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asteryukariさんのアトリの空と真鍮の月の長文感想

ユーザー
asteryukari
ゲーム
アトリの空と真鍮の月
ブランド
TOPCAT
得点
75
参照数
177

一言コメント

伝奇要素盛り盛りな点は言わずもがな、個々のルートにきちんと役割が当てられているのも非常に良かった。

**ネタバレ注意**
ゲームをクリアした人むけのレビューです。

長文感想

掟に縛られた山奥にある村を舞台にした作品であり、前作「果てしなく青い、この空の下で...。」と同様、雰囲気は抜群に良い。というより前作以上に田舎を魅せようとしているように感じた。澄み切った青い空と生い茂る森林、それに加えてやや古びた校舎まである。まさに私の求めた田舎学園物であった。

序盤は海で遊んだり、森の中でキャンプ、花火をしたりと雰囲気の良さにどんどん磨きをかけていくような内容だが、お話が進むにつれて本作のストーリーの核となる伝奇要素が顔を覗かせてくる。化物が出てきて一変!というわけではなく、少しづつ少しづつ不可思議な現象が起きていく感じ凄く良い。この辺は主人公の村の因習に対する知識のなさがプラスに働いていたなと思う。

一周目(私の場合は立花√から)は突然、話が加速し始めるので、海神や山神、そしてその眷属と瞬時には理解できないような固有名詞が次々と出てくるのだが、これがまた面白い。序盤にあれだけのどかな景色ばかり見せておいて、話が動き出したらもう止まらなくなる。その日常から非日常への転換がとても気持ち良かった。

二周目以降は言ってしまえば同じストーリーを何度も読んでいく事になるわけだが、読み手を飽きさせない工夫もきちんと施されているのが好印象。個別√ごとにヒロインが違うだけでなく、それぞれが物語を補完するための情報を有しているのだ。例えば、三葉√では彼女を通じて堂島という人物の性格趣向、それからなぜ狂ったのかが明らかになる。

また、朝√や砌√では神の獣ということで、神々の目的やそもそも海神と山神とは何なのか、またどうして災害が起きているのかに焦点を当てた話が続き、物語の全体像がようやっと見えてくる。前作とは違い、神という存在が実体を持って登場するので読んでいて非常に面白い。山神のあの得体の知れない感じもとても良かったと思う。

上記の4√の中でも特に印象深いのは砌√であり、海神の獣という立場のせいか、彼女が主人公だと言わんばかりの活躍を見せてくれて、読んでいる側としても大変気持ちが良かった。彼女がいなかったら三葉の自己犠牲により村は救われたのだろうが、そうはさせないと鉄砲で時神を一気に打ち抜いてしまうその強さに惚れ込んでしまった。ヒロインとしての魅力がなかった点が少し惜しい。エロくはあったのだけれど...。

そして、前作からのお気に入りだった文乃とそれから月乃の話も中々良かった。裏側の物語とでもいうべきか、今まで伏せられてきた文乃の目的、それから月乃が文乃を殺そうとする理由に迫っていく。

文乃の身体が本来の文乃のものではないことは前作でも語られていたが、月乃はその持ち主の妹だったわけだ。だからこそ姉の身体を勝手に使っていいように動き回っている文乃が許せないと、単純ながら根が深い問題である。ただ、月乃√に分岐しても文乃√に分岐してもドロドロになることはない。

月乃√はまあ言ってしまえば大円団な結末を迎えるわけだが、決して違和感はなく、彼女たちのそれまでの会話を見ているとまあこれもアリかなと思う。文乃ちゃんは「諦めて、おとなしく幸せになりなさい」なんて懐かしい台詞が見られた上、月乃ちゃんもスッキリとした表情になっているので、読後感は悪くなかった。

一方、文乃√はというと中々に衝撃的な結末を迎える。情報不足のため断定はできないが、恐らく文乃は月乃の姉に身体を返し、両親のしたことをなかったことにする為に(果て青での彼女の態度を考えるに)、月乃は姉との再会の為に過去に飛んだのだろうと思う。結局、文乃はずっと月乃の事を気にして生きていたのだろう。でなければ月乃√で月乃に対し、強い口調で「あなただけでも」と言ったりはしないはずだ。改めて文乃という女の子のことを不憫に、そして愛おしく感じた。クマさんパンツも可愛いよ。



といった感じで飽きることなく最後まで楽しく読むことが出来た。全体的に情報が欠けまくっている作品ではあったが、充分に面白かったと思う。