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asteryukariさんの夏雪 ~summer_snow~の長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
夏雪 ~summer_snow~
ブランド
Silver Bullet
得点
83
参照数
356

一言コメント

那有多の恩返し

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

海と山が程近い田舎町・宝来町の夏を舞台にした雰囲気ゲー。伝奇要素を含んではいるが果たして必要だったのかと問われると要らなかった気もします。しかし、この伝奇要素が物語の最重要人物である夏雪に大きく関わっているため、一概に要らないとは言い切れません。私がこの作品を評価しているのは那由多ちゃん√であり、全体のシナリオを見てみると肩透かしを食らうような部分が多々見られ、やはり雰囲気ゲーだと言わざるを得ません。

まず、夏雪お姉ちゃん√は、夏雪お姉ちゃんが包容力に溢れたキャラクターで、小さい頃から主人公と一緒に生活していて、一緒に森で遊んだり、一緒の布団で寝たりとしてきました。そんな中でも一番驚きだったのが、主人公の精通に遭遇したのち、主人公の下半身のにおいをかいだり、なだめたりするシーンがあるのです。こんなお姉ちゃんいるわけないだろ、羨ましすぎる!そう思わずにはいられませんでした、ハイ。この作品のタイトルからもわかるようにお姉ちゃんゲーなんだろうなあと思いプレイしてみると、お姉ちゃんがキーパーソンなのは間違いないのですが、肝心のお姉ちゃん√の出来が個人的にそこまでおもしろくはなく、印象としては昔の因縁に巻き込まれ振り回された可哀想な主人公とお姉ちゃんという感じでした。この√をやって始めから伝奇要素を抜いても良かったなと思いました。

次に純葉√ですが、この娘は幼い頃と成長後の変化が楽しめましたが、立ち位置が悪かったのか自身の√ではどうしても他のキャラに比べてヒロインとして弱かったです。共通√や、那由多√に出てきた時のキャラの魅力は十分だったのですけどね。ですが、ED後の一枚絵は幼い頃から共に過ごしてきた町を背景にした美しいものでしたし、すっかり彼氏を支える彼女として身も言動も成熟した女性のように感じられました。

そして那有多√ですがこの娘はですね、一言で表すと“凄い”んですよ。何が凄いって内面の成長度合いが桁外れで、話が進むにつれて他の幼馴染以上に、どんどん人としての魅力が増していく女の子なんです。物語の開幕早々いじめっ子として主人公にやたら突っかかり、学業優秀スポーツ万能ということでクラスメート達からも一目置かれているため、誰も那有多に逆らえずないという女王っぷりを発揮してきます。挙句の果てには転校することになってしまった優しい女の子である美津ちゃんに対しても冷たい態度をとる、なんだこいつはぶっ飛ばしてたい...。この時点では個人的に好きなれそうもないなぁと思いながらプレイしていました。そんな気持ちが主人公に伝わったのかとうとう主人公が那有多をビンタする。そのことがきっかけで那有多はクラスで相手にされなくなるのですが、ここで主人公が那有多を無視せず構い続けます。長々あらすじのようなことを書いてしまいましたがこれが全ての始まりなのです。
那有多はこのことにどれだけ救われたのか、成長して主人公の側で幼馴染としてみんなと過ごすようになっても、過去に主人公に対して行ってきた行為を度々反省しますし、主人公がそれをネタにからかうと謝罪の言葉を並べます。そうなんです、根はすごく真面目な良い子なんです。だからこそ自分の弱さを直視できず、過ちを犯してしまった自分を許すことはできない。ですが、まあ本当にいじめられた人の中には過去の出来事を根に持ち続けるタイプと、そうでないタイプがいるわけで、幸いにも主人公は後者であり、だからこそクラスで孤立していく那有多を助けたのでしょう。主人公の人柄の良さと、実は気になっていじめていたと告白する那有多の愛らしさもあって、私は那有多というキャラクターが好きになりました。
そんな主人公に負い目を感じてきた那有多だからこそ、夏雪がいなくなり落ち込む主人公に対して、「今度は私が葛を助ける番だよ」、「私じゃ、夏雪さんの代わりになれないかもしれないけれど......どこにも行かないから」という台詞が映えましたね。特に後の台詞は、自分が一番でないことを自覚しながら、恋する気持ち以上に、主人公のことを支えたいという気持ちが伝わってきました。彼女の魅力は止まることを知らず、主人公が那有多のことを考えて、夏雪のことを忘れようとした時に、那有多が本気で怒るんです、「葛は勘違いしているよ......」、「夏雪さんとの思い出が、今の葛を作り上げて......私はそんな葛が好きになったんだよ?」と。ここであぁ...凄いなこの娘は。と思いましたし、実際に主人公もそう言ってました。この娘は主人公だけでなく主人公に関わる人や場所の全てが好きだからこそ、都会っ子でありながらも主人公と一緒に頻繁に田舎町に帰っていたのだと。
そうして夏雪と関わり深い大樹の切り株に対して主人公だけでなく“自分達”を永遠に見守るように告げる。ここで夏雪が実は主人公の本当の姉という事実を共通√で入れておくべきだと強く思いました。(発覚するのは夏雪√なので)そうすることで、姉に対しての那有多なりの覚悟というものがより強く印象付けられたと思います。そしてエピローグに関しては似たような展開の時にいつも思うのですが、いくら二人にとって大切な人物だったとしても、子供にそのままの名前を付けるのはどうなのか、一文字取るとかにした方が良いのではないかと。この辺は価値観の問題なのですが、この作品においてはそのままつけることにちゃんと意味がありました。それは最後の一文が「笑顔で頷くと、夏雪はニッコリ笑った。」というものなのです。これは妄想なのかもしれませんが私には、子供が笑ったという意味と、どこかで見守っている夏雪お姉ちゃんが笑ったという意味を込めたもののように感じました。

プレイ時間が十時間程度とやや短かかったですが、非常に心に残る良い作品でした。駅舎や森林、海を背景に、ゆったりとしたBGMを流すことによって田舎らしさを上手く演出できていました。また、田舎だけでなく、都会の生活も描くことで田舎の持つ懐かしさを感じることができたと思います。制作側としては夏雪√を本命に置きたかったのだと思いますが、薄い伝奇要素とあっさりとした解決方法のせいか個人的にはイマイチなものでした。しかし那有多√は非常にいい出来だったので、最後にやるのは那有多√というような進め方でプレイするのが良いかなと思いました。