ErogameScape -エロゲー批評空間-

asteryukariさんの蝶の毒 華の鎖の長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
蝶の毒 華の鎖
ブランド
アロマリエ
得点
83
参照数
96

一言コメント

仕込まれた毒が登場人物たちを伝って読み手にも届くような、苦しくて、けれどそれが堪らなく心地よかった。真島 芳樹というキャラクターに出逢えたことを誇りに思う。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想


"毒"と"鎖"の文字がとても目を引く作品であり、実際にプレイしてみると想像した以上に暗く重い内容がのしかかってくる。しかしながら、だからこそ面白いわけで、読み終わった今は本作をプレイできたことを大変嬉しく思っている。


物語の舞台は大正時代であり、昔は裕福な暮らしをしていたが今は貧困である所謂、没落華族に焦点を当てたものとなっている。主人公『百合子』の誕生日パーティーにて反政府団体からの襲撃を受け、その結果、現当主である父『康之』が殺されてしまうというのが序盤の主な話。走り出しからかなり暗めである。

当主の死のショックで繁子が倒れたり、経済的な問題から百合子が政略結婚を持ちかけられたりと、歯車がどんどん狂っていく様はまさに道楽者たちの末路に相応しいとでも言うべきか、読んでいて中々に面白かった。こういった時代の色を強く反映している話を読むのがとても好きだ。


中盤以降は選択肢に沿って特定のキャラクターと距離を詰めていく作りになっており、魅力的な男性たちと共にひと時の平和な時間を送っていく事になる。斯波、瑞人は攻め寄りで、藤田、尾崎は受け寄りといった感じ(真島については後述)で、主人公に癒しと安心感を与えてくれる。

シーンについても単に身体を重ねるだけでなく、身体を重ねている中で各々の本音を吐露する場面が描かれているのが嬉しい。その辺の魅力も含めて私は移植版ではなく、18禁版を推したい。

そして、物語が終盤に近付くにつれて"彼"も動き出すわけだ。彼というのは言うまでもなく真島のことである。ここまでくるのに無駄に文字を連ねてしまったが、ここからが最も語りたい部分であり、本作を大きく評価している理由に当たる部分である。



爽やかな笑顔が魅力で、いつも百合子に優しくしてくれる。そんな彼が各ルートで黒幕だと明かされた時の驚きたたるや。だが動機はわからないし、明かされるであろう個別ルートは他の男性キャラクターのGOOD END+NORMAL ENDを見ないと解禁されないという徹底っぷり。しかしすべての物語を読み切ったユーザーでこのルートロックを不要だと思う者はいないはずである。なぜなら真島ルートこそが本作の核であり、最大の魅力なのだから。

ノーマルエンドで彼の出生の秘密に触れ始め、真島ルートに突入するとすべてが繋がり始め、そして真島への情も一気に溢れ出す。なにか訳があるのは分かってはいたけれど、それでもその濃く重い背景は私の中でとんでもない衝撃を与えてくれた。近親相姦を扱った物語はこれまでにもいくつか見えてきたが、これほどまでに人物の感情がダイレクトに胸を貫く作品は中々ないかなと。五人の男の物語ではなく、一人の男の復讐劇を用意してくれたことがただただ嬉しい。

彼の野宮の血に対する憎しみ、嫌悪感を理解すると、各BADルートでなぜあんなにも惨い殺害手段をとったのかも理解できる。やたら『綺麗』という言葉を使っていたのも実に皮肉が効いていて良い。

そして、そんな男がどうやって幸せを掴むというのかと、気になって気になって仕方がなかったGOOD ENDはというと...これまた素晴らしいから参ってしまう。なにが良いって、百合子に互いの関係を明かさない点だ。しかも「一生言うつもりはない」とまで言ってくれた。それはすなわち"一人で背負う"と決めたのだ。こんなの真島という男が好きで好きで仕方なくなってしまう。

この部屋だけでいい、二人だけでいい。それを桃源郷と呼ぶ彼を見て、ああ、ようやく手に入れたのだなと。自己嫌悪に苦しみながらも毒を受け入れ、鎖も自身のみに巻きつけた。端から見たら幸せだなんて到底見えないが、そんなことはどうでもいい。彼はこの結果に満足している。それが全てなのだ。



振り返ってみると、やはり真島というキャラクターが恐ろしい程に胸に刺さった。この痛みと苦しみ、そして幸福感はしばらく忘れないだろう。