと思う。特に恋愛メインの作品なんかになるとそれが大きな弊害となるパターンが多く、また根本的な解決も難しい。つくづく厄介な異能である。

そして、その能力をきっかけに一家は離散してしまったのだと。まあアリスの気持ちもわからなくはないが、私が可哀想だと感じたのはテレスの方だった。死んでいたはずなのに現世に拘留されて、兄貴の代わりを求められて毎日過ごす。こんな拷問もないだろう。無論、母親に問題があるわけだが、引き金となったのはアリス。だからテレスが彼を憎む理由もよく分かる。

そんな二人のチェス対決はチェスをしているというよりかは兄妹の対峙に重きを置いていて、今まで知らなかった事実やお互いに秘めていた気持ちを交えながらぶつかり合う。兄の強い意志とそれに負けずと喰らいつく妹、その光景の中には優しさも存在して、それが終盤で一気に襲い掛かってくる。

「ステルスメイトこそが、俺達のチェスの象徴だぜぇ」

この台詞を見た時、どうしようもないくらい涙が溢れてきた。なんだよ、ギスギスしているように見えてすごく好きな話を用意してくるじゃないかと。この話の何がいいって今までとは違ってテレスがきちんと成仏してくれるところだ。正真正銘、一人の存在が消えた。その事実は切ないが余韻を台無しにすることもない、実に素晴らしい結末を迎えてくれたように思う。


【自己投影幻視体】
前話では友人であるアリスにフォーカスが絞られたように、今度は飲み仲間であり、良き先輩でもある空について掘り下げられていく。先輩の実家に訪れて、肝試しをしてと平和な日常が続いていくが、そんなもので終わるほどこの作品はヤワじゃない。ロリ空ちゃんとの出会いを通じて核となる物語へと移行していった。

夢物語の中で、先輩に想いを寄せられる。美人でスタイルも良くて、気兼ねなく喋れて、時には乙女らしい姿を見せてくれる。そんな女性と二人きりになったらどうなるか。まあ見ていてムズムズするような光景が映し出されていた。本当にその辺のエロゲ―だったら、うっかりやってしまっていたのではないかと思うくらいにはぎりぎりだった。

結局、想いが報われなかった彼女だが、この作品は夢物語だけでなく、しっかりと現実の事も描いてくれる。先輩の事を考えると可哀想ではあるが、そこをきっちりと書いてくれるのは流石だなと。シナリオ自体は控えめかなといった感じだが、作品に一層、好感が持てたお話だった。オチのギャグっぽい感じも好きだ。このあほんだらー!


【眠りの森の姫君】
主人公に敵意剥き出しの紫の過去に迫るお話であり、タイトル的にもメインはそこかなと思うのだが、一方で最終話に向けて大きく動いている部分もあった。

特に哀ちゃんと事故現場を行く場面はかなり重要なシーンであり、様々な伏線が張られていた。先に供えてあった花の存在、それからもう一人の被害者、そして霞ちゃんのこと。どれも目に入った瞬間、ぞくりと来るワードであり、最後に待ち構えているものの大きさを実感した。特に霞ちゃんに関する話には耐えられるのか、恐ろしさすらあった。勿論、哀ちゃんついても同様である。どうして好きになる子が幽霊ばかりなのか...。

で、本題となる紫のお話だが…コテコテの少女漫画みたいな進行の仕方に思わず吹いてしまった。少女趣味をお休みにすると言いつつ、現実はどこまでも甘酸っぱい恋物語で、普段の紫を知っているからこそ頬が緩んだ。星空の美しさを教えてくれた彼に感謝したい気持ちと彼を想う気持ちが交差している紫ちゃんはとても女の子らしかった。

愛しの彼を追いかけて入部し、愛しの彼の分まで文化祭の発表を頑張る。こんなにも健気な少女があの紫さんだというのだから驚きだ。にわかには信じられない。けれどまあ、ああなってしまった出来事を開示されたときは納得した。あまりにも決定的すぎるエピソードにぽかんとしてしまったし、彼女に心底同情した。

そして、そんな記憶を見せた上であの展開に持っていくから凄い。彼女だけでなく、読み手である私までも嫌な顔をしてしまった。勿論、この作品のこういう所がたまらないのだが。


【死神隠し】
最終話ということで手に汗を握ぎらせながら臨んだ。主人公の初恋の相手であり、本作の根幹を成す人物である「神作 乃々香」。このキャラクターがまあ色濃くて、よくもまあ最後の最後でこんな化け物みたいな人物を出してきたなと。自身を外れて孤独な異端者と言いつつ、それを誇らしげに話すその姿は実に蠱惑的であった。

過去回想は主人公共々彼女に振り回されていたような、そんな感覚だった。他人のことなんて無関心に見えた彼女は、実は誰かの助けになることに彼女なりの意味を見出していて、また恋愛も彼女なりに真剣であったのだと。過去の人物でありながらこんなにも惹きつけられるキャラクターは久しぶりだった。

また、彼女の存在が露わになることで前の話で出ていた哀ちゃんの事故の件もしっかりと語られていて、そこから誰が花を供えたのかや、哀ちゃんの心残りにも繋がる。霞とは違うと言っていた時から疑問だったが、こうやって繋がるのかと。惜しいのは後ろに控えているお話がかなり濃密である点で、振り返ってみるとすごく薄まってしまったかなぁと。哀ちゃんを想う身からすると少し残念。

そして、迎える終盤には乃々香というキャラクターの全てが詰め込められたような内容になっていて、ワンクリックに力を込めながら読み進めた。どれだけそれっぽい言葉を並べた所でクリアレインの呪いは解かれない。気持ちを変えるという事がどれほど難しいか、これまでは他者の気持ちを変える側であった主人公だからこそ映える展開であった。

しかしながら彼女もまた黒さのみを秘めている人物ではなくて、最後には優しさで包み込んでくれる。振り返ってみると本作の登場人物、話は優しさで満ち溢れていたなぁと。最後の部分なんかはその象徴とも言える。個人的には別の結末を迎えても高く評価していたと思うが、綺麗に繋げてくれたのでもはや何も言う事はない。本当に、空が晴れたような気分だった。



まだまだこの世界に浸っていたし、続きを書いてほしい部分もある(特にアパート生活のその後)。そうやって考えれば考えるほど作品に対する想いが募るくらいには大好きな作品になったかなと。素敵な物語でした。