どこか懐かしい雰囲気だけの作品ではなく、キャラクターの心の機微を丁寧に書くことで読み手にキャラクターを理解させ、その上で納得のいく結末を見せてくれる。そんな溢れんばかりの魅力が詰まった素敵な一作だった。
大学三回生の主人公は叔父の残したノートを頼りに様々な事物、風俗が満ち溢れる不思議な町「紅殻町」に辿り着く。そこで出会う様々な人々、物品を通して町に秘められた謎と自身の過去について迫っていくというのが簡単な主なあらすじである。
本作はraiL-soft二作目であり、例によって他の美少女ADVとはだいぶ違う文体で書かれていた。まあ読みやすいか読みにくいかでいえば後者になるのだが、作風と絶妙にマッチしているのもあって、読む上でマイナスに感じることは一切なかった。また、これは過去作でも常々感じていた事だが、えっちなシーンの情景描写もとんでもなく繊細だ。砕けた言い方をすればしっかりエロいので、エロは要らないだとか、本作がエロゲらしくないなんてことは全くない。
文章の魅力についてはこのくらいにしておいて肝心の作品はどうだったかについて語っていくと、まずは「紅殻町」という町の魅せ方がとても良かった。自分に山形の方に住む親戚などいないのにどこか懐かしく感じたり、怪しげで胡散臭い品々ばかりが当たり前のように並んでいる光景を見て心が弾んだり、本当に郷愁や憧憬が詰まっていた。この作品は発売からもう十年以上経っているが、懐古的に想像し、楽しめるという意味では今の時代にやっておいて良かったかなと思う。
そんな雰囲気と情景描写だけでも充分以上に楽しめる本作だが、核となる物語とそれから登場人物たちの描き方まで良いものが揃っているから凄い。物語は章続きになっており、各章で珍奇物品を取り上げながら、関連する人物の内面に迫っていくという作り。先程も述べた通り、珍奇物品がどういうものか見てるだけでも面白いので、面白くなかった章など存在しないし、章を跨ぐことで登場人物たちの心理が徐々に見えてくる感覚が非常に気持ちいい。
また、各ヒロイン達と交流を深めていくうちに、二人の時間に加え、五人で過ごす時間も生まれていくのは個人的に良かったなぁと思う点である。最終章前の忘年会なんかはまさにそれで、誰にでもいい顔をする主人公に対して弾劾裁判が始まったり、いつも通り恐ろしい
ことを考えている白子ちゃんが見られたりして、とても和んだ。こんな平和な光景を見せた上で、五人一緒に入られない、二人きりの道を選ばせてくるのが良い意味で憎たらしい。
以下、迎える結末も絡めながらキャラクターごとの感想を語っていく。
○十湖
探検家を自称する女性で、序盤からぐいぐい近づいてくる見た目通りの性格。二章の万能星片では主人公と共に流される形で身体を重ねるが、この段階ではまだ彼女の内にある部分は見えてこない。雑な言い方をすれば「そういう枠のヒロインなのか」と思っていた。
けれど、忘年会の後に動き出してからは彼女の見方が大きく変わり、彼女の正体と紅殻町の秘密、それから主人公の性格について改めて考えると、すごく主人公の相性のいいキャラクターだという事がわかる。跳躍のシーンは非常に印象的で、主人公が内に秘めている渇望もよく伝わってきた。そして、それを十湖に指摘させるのは上手いなぁと。
また良かったのは彼女の言う通り、冒険心から物語の世界を選ぶのではなく、あくまで自分の愛してしまった女性、すなわり十湖との別れを天秤にかけて選んでくれたのが凄く良いなと。自分があるべき世界ではなく、愛する人のいる世界を選ぶ。琴線に触れることがあると人目を気にせず涙を流していた、実に主人公らしい感情的な選び方だったと思う。
○松実
紅殻町の宿を営む30半ばの女性で、てっきりサブキャラクター的な立ち位置だったのもあって、はじめは驚きを隠せなかった。しかしまあ読み進めていくと彼女のヒロインとしての魅力に打ちのめされるばかりで、気付けば中盤辺りではかなり好感度の高い人物になっていた。決め手はやはり夜市で魅せる乙女な姿だ。あんなの私が貰ってやると、勢いよく挙手したくなる。
また、彼女には幼いことに主人公を世話してくれたという過去があるため、単純な年上
女性との恋愛にはない、絶妙な距離感が存在したことも個人的には大きなプラスだった。昔から自分のことを知ってくれていて、その上で今もなお自分のことを気に掛けてくれる。そんな憧れるのもやむなしの女性との恋愛は、読んでいて大変心が躍った。
彼女を選ぶ結末がかなりTRUE寄りなのもヒロインにあったものだなと思う。後述する白子ENDなんかを考えると特に。歳の差の問題もそこまで深掘りされずに終わってくれたのがとても気持ちい。…にしてもフィジカルプレイ過ぎて笑ってしまうが。
○エミリア
レトロな街並みの中では少し浮きがちな外国人の留学生で、序盤はかなり警戒心が高め。けれど、同じ時間を過ごすうちに段々と心を開いてきて、実はとっても寂しがり屋なことがわかる。そうなるとまあ可愛いもので、主人公が下ネタを口にしてもまんざらでもないような態度をとるようになる。これぞツンデレの醍醐味というか、三章以降の彼女はどこを切り取っても可愛かった。
シナリオも特に親族と絡めて暗くするということはなく、あくまで彼女の「認められたい」という部分にのみ着目したものが用意されていた。だからこそ、彼女を認め、受け入れた主人公との恋愛はごくごく普通のもので、驚きや感動はないが納得のいくものだった。
後日談では紅殻町以外の本紅を見つけてドヤるあたり、彼女の性格は変わらずといったといったところか。でもそれが彼女というキャラクターであり、彼女の魅力なのである。
○白子
見た目だけでなく、言葉遣いもとても丁寧で良い所のお嬢様という印象受けた。穏やかで物静かで、年齢よりもずっと大人びている。そんな美しくて聡明な彼女だが、物語を読み進めていくと段々と彼女に対する印象が変化していく。
古い物が見るものが好きで、時代の変化をとことん嫌う。そんな筋金入りの懐古主義者、それが彼女であった。というよりは見た目通り「幼い少女」であったというのが妥当かもしれない。携帯式キネマハウスでの彼女はとても印象的で、あのお話を読んだことで彼女のことを初めて理解できたとすら思う。責任や倫理などを考えず、自分の感情の赴くままに行動する。普段大人びて見える彼女は、実は幼くてとても臆病な女の子だという事に気付いた。
そして、そんな彼女が最後に選んだ答えが「物語の世界」。無論、これは主人公や十湖のように冒険心に駆られてというわけではなく、時に流れが存在しない空間を切望するが故の、言ってしまえば逃げの選択だった。変わらないこと、永遠に停滞しているということ。新出ているのと同じであること。そんな切なくてバッドエンドまっしぐらの世界に彼女は焦がれていたわけだ。
「はい。好きでした。白子は、あの町が、とても。そう、とっても好きでした。」
「けれど私は、今いるここの方が」
「不変で、停滞しきったこの紅殻町の方が、もっと好きなんですよ、あなた」
しかしながら私の目にはバッドエンドとは映らなかった。なぜなら彼女がとても幸せそうだから。もし、彼女が突発的にこんな答えを選んでいたのであれば批判もしていただろう。けれどこの作品は違う。序盤から彼女というキャラクターの心理を丁寧に描き、読み手に理解させた上でこの結末を用意した。この結末こそが彼女にとってのハッピーエンドであり、彼女に恋い焦がれる私にとってもベストな終着点だったと言える。とても子供っぽくて、悲しい選択だけれど、彼女の全てを私は愛してあげたい。
振り返ってみると様々な感想が浮かんでくるが、やはり一番語りたかったのは白子ちゃんの部分かなと。彼女に出逢えたことこそが、私の最大の喜びだ。