一つ一つの要素が私の好みに合致し、やがて待ち受けている物語の結末もとても良い。本当に素晴らしい旅路を見せてもらった。
事前知識が全くない状態で始めたのでまずは吹き出し形式で進行していく点に目新しさを感じた。形式を変えるだけでこんなに表現の幅が広がるのかと。こういった形式のノベルゲームは過去にいくつかプレイしたことがあるがやはり良い。
という感じで形式についても工夫が凝らしてあって良かったわけだが、一番はやっぱり本作の核である物語。これがもう本当に私の好きな要素を詰め込んだようなもので、どこが好きと言うよりかは彼らの旅路そのものが好きだったと言ったほうが正しいだろう。思い出すだけで顔がほころんでしまう。
本作は一章、二章、三章、終章の四つの章に分かれている。一章当たりのボリュームはそんなにないが、どのお話にも登場人物たちの想いが込められていて、感じ入る場面も多々ある。ここからは章ごとに感想を交えながら語っていく。
まずは一章についてだが、導入部分という事もありこの作品の世界観とそれから二人は何者なのかを知るためのエピソードだった。人形師という存在が本作にとってどれほど大きなものであるか、この話を通じてよく理解できる。ちょっとした玩具を作るだけでは収まらない、町全体を操ってしまうような存在であると。
この章で登場するガイエルという男はまあ歪んでいて、人形のように無感情な人間かと思えばきちんと感情を剥き出しにしてきたりと実に人間味があって面白いキャラクターだった。追い詰められたら変に言い訳をせず開き直る所なんかは物語における悪役たる振る舞いであり、役としては中々良かったなぁと。
そして、そんな歪みきった大人がいるからこそ、ボイスの純粋さが映える。ロマが感情を獲得するのは先の話だが、ボイスがロマに教えた言葉の数々はロマにとって後々かなり重要な意味を持つようになる。「友達」と「笑顔」、そして「幸せの公式」。彼の出番は一瞬だったが、ロマに与えた影響はかなり大きなものだと私は思う。
次に二章について、二章では後に重要人物となるロンドとの出会いと、それから一体の人形のお話が描かれている。その人形のお話がまあ大好きなやつで、ここでこんなに面白いものを用意してくるのかと、軽く驚かされたほどだった。
ロマと同じ主、グレゴールの手によって作られた人形「アデル」。彼は失敗作でありながら感情を持っていた。ロマが欲しくてたまらないものを彼は持っていたのだ。けれど彼はそれを誇っているわけではなく、それに苦しめられているのだと、彼の現在に至るまでの回想が始まるわけだが、その回想が辛くて苦しくて、最高なのだ。回想だけあんなにも息苦しくなったのはいつ以来だっただろうか、その時のアデルの気持ちと今の状況を照らし合わせるともう...。
だから彼が本音を漏らし、変形した時はまあ胸が締め付けられるような思いだった。綺麗には終わらせてくれない、そんな物語ではないのだと、ここでこの作品対する意識がだいぶ変わったかなと。腕の移植には思わず唸ってしまったし、本当に大好きなお話だった。
続く三章では二章のように一人の想いが綴られるのではなく、少し変わった人間たちと出会う。何かが欠けたと言った方がいいだろうか、とにかく不器用で人間らしい臭さを持った人物ばかり登場した。
中でもハインケスくんは良いキャラしていたと思う。活躍をしたかはさておき、彼の主張はどれもロマにとっては新しいもので、人間という生き物を知るにあたって大いに参考になったのではないだろうか。人間をやめたいと言ってたい彼が人間でありたいと願う。そんな光景を見てますます人間を愛おしく思ったはずだ。だからこそ「僕の欲しかった」だ。
で、三章で忘れてはならないのがモニカの存在。まあ結構なことをやらかしくれた彼女だが、一方で無意識に彼女を助ける場面なんかはあれば嬉しいなと思っていた。だからこそ、あの展開は嬉しかった。欲を言えば気付かないでほしかったが、だからと言って大きなマイナスになるわけでもない。嬉しくて仕方がなかった。
と言った感じで中々楽しめる章ではあったが、個々の人物に対して物足りなさも感じた。ここでまとめてしまわないでもっと分けて語っても良かったのではないかと。まあ終章を読むと納得するしかないのだが。
そして、終章。二人の物語が終わりを迎え、そして始まりを迎える。グレゴールの「最高傑作」という言葉とグリウスの発言の意味を考えると三章の時点で予想はつくのだが、それでも軽い衝撃はあったかなと。
直前の彼女の描き方が絶妙なのだ。男に振られて怒りと悲しみが混ざり合っているだなんて、そんないかにも人間の女の子みたい反応を見せられたら違和感なんてなくなる。最後の最後まで溜め続けたその技に圧倒された。人形という言葉の使い方も皮肉が効いてて素敵だ。
で、そこから「爪痕/ふたりのたび」が始まっていくわけだが、これがまた容赦がなくてマスターの件は案の定といったところだが、クローバーの件には思わず顔を顰めてしまった。ここまでするかと、終章の終わりに来て再びこの作品に何かを奪われた気がした。そんな絶望的な状況下で救いの手を差し伸べられたら、そりゃあ声を上げて泣いてしまうだろうなと思う。あそこでロマが初めて人間らしく泣くのもこの作品らしい。
そして、ラストのヒルダとのやりとりには…少年と少女の旅の全てが詰まっていた。好きな台詞しかないようなパートだが、最も胸に突き刺さったのは「ありえない」という否定の言葉。ああ、そういえばいつだって彼女は強く眩しく生きていたなぁと、最後まで支えてくれた彼女を想い、涙を流した。守っていたのはロマだったかもしれないが、支えていたのはリーベだったのだ。
彼女の後押しで再び前を向き歩き始めた彼を見て、私にはもう拍手をすることくらいしかできなかった。ここにきて一章の言葉が繋がる感じもまた素敵だ。
振り返ってみると少し物足りなさを感じた所もあったが、それは「僕の物語」には関係のない部分であり、そう考えるとやはり名作だったなと。いやぁ、本当に面白かった。